第8話 冒険者と護衛の心得

 ●○●


「まずは、遠目から様子を窺う。助けに入れるのは、問題がシュマたちの手に負える範囲である場合のみ。そうでなければ、手を出しちゃダメ」

「当然ですね」


 僕は落葉低木の根元に伏せて身を隠しつつ、街道の先を窺うシュマさんの隣に伏せる。ここまでくると、流石に僕の耳にも喧騒が届くようになってきた。

 立木の向こうのからは、切迫した男と女の叫びに、耳障りな鳴き声がいくつも混じっている。


「小鬼……。数は……、ちょっとわかんない。十以上かな……」

「小鬼ですか。さっきの一体は、そいつらからはぐれたヤツだったんですかね……」


 小鬼は基本的に群れで行動する。まぁ、群れといっても二~五体くらいの隊伍なので、一体でいてもそれ程首を傾げる事でもないが。


「かも知れない」


 シュマさんがこくりと頷きつつ先を見据えている。

 なんにしても、それなら緊急度はたいして高くないな。小鬼程度なら、三〇体くらいまでならものの数ではない。シュマさんもいるなら、なおさらである。

 まぁ、対処可能だからといって、必ずしも助けに入るとは限らないのだが……。


「きた……」


 シュマさんの声と同時に、立木の向こうからガラガラと車輪の音を響かせて馬車が現れた。元はかなり高級そうな拵えの箱馬車だったようだが、いまではもう価値は二束三文だろう。あちこちに生々しい傷が残り、なにより車輪にも損傷があるのか、ガタガタと不自然に振動をしながら走っている。

 御者は必至な形相で馬に鞭を入れているが、二頭の内一頭の尻には矢が突き立っており、既に虫の息である。馬車もそうだが、それを曳く馬ももう限界だ。早晩、あの逃避行は失敗に終わるだろう。


「小鬼、十七……、それとあそこで豚鬼が二体待ち伏せしてる……」


 シュマさんが指差す先、割と僕らと近い位置には、たしかに二体の豚鬼が、走る馬車の様子を窺っていた。こちらからはその後ろ姿は丸見えだったが、街道からは死角になっている灌木の陰だ。


「豚鬼ですか。まぁ、二体なら大丈夫では?」

「シュマとショーン君がいれば、まぁ大丈夫だね。あのままだと、たぶん全滅するし」


 鬼系のモンスターは、浅知恵ではあるがそこそこ知能があるからなぁ。完全に待ち伏せされているし、勢子の小鬼に半分以上詰みかけている時点で、どうしようもない。


「一つ気になるのは、護衛がなにをしていたかですよね。あの馬車で、護衛なしで旅をしていたとは思えません。護衛がいたなら、十七匹程度の小鬼に逃避行なんて、普通しませんよね?」


 もしかして、まだ僕らの認識していない脅威がそこにあるのではないかと、疑問を呈する。

 二、三〇の小鬼なら、中級冒険者が二パーティもいたら十分に対処できるだろう。一〇〇を超える大群に出会でくわしたなら、撤退も仕方ないのだろうが。まぁ、そんな事になっていたら、冒険者ギルドが本腰をあげるような大事件である。


「うーん……、護衛対象を先に逃がそうとしたか、ホントに腕のないやつが不意打ちでやられたか……。あとはまぁ、ムカつく依頼主だったから、さっさと見捨てて逃げたとか?」


 言い淀みつつも、眼前の状況が想定され得るシチュエーションを述べるシュマさんに、僕は驚いて聞き返した。いや、最後の。


「え? そんな事したら、冒険者としての信用問題にならないんですか?」

「冒険者も人間だし? 依頼を重んじて命を懸けるか、命を優先して依頼主を見捨てるか、最後の決断は各パーティの裁量に任されてる。中級程度の依頼なら、さっさと見捨てても仕方ない。それだけの値段しか払わない方が悪い」

「まして、ムカつく相手ならちょっと危機に陥れば、さっさと見捨てる、ですか……」


 僕も嫌われ者の自覚はあるから、そういうところは気を付けよう。まぁ、そもそも部外者を護衛を雇う方が、僕らの場合は情報漏洩のリスクがある為、そんな機会は滅多にないとは思うが。


「専属の護衛なら、護衛対象を見捨てて生き残っても、安定した生活を失うから、なかなかできない。まして、恩や義理で縛り付けると、命を懸けてでも守ろうとする。逆にそれを欠くと、生きてけない。でも、元より根無し草も同然の冒険者であれば、命の方を優先するのが普通。そこが、冒険者に護衛依頼をするのと、専属の護衛を用意するのの違い」

「なるほど」


 現在ジスカルさん専属の護衛たるシュマさんが言うと、説得力が違う。ジスカルさんが彼女を甘やかしているのも、そういった恩を売る事で見捨てられないように、という意味合いがあったりするのかも知れない。

 そんな雑談に興じていたら、案の定馬車が伏兵の豚鬼二体に阻まれて立ち往生していた。馬が棍棒で殴られてしまい、どすんと横たわる。もう一頭も震えあがって逃げ出そうとしているものの、馬車に繋がれているのでそれもままならない。

 あれは助からないかなぁ……。ちょっと可哀想な事をしてしまった。


「では、いきますか」

「ん。さっさと片付けて帰ろ」


 僕とシュマさんは得物を手に、林を駆け出した。

 シュマさんは両手に、刃渡り二〇センチ以下の短剣を構える。右手は順手、左手は逆手。短剣より、ナイフと呼んだ方がしっくりくるサイズ感だ。とはいえ、そこに安っぽさは一切ない。実際、かなりの代物なのだろう。それこそジスカルさんが、護衛の武器代をケチるわけもないからね。


「ひぃぃいいィッ!!」


 馬を二頭とも殴り殺され、逃走の足を封じられた御者が、呑気に絶叫しているところで、僕らは林から飛び出した。まずは豚鬼だが、小鬼どもも馬車に群がり始めている。


「シュマさん、どっちにします?」

「豚鬼」


 短いやり取りで、役割分担を決める。これは、ベテランのシュマさんがより強い方を担当するという理由ではなく、お互いの特性を活かしつつ、馬車の安全を確保するのに最適な布陣としての分担だ。

 筋肉に加えて脂肪の鎧をまとっている豚鬼は、得物の関係でこちらの担当でもいいのだが、幻術を使える僕は雑魚を相手にするのがいいという判断だろう。今日は【僕は私エインセル】は持って来てないけど、まぁ、戦闘中でなければ杖なしで理を刻むのも、そう難しい事ではない。


「了――解ッ!!」


 とはいえ、豚鬼を完全に無視する必要はない。僕はシュマさんに返事をしつつ、【鎧鮫】を一体の豚鬼の背に投擲する。数を相手にするのに、防御に特化した【鎧鮫】を手放すのは少し心細いが、持ち替えている時間はないので仕方がない。


「プギャァァアアアア!?」


 無警戒の背に突然生じた激痛に、豚鬼が絶叫をあげる。隣の豚鬼も、その様子に異常を察知したのか、キョロキョロと周囲を見回し、僕らの存在に気付くと棍棒を構えて威嚇の雄叫びをあげた。実にやかましいコンビである。

 なお、豚鬼はその名の通り、豚の顔をした鬼であり、体長は二メートル前後、体重は三〇〇キロをゆうに超えるだろう巨体の、二足歩行のモンスターである。元の肌の色は小鬼たちと同じくグリーンのようだが、薄汚れていてかなり黒に近い。

 要はファンタジーモノのオークだ。


「それでは、お先に」


 シュマさんにそう告げて、僕はそんな豚鬼たちの横を駆け抜ける。アホな豚鬼たちは、シュマさんを無視して僕に襲い掛かろうとしていたが、その隙をシュマさんが見逃すはずもない。彼女は静かに、素早く駆け寄ると、すれ違いざまにアキレス腱あたりを斬り付け、不意を打たれた豚鬼は無様に地べたに転がった。それでもう一体も、シュマさんに対する警戒を強めて、僕からヘイトを移す。

 さて、雑魚狩り作業の開始である。



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