第5話 鎧鮫

「結局、DP生成用の疑似ダンジョンコアに関しては、出たとこ勝負でやるしかないって事か」

「そうなります。それでなのですが、ショーンは帝国とやらにパティパティア山脈を縦貫する坑道を作る約束をしていますよね?」

「うん? うん。ああ! なるほど!」


 グラの言わんとしている事を察し、僕は感嘆の声を発する。グラはその考えを肯定するように頷いてから、先を続ける。


「その坑道の維持には、どのみち疑似ダンジョンコアか我々のどちらかが常駐せねばなりませんでした。あるいは、ダンジョンとつなげてもいいのですが、我らのダンジョンが発見されたのち、その坑道とつながっていると、我々がダンジョン側の存在であると露見する惧れがあります」


 人間側にダンジョンの製作者はわからないだろうが、坑道の製作者は明確に僕らなのだ。無駄に露見のリスクを抱える必要はない。


「そうだね。できる事なら、僕らのダンジョンとその坑道は切り離していた方が得策だ」

「はい。ですので、その坑道の維持管理を、新たに作るDP生成用の疑似ダンジョンコアに任せてみようと思っています」


 おおよそ僕が予想した内容と違わぬ説明に、僕も賛成する。僕かグラが常駐するというのは、拘束時間が長すぎて嫌だしね。


「いいと思うよ。最悪、その疑似ダンジョンコアに使ったDPを失う可能性はあるけど、その疑似ダンジョンコアが人間側についたとしても、こっちの情報ほとんど持たせていなければ、裏切られた際のリスクも最小限だしね」

「はい。戦闘能力がなければ、敵に回ろうと問題にはなりません。万が一、人間側に我々がダンジョンコアであると漏洩されたところで、あなたの社会的な信用があれば、与太話として処理もできるでしょう?」

「ふむ」


 まぁ、なんの後ろ盾もない人物が、いきなり僕を化け物扱いしたところで、それをものともしない程度には、信用は築けているとは思う。だが、教会や大公など、その讒言を利用して僕を陥れようとする輩が出ないとも限らない。なによりマズいのは、それが真実であるという点である。

 最善は、そんな事にならないようにしたいが、最悪がそれならまぁ、まず大丈夫だといえるだろう。


「勿論、いくつか安全策を用意して、逃走路を用意し、自決用の装具を持たせ、明確な弱点を用意して、本当に裏切った際にも簡単に手を下せるように細工をします」

「なるほど。レヴンの、生命維持に特別な果実が必要、みたいな感じ?」

「そうです。まぁ、我らのダンジョンにおいて、疑似ダンジョンコアの枷の為だけに、特別な果樹を用意するような余裕はありません。もっと単純な弱点の方が効率的でしょう」


 まぁたしかにね。ニスティス大迷宮程のリソースがあれば、レヴンのようなスパイの為だけに、それだけの手間をかける事にもメリットがあるのだろう。だが、うちの場合、防衛の為でもない、僕ら自身がスパイもこなせるという現況で、わざわざ疑似ダンジョンコアの為だけに、そこまでの浪費はできない。

 もしもグラの実験が上手くいって、DP生産用疑似ダンジョンコアを複数体運用する事になれば、まぁそれもいいかも知れないが。いまからそんな事を考えていても、トラタヌでしかないだろう。


「じゃ、当面僕は近接戦闘訓練、グラはDP生産用疑似ダンジョンコアの研究に専念しつつ、空き時間で細々とした問題を処理していく感じで」

「了解しました。ショーンも忙しそうですし、【影塵術】の最適化作業も、私の方で請け負いましょうか?」

「いや、流石にいつまでもグラに頼りきりは良くないし、【影塵術】の最適化は僕にとってもいい教材だから、グラは僕がやってみた最適化をチェックしてくれない?」

「わかりました。では、楽しみに待っていますね」


 そう言って口元にうっすらと笑みを湛えるグラ。どうやら近接戦の教師は諦めたようだが、【魔術】におけるその座は誰にも譲らないと思っているようだ。

 なお、【怪人術】は封印である。これ以上、疑似ダンジョンコアに自我が生じては、僕としても困る。


 ●○●


 アルタンの町の城郭の外。小高い丘陵や、パティパティア山脈の稜線に連なる山林が視界に入る、芳烈な緑の匂いが香る草原である。

 僕は両手に手斧を構えて、腰を低くしつつ草原を疾駆する。視線の先にいるのは、レイザーメイフライと呼ばれる、要は翅で攻撃してくるカゲロウだ。いまはまだ僕に気付いていないレイザーメイフライに、できるだけ音がしないよう駆け寄るが、流石にある程度近付けば気付かれてしまう。

 キリキリキリと、まるで糸を引き絞るような鳴き声でこちらを威嚇してくるレイザーメイフライに、もはや隠れる必要もないと立ち上がり、キーワードを口にする。


「駆れ――【橦木鮫シュモクザメ】」


【橦木鮫】の柄から延びた三本の水の尾が僕の腕に巻き付き、肩から翼のように広がる。そしてもう片方の手斧のキーワードも、一息に続けて唱える。


れ――【鎧鮫ヨロイザメ】」


 今度は【鎧鮫】の柄から水の膜が現れて、左腕に巻き付いた。だがそれは【橦木鮫】と違い、左腕に巻き付くだけで水の尾のようには広がらない。

 さて、前回は可哀想な扱いになってしまった【鎧鮫】の、初陣である。



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