第7話 厄介事の匂い

 ●○●


 シュマさんと探索しつつ、戦闘をこなしながら戦闘指南を受けていたら、昼時になった。シュマさんが言うには「腹ごしらえも仕事の内」との事で、ピクニック気分での昼食となった。

 日帰り予定の今日は、わざわざ美味しくもない携帯食料などではなく、本当にピクニックのようにお弁当持参である。といっても、硬くボソボソのライ麦パンに適当に野菜と干し肉をスライスしたものを挟んだだけのサンドイッチだが。

 はぁ……。米食いてぇ……。

 ないわけではないのだが、基本輸入品でなかなかお高い。おまけに、品種改良されたジャポニカ米でもないので、あまり美味しくない。一度、ジスカルさんに取り寄せてもらって食べたのだが、あれは食べれば食べる程、むしろ日本の米が食べたくなってしまうような代物だった……。

 スーパーで売っている品質でいいから、お米と醤油とみりんを定期的に手に入れられるなら、正直聖杯を譲ってもいいとすら考えている……。こういうところは、グラには理解できないんだろうなぁ……。あの姉は、きちんとエネルギーになるなら、味なんてどうでもいいと考えているタイプだ。


「「…………」」


 シュマさんも同じように、パンになにかが挟んであるものを、黙々と食べている。元々口数の多くない人なので、見た目はピクニックだというのに、実に厳かな食事になってしまっている。


「シュマさんのそれは、なにが挟んであるんです?」

「あげないよ……?」


 いや、別にいらないから……。ちょっとした話題提供のつもりで話を振ったら、まるで大事な我が子でも守るかのように、サンドイッチを隠された。

 小柄な彼女からすれば、結構な大きさのそれは、正直食べきれるのかと心配になる量ではあるが、だからといってそれをねだる程、僕は卑しくはないし、食うに困っているわけでもない。


「いえ、その……、取らないので安心してください……」

「そ? ならいい」


 そう言って、再び黙々と――もくもくとパンを口に運ぶシュマさん。なぜだろう……。その姿は、彼女の矮躯もあいまって、実に幼く見える。そういう印象を受ける原因には、やはり彼女の両耳にある、星形のイヤリングも影響しているのだろう。

 丁度いい機会だ。製作者として、ユーザーの声を聞いてみよう。


「実際に使ってみて、そのマジックアイテムに不都合はありましたか? 些細な事でもいいので、教えてください」

「ん……? んん。とってもいいけど、やっぱり不用意に発動しちゃうのは、ちょっと不便……。まぁ、こちらの要望通りの仕様だし、文句を言うのは筋違いだけど」

「なるほど……」


 たしかにそれはなかなか不便だろう。なにせ、彼女の両耳で揺れている二つのイヤリング【姫海星ヒメヒトデ】と【赤海星アカヒトデ】には、キーワードが設定されていないのだから。

 ただそれも、彼女の言葉通り、顧客側の要望を反映した結果だ。とはいえ、改良の余地があるのは事実である。


「なるほど……。ふむ……」


 安易にキーワードという、既存のスイッチを取り外した形にしたのが、間違いだったか? 魔力だけで発動するマジックアイテムというのは、幻術のマジックアイテムの仕様としてはセオリーだが、だからといって安直すぎたというきらいはある。

 だとすると、別のスイッチを作るところから始めねばならないが、シュマさんの場合は、相手を油断させる為にキーワードを使いたくないのだと言っていた。だとすれば、外からわかるような、あからさまなスイッチでは意味がない。

 さて、どうするか……?


「ショーン君?」

「はい?」

「ごはん、食べよ。むつかしい事は、ごはん中に考えるべきじゃない」


 シュマさんが、まるで世の真理でも諳んじるように、重々しい口調で言い張る。その言葉に苦笑しつつ、僕は頷いた。


「お説ごもっともですね。せっかくの食事から、味を忘れて食べるなど、料理をしてくれた方と、捧げられた命に対する冒涜です」

「ん」


 そう言って、再度もくもくとサンドイッチにかぶりつくシュマさんを見てから、僕も自分のそれにかぶりつく。


「「…………」」


 やはり静かな食事風景だったが、そこに気まずさはない。シュマさんは食事に集中しているだけで、別に話す事がないから黙っているわけではないのだとわかったので、僕も静かに風景を楽しみながら黙々と食事を続けた。


 ●○●


 午後からも、僕とシュマさんは戦闘訓練がてらのモンスター狩りを続けた。時折シュマさんからのアドバイスがあり、その通りに自分の動きを修正していく。そうすれば、目に見えるような変化はないものの、たしかに少しずつ戦闘のしやすさが改善していっているように感じる。

 まぁ、僕の体感の事なので、実際の実力は今朝とたいして変わっていないのかも知れないが。


「――ッシ!」


 森の中に一体でうろついていた小鬼を、斧の一刀のの元に斬り捨てる。流石に、この程度のモンスター一体に手間取る事はない。そう思うと、大ネズミ一匹にビビっていた頃に比べれば、僕も成長していると言えるのだろう。


「ショーン君……」


 小鬼を倒した直後に、シュマさんが声をかけてきた。常なら、僕が敵を倒しても慎重に周囲を警戒しつつ、ゆっくりと近付いてくる彼女の声が、突然背後から聞こえた事で、ビクりと肩が跳ねた。

 正直、ビビった……。


「あっちから、戦闘の音。たぶん、馬車が襲われてる……」


 シュマさんはそんな僕の様子に頓着する事なく、街道方面を指差してみせた。僕にはまだ聞こえないものの、斥候としての彼女の耳には、不穏な気配が届いているらしい。

 馬車が襲われてる、か……。厄介事の匂いがするなぁ……。正直なところを言うと、関わり合いになりたくはない。


「どうする?」


 問うてくるシュマさんに、僕は嘆息して肩をすくめた。



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