第43話 眷属と弟とお姉ちゃん

「正確には、過去に一度、らしい」


 先の答えにそう付け加えたレヴンを、グラはただただ冷徹な眼差しで見つめる。その言が本当に正しいのか、やはり彼がどこかからの刺客で、讒言ざんげんを弄して、なにかを企んでいるのではないかと疑っているのだ。それくらい、彼女にとっては信じられない内容だったのだろう。

 僕は場をつなぐように、彼に質問する。


「しかし、にわかには信じられませんね。地中生命でありながら、地上で生きる? DPはどうするんです?」


 ダンジョンコアにとって、ダンジョンは口に等しい。喋る為の口ではなく、食べる為の口だ。エネルギーを吸収する手段をなくしてしまえば、いずれは餓死してしまう。いちいちダンジョンを穿つというのも効率が悪い。

 それが容易なら、僕らだって、あるいはニスティスも、町中のダンジョンなんてとっとと放棄して、適当な場所にダンジョンを拓いていた事だろう。

 対するレヴンは肩をすくめつつ首を振る。


「地上でそのダンジョンコアがどう生きたのか、生きていたのかなんて知らねえよ。だが、そのせいで一時期、ダンジョンは種としての危機に立たされたらしい。そして、それ故に、この件は隠匿され、一定以上の深さにまで達したダンジョンコア様でのみ情報共有されるようになっている。俺だって、アンタんところのダンジョンコア様がそうじゃねえかと懸念されてなければ、知らされてねえ話さ」

「なるほど……」


 流石に、大規模ダンジョンにまで成長したダンジョンが、そのダンジョンを放棄してまで地上で生きる事はないという判断だろうか。まぁ、たしかに、そこまでに費やしたDPを思えば、軽々に放棄はできまい。

 グラやバスガルのように、ダンジョンコアであるというアイデンティティが強い者であれば、それこそ死の危機に瀕しようとも、ダンジョンを放棄して地上で生き延びようなどとは思わない。ダンジョンコアにとって、己のダンジョンというものは、存在意義そのもののようなものなのだ。


「やはり信じられませんね。そのような情報は、基礎知識には存在しません。もしもそれが真実なのであれば、注意喚起の為にも基礎知識に記すべきでしょう」

「なんでそのコアが地上で生きるだなんて、トチ狂った選択をしたのかもわからないんだぜ。みだりにそれを基礎知識に載せて、後追いをするダンジョンコア様がいないと、どうしていえる?」

「それは……」

「地上で生きるダンジョンコアっていうのは、それくらいの禁忌なんだ。ダンジョンコア様と、俺たちのようなその眷属にとったら、破滅の端緒ともなり得るような存在なんだよ」


 それはわかる。ダンジョンコアにとって、ダンジョンコアこそが一番厄介な敵なのだ。それ以外の敵は、あくまでも食糧でしかない。

 その最大の理由が、基礎知識をはじめとした、ダンジョンの知識に他ならない。まぁ、相手もダンジョンコアなので当たり前だが、ダンジョンにできる事、できない事、されると困る事、モンスターの種類とその対処法、魔力及び生命力の理の研究の進捗等々……。ある程度独自の秘匿技術はあるにしても、ダンジョンコアはそれらの情報を、基礎知識として情報共有している。

 それは、独立独歩の気風の強いダンジョンコアにとっては、最大限『種』の繁栄に配慮した措置だ。これによって、あさいダンジョンコアの生存率がかなり上がったらしい。

 だが、それがそっくりそのまま、敵に筒抜けになれば、もはやダンジョンコアにとって【基礎知識】は、相手に手の内を教えるだけの悪手に成り果てる。それだけでなく、既存のダンジョンにとっても大打撃だ。

 僕らだって困る。最悪、ダンジョンの絶滅すら有り得る事態だ。

 なるほど、レヴンが『最悪の危惧』とまで評すわけだ。だが、僕らがそんなダンジョンコアであるという危惧は、幸いな事に杞憂でしかない。

 僕はともかく、グラが地上で生きるなどという選択をするわけがない。そして、グラにあり得ない以上、僕にもあり得ない。


「そうか。だったらレヴン、ニスティス大迷宮のダンジョンコアに伝えるといい。僕らに地上で生きる意志などない。いまのいままで、考えた事すらない。いずれ僕らは、君のダンジョンをも超える大迷宮となる。そのときを楽しみにしておいてくれ、とね」

「おいおい、いくらなんでもダンジョンコア様の眷属として、そんな勝手な物言いは不遜だろ? まるで、お前自身がダンジョンコア様のような物言いじゃねえか。……え? ち、違うよな?」


 まるで、道端で出会った相手にタメ口で話していたら、それが取引先の社長だったサラリーマンのような顔で、レヴンが恐る恐る聞いてくる。そんな彼に苦笑しつつ、安堵させてあげる意味で首を振る。


「違う違う。そうだね。そういう意味では、たしかに僕は、ダンジョンコアの眷属といっていい」

「そ、そうだよなっ! いくらなんでも、ダンジョンコア様がお前みたいに、地上で目立ちすぎるような真似、しないよなっ!?」


 安堵しつつ、バッシバッシと背中を叩いてくるレヴン。自分と同じ、地上用の工作員だと思っているのだろう。それもまた、必ずしも間違った認識ではない。

 しかし、別にそこまで目立つような真似をした覚えはない。いま、不必要に注目を集めてしまっているのは、お前が数千人の暴徒を僕らのダンジョンに突っ込ませたからだろうに……。


「しかし、だったらお前、創造主にも等しいダンジョンコア様を呼び捨てってどうなんだ? いやまぁ、知性のあるモンスターってダンジョンコア様に反抗するヤツもいるから、珍しいって事ぁねえけどよ……」


 まぁ、知性がなくても受肉したらダンジョンの制御下から外れて、不利益をもたらすモンスターはいるけどね。知性があると、それこそ潜伏してから反抗したり、寝首を掻いたりするヤツもいるらしい。

 勿論、眼前のレヴンのように、ダンジョンコアに従順な者がいないわけでもない。バスガルのダンジョンにおける階層ボス、ギギさんたちもそうだった。


「だってさ。どうしよっか、グラ?」

「やめてください、ショーン。我々は二心同体にして、一心双体。そのように距離をおかれては、その……、少々悲しくなります」

「そうだね。どうしてもなにか付けなきゃいけないなら、お姉ちゃんって呼ぼうか?」

「それはいいですね! やる気が漲ります!」


 僕らのやり取りに、レヴンが目を白黒させる。いや、濃紫色のゴーグルで目は見えないのだが……。


「え? え? なに? ど、どういうこった?」

「見たままさ。こちらにあらせられますグラ様こそ、僕らのダンジョンにおけるダンジョンコアなんだよ」

「はぁ!? いやいやいや! あのハリュー姉弟の片割れが、ダンジョンコア!? そ、そりゃあ、弟に比べて、姉の方はあまり目立たねえが……」


 まぁ、グラはほとんど地上に出てこないしね。しかし、それがあまり不自然でない状況を整えたからこそ、レヴンも彼女がダンジョンコアであると思い至らなかったのだろう。

 実際、適度に名が知れている僕らを、真っ先に『ダンジョンの主』だと疑う人間はいない。地下工房を探索してから、疑ったヤツはいたが。


「――って、いやいやいや! それ以前に、ダンジョンコア様が他所のダンジョンに、無闇矢鱈に足を踏み入れるわけがねえだろ。騙されねえぞ!」


 レヴンの言は至極もっとも。一分の隙もない理論武装である。

 たしかにそれは、無防備を通り越して無思慮であり、不用意だ。もしもこのゴルディスケイルのダンジョンコアがその気になれば、ここにいるグラの命は風前の灯に等しい。相手のダンジョンにダンジョンコアが赴くというのは、それくらい危険な行為である。

 まぁ、当然ながらそれも考慮しての、ゴルディスケイル訪問である。


「ああ、それは大丈夫。グラの本体は、いまもアルタンの地下にいる。これは、僕の体と同じ、依代だから」

「依代?」


 小首を傾げるレヴンだが、流石に依代について詳しく教えてやるつもりはない。疑似ダンジョンコアという技術は、応用の範囲広さとその有用性の高さから、基礎知識にすら載せるつもりはない、ウチの秘匿技術だ。

 なので、上手くはぐらかす。


「使者に使えるモンスターは、二種類いるだろう? 僕や君のような、スタンドアローンなタイプと、もう一つ」

「ああ、なるほど。遠隔操作タイプの使者って事か。いやしかし、ゴーレムにしたって精巧すぎるし、受け答えも流暢だ。なにより、アルタンからここまで、距離がありすぎるだろ? どうやって操っているんだ?」


 操るのとは、少し違う。まぁ、そこも開示するつもりはない。どちらかといえば、魔力の理でなく、生命力の理であり、通信というよりも憑依に近いという点も、教えてやるつもりはない。

 僕はにっこり笑いながら、レヴンからの質問を黙殺した。



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