第6話 すーぱーゆーてぃりてぃぼでぃがーど
キリキリキリィ !!
鋭い鳴き声のようなものをあげて、レイザーメイフライが飛び掛かってくる。その翅は剃刀のような鋭さであり、下級冒険者程度の装備で受ければ、最悪致命傷を負いかねない。まぁ、流石に炭化ホウ素のプレートを傷付けられる程ではないだろうが。
僕はその
キルキルキルキルルルゥルゥルルル!!
下からカチあげられた剃刀蜉蝣が、悲鳴と怒号が混じったような鳴き声で威嚇してくる。特徴的なターバン眼がチカチカと赤色光に点滅を繰り返しているのが、まるで踏切の警告灯のようだ。その腹から伸びる尾毛がゆらゆらと動き、その動きが触手じみていて実に気持ち悪い。
「左右に躱すのは得策じゃなさそうかな……」
レイザーメイフライのなにが厄介かといえば、なにをおいてもその鋭い翅での斬撃だ。いかに頑丈な僕だって、あれを目や指に食らったら結構困る。依代なので再生は可能だろうが、人間だったら【神聖術】でもなければ回復不能な、深刻な後遺症を負う事だろう。
かといって、実は下方に逃れるのもあまり上策とは言えない。先程は上手くいったが、剃刀蜉蝣の前脚は相手を捕まえる事に特化した形状になっており、一度捕まれば尾毛を突き刺されて、生命力を直接吸い取られてしまう。
口が退化しているレイザーメイフライは、そうやって活動の為のエネルギーを補給しているらしい。まぁ、それ程効率的な栄養補給方法ではないらしく、こちらの剃刀蜉蝣も成虫の生存期間はそれ程長くはないらしい。ただし、やはり繁殖力は高いらしく、水辺においてかなり厄介なモンスターとして、頻繁に討伐の依頼が出される。
一定以上の戦闘力がない商人や旅人なんかが出会ってしまうと、生存がかなり絶望的なモンスターだ。そして、その最悪を免れたとしても、馬車などの荷物や、それを曳いていた家畜の命は諦めねばならない。家畜はモンスターの攻撃対象であり、レイザーメイフライにとっても貴重な栄養源である。そしてそうなれば必然、近くにある馬車は、剃刀蜉蝣の翅でズタズタになってしまうのである。
キュリリリリリリリリ!
水の尾で上昇した分を勢いに変えて、剃刀蜉蝣が急降下で襲ってくる。横、ダメ。下、ダメ。となれば上だが、天井もない空間であの上に飛び上がるのは結構怖い。空中には足場がないので、水の尾を使っても回避行動が取れないのだ。
ならばどうするか?
僕はサイドステップで、あえて剃刀蜉蝣の側面へと回る。当然のように、剃刀蜉蝣はすれ違いざまにその鋭い翅でこちらを斬り付けてくる。僕はその攻撃を、左の【鎧鮫】の水の膜で受ける。
強い粘度を持ったその水の膜に触れた途端、高速で羽ばたいていた翅の動きは鈍化し、まるで引っ張られたように剃刀蜉蝣の体が傾ぐ。僕もそれなりの衝撃を受けるが、その剃刀のような翅の先は水の奥の鎧にすら届いていない。
キュルル!?
驚くような剃刀蜉蝣の鳴き声に頓着せず、僕はその翅の付け根へと【橦木鮫】を振り下ろす。硬い外骨格がくしゃりと拉げる音と、その奥の筋繊維がブチブチと引き千切れる音が響く。
ギュリッリリッリィィ!!
まさしく断末魔を響かせる剃刀蜉蝣の背後に回りつつ、今度は左の【鎧鮫】で、比較的柔らかい腹部分を斬り付ける。とはいえ、虫系モンスターの多分に漏れず、そこそこの防御力はあるのだが。
案の定、ついでの攻撃では然したるダメージは与えられなかった。だが、距離をって振り返ってみれば、剃刀蜉蝣は地べたを這いずり、片方の翅を必死に羽ばたかせていたものの、もう片方は力なく地面に垂れ下がってぴくぴくと痙攣するのみだった。
こうなればもう、動かない翅の側から攻撃を仕掛ければ、この剃刀蜉蝣は怖くない。爪は鋭くなく、口は退化していて、攻撃手段が翅と尾毛しかないからな。
激しく点滅するターバン眼でこちらを向こうとしている剃刀蜉蝣の側面に回り込みつつ、何度か攻撃を仕掛け、最後に【鎧鮫】で首と胸の間に一撃を入れて、とどめを刺した。
ぐったりと動かなくなったレイザーメイフライを見下ろしつつ、いまの戦闘を振り返る。うん。まだまだ、動きが素人臭い……。なんというか、行き当たりばったり感が強いのだ。とてもではないが、現段階であの双子との再戦には臨めまい。
そこに、カツカツと甲高い音が響く。音の出所に目を向ければ、本来はジスカルさんの護衛であるシュマさんが、その象牙色の義手で拍手をしているところだった。
「うん。まぁ、思ったより良かった」
ちっともそうは思っていなさそうな無表情のまま、シュマさんがそう褒めてくれる。そんな彼女に、僕は苦笑を返す事しかできない。
「そうですかね? なんか、バタバタしたところをお見せしてしまったようで、面映ゆいのですが……」
「慣れてないのは仕方ない。慣れればいいだけ」
淡々とそう述べるシュマさん。虚飾の一切ないその言葉は、彼女が本心からそう思ってくれているのがわかり、思わず口元が緩んでしまう。
「そうですか。では、慣れる為にも数をこなしましょう!」
「ん。シュマは斥候もこなせる、すーぱーゆーてぃりてぃ冒険者。新たな獲物を探すのも、横槍が入るのを防ぐのも、ばっちり任せてだいじょーぶ!」
そう言って胸を張るシュマさんだったが、すぐに己の間違いに気付いて訂正する。
「あ、いまはジスカルの護衛だから、冒険者じゃなかった」
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