第9話 魅力に欠けるラッキースケベ

 馬車に取り付いて、扉を開こうとしている小鬼に【橦木鮫】を投擲する。飛来した手斧は、扉に伸ばしていた腕を両断し、その奥にあった頭に斧がめり込み、一撃で小鬼を昇天させた。


「【誘引ピラズィモス】!!」


 馬車に駆け寄るまでに刻んでいた幻術を発動する。強いモンスターはともかく、小鬼十七体程度であれば問題なくこちらに惹き付けられるだろう。あ、一体倒したから、残りは十六体か。

 案の定、すべての小鬼が僕に向かって雄叫びをあげながら、馬車を無視して駆け寄ってくる。


「まぁ、所詮はゴブリンと同等なんだけどね」


 僕は両手に【箕作鮫ミツクリザメ】と【鋸鮫ノコギリザメ】を構える。どちらも攻撃範囲伸長の能力を有する装具だが、この場で使う必要はない。


「ギャギャ!」


 小鬼が折れて錆びた剣で斬りかかってくるのを躱しつつ、首元に斧を叩き込む。小鬼は悲鳴もなく、その一撃で完全に絶命する。

 だが、その小鬼の後ろからもう一体の小鬼が襲ってくるのを確認し、自分の体勢の拙さを覚る。

 小鬼の袈裟に、右手で斧を入れてしまったせいで、僕自身の体が邪魔をして、そちらの小鬼に対処できない。


「ッ!」


 仕方がないので、一度完全に背を見せる形でくるりと体の向きを変えてから、振り向きざまに左の斧を斬り上げた。

 小鬼の構えていた細長い棍棒――というかほとんどただの枝だ――ごと、その貧相な体に深い裂傷を負わせる。間違いなく致命傷だが、余命がどれだけあるかはわからない。けたたましい悲鳴を発する小鬼を蹴り飛ばして遠ざけると、次々に後続が襲ってくる。

 さて、いまみたいな僕の戦闘技能の拙さをチェックし、修正する為のケアレスチェックの作業に入ろうか。


 ●○●


 小鬼討伐に関しては、特筆するようなトラブルもなく、あっさり片付いた。【誘引】と【混乱】があれば、本当に一〇〇体いても僕一人で処理できるかも知れないような雑魚だ。それがたったの十七体。まさしく、ただの作業だった。

 とはいえ、僕自身がまだまだ近接戦闘技能が低く、いくつかのチェック項目が発見され、要改善の課題となった。

 そして小鬼どもを討伐して馬車に戻れば、二体の豚鬼も地に伏していた。シュマさんの得物で本当に倒しきれるのか心配していたが、豚鬼は手首、足首、首元の三ヶ所を集中的に攻撃されていたようで、恐らくは身動きも取れず、武器も持てず、失血死していったのだろうと推測する。

 しかもその箇所って、皮を剥ぐ際にナイフを入れる場所だ。シュマさんの方こそ、鬼のような合理性の権化のような戦闘をしたようだ。


「終わりですかね?」

「周囲に気配ない」


 僕が声をかければ、短剣の血を処理していたシュマさんが、淡々と答える。この人がそういうのなら、しばらくは安心していいだろう。かなりの流血があったし、僕も【誘引】を使ってしまったので、他のモンスターや野生動物を呼んでしまう惧れはあるが……。


「そうですか。……さて、どうしましょうか……?」


 僕は馬車の方を振り返りつつ、シュマさんに訊ねた。彼女もまた、判断に迷うように首を傾げる。

 御者台では中年の御者が手綱を握ったまま放心しており、いまだに事態を呑み込めていない様子だ。馬の方は、やはり二体とも既に事切れている。僕らが駄弁っていたせいで死んでしまったのかと思うと、流石にちょっと良心が咎める。

 きちんと荼毘に付すので許して欲しい。小鬼どもと同衾で、重ね重ね申し訳ないが……。


「一応、中の人の安否確認くらいはしておきますか?」

「ん。礼金に加えて、アルタンまでの護衛依頼を受ければ、超近距離でも満額支払いのボロい依頼になる。しめしめ」


 口調こそ平板だったが、口元が僅かに緩んでいるので、本当にその皮算用で悦に入っているようだ。彼女が馬車を助けに入った理由は、やはり礼金狙いだったらしい。

 シュマさんのそんな様子に苦笑しつつ、僕らは馬車へと歩み寄る。

 馬を失くした馬車は、どの道この場に放置せねばならないだろう。他に選択肢もない以上、護衛の依頼があるのは間違いないという、彼女の読みに僕も異論はない。

 ただなぁ、たしかにお金にはなるかも知れないが、それ以上に面倒臭い事態に巻き込まれそうで、僕としてはあまり気乗りしない。まぁ、ここまで手を貸した以上は、途中で見捨てるのも寝覚めが悪いので、アルタンに送るくらいはしてあげるけどさ。

 馬車の横に立ったシュマさんが、コンコンと扉をノックするも、奥から物音はしない。覗き窓はあるのだから、戦闘が終了して自分たちが助かった事くらいはわかっているだろうに。


「留守?」

「なんでやねん」


 シュマさんのボケにツッコみつつ、失礼ながら勝手に扉を開ける。馬車を捨てていかなければならない以上、いつまでも引き籠られていては困る。

 ギィと歪んだ扉が耳障りな音で、僕の無礼を糾弾してくるが、それも知ったこっちゃない。


「あ?」


 だが、その馬車の内部の光景を見た瞬間、やはりマナーというものは大事なのだと覚った。そこには二人の女性らしき存在がいたが、二人とも馬車の床に倒れて目を回している様子だった。そして、二人とも盛大にスカートが捲れ返っていた。

 恐らく、飛び込んできた矢から主人を守った拍子に、床に頭をぶつけて気絶してしまったのだろう。緊急事態だったのもわかるし、そんな折に身嗜みを気にして気を失えというのも酷な話なのはわかるが、さりとてしどけないにも程がある姿だった。

 まぁでも、所詮はこの時代の下着であり、僕からすればハーフパンツと然して変わらない、ただのドロワーズだ。ぶっちゃけ、エロさとかまったく感じないし、なんならちょっと残念ですらある。僕の人生におけるラッキースケベチャンスを、これで一回消費してしまったのかと思うと、ガチャでドブったくらいのがっかり感である。


「ん……」


 そんな冷めた目で二人の下着を眺めていたら、頭部の方から声が聞こえた。どうやら気が付いたらしい。なお、こちらからは高低差もあって、二人のドロワーズしか見えていない。その為、もしかしたらどちらかがドレス姿の男である可能性も、まだ残ってはいる。

 両方男だったら、僕のラッキースケベチャンスも温存されるんだけどなぁ……。


「ちょっと、ヘレナ。重たいですわ……」

「ん……、いっつ……。あ、お嬢様!? し、失礼いたしました!」


 黒に近い紺色のスカートの方が、慌てて下の女性の上から飛び退く。下の赤いスカートの方は、まだこちらにスカートの中大公開中だ。そして、僕のラッキースケベチャンスはきっちり消化されてしまったらしい……。


「痛た……。襲撃はどうなりましたの……?」

「周囲が静かですね。これはどういう――ッ!?」

「あ――!?」


 むくりと体を起こした二人と、扉を開いたままの僕の目がばっちり合う。

 これはあれか? 古き良き「キャー、○○さんのエッチ!」的な感じで、ビンタでもされる流れか?

 まぁ、僕的にはなんもエロくはなかったが、下着を見てしまったという点だけは事実だし、この辺りの貞操観念的にも、あまりよろしくない真似をしてしまったのもまた事実。ビンタくらいは甘んじて受けよう。別に痛くないだろうしね。


「お下がりください、お嬢様ッ!!」


 紺色の侍女服の女性が、腰の後ろに装備していたナイフを投擲してきた。


 いや殺意たっか!!



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