第4話 戦闘技能習得とDP生成用の依代

〈3〉


「結局のところ、どうなったのです?」

「うん? どうにもなんないよ。っていうか、どうにもできないって」


 ダンジョンへと戻り、僕は一連の経緯をグラに報告した。


「ニスティスを完全に封鎖する事も、急いで攻略する事も不可能である以上、もはや冒険者ギルド側に手立てはない。できるのは、新たな対策を講じる会議を開くくらいだろうが、そっちに関しちゃ僕は関係ないしね」


 僕があの会議に呼ばれていたのは、あくまでもマジックパールの第一発見者と、一応は研究の先駆者だったというだけが理由だ。それにしては、随分と突っ込んだ内容にも口出ししていたが、意見を求められては無視するわけにもいかないので、仕方がない。


「ニスティス大迷宮のダンジョンの主が、ゴルディスケイルの現状を認識し、独自に宝箱を作るという方策を思い付いた、って彼らは理解するだろう。そうなればもう、ゴルディスケイルのダンジョンに固執する意味は……――いや、マジックパール的には残っているけど、即座に攻略して情報封鎖する程の緊急性はもうない」


 なにより、ダンジョンに宝箱をおくという手法は、少なくとも最低一件前例があるのだ。まぁ、その前例も僕が作ったものだが、それ以前にも同じような例がなかったとはいえない。


「なるほど。これでルディの身の安全も保たれるという事ですか」

「まぁね。流石に、こちらの計画に巻き込む形で人間たちに倒されちゃ、寝覚めが悪いからさ」


 まぁ、当初はゴルディスケイルのダンジョンコアの安否を無視するように、ルディに『美味しい話』として宝箱をおくやり方をリークし、その後基礎知識にも宝箱の情報を載せるという計画だった。

 これでも、冒険者ギルドの基本戦略を破綻させる事は可能だったのだが、基礎知識は情報をきちんと記す為には、その情報の有用性を多くのダンジョンが認めねばならず、結構時間がかかる。その間に、ゴルディスケイルがどうなるかわからない。……というか、たぶん討伐されていただろう。

 それよりかは、いまの計画の方が効果の面でも時間の面でも効率的だ。


「なんにしても、これでショーンが煩わしい会議などに取られず、一安心です」

「まぁ、会議がなくなったらなくなったで、シッケスさんやシュマさんから近接戦闘の指導を受ける予定を早めなきゃだけどね」

「むぅ……」


 僕のセリフに、グラがかなり不服そうな顔をする。シュマさんはともかく、シッケスさんはかなりあからさまに、僕に秋波を送っているからな。姉としては、あまり僕に近付けたくない存在なのだろう。


「それなのですが、やはり私があなたに教えるのではダメなのですか?」

「いや、グラが使えるのって、八色雷公流やさからいこうりゅうだけでしょ? 僕は君と違って、見様見真似でそこまで使えるようにはならないし、グラはグラでそれを指導する技能はない。違う?」


 なにせ、『天剣』とか呼ばれていたエルナト君の剣を、そのままコピーしちゃうくらいだもんね。それを僕に求められても困るし、ほとんどチートじみた学習能力で得たものを、きちんと指導できるかといえば……。まぁ、難しいだろう。


「むぅ……」


 自分でも、剣技に関しては十全に指導できる自信がないのだろうグラが、呻吟しつつも反論はせずに黙り込んだ。魔力の理であれば、それは学問であるが故に、理解さえしていれば指導はできる。だが、戦闘技能の指導ともなると話は別だ。名プレイヤーが、名監督になれるとは限らないのと同義である。


「僕の近接戦闘能力が低い点は、結構なところで足を引っ張ってきた。これまでは、魔力の理の修得を優先してなおざりにしてきたけど、そろそろきちんと学ばないと、命に関わる差し障りになりかねない」


 というか、これまでも結構危ないところだった。特に、前回の蛍光双子ツインテツインズ相手では、武器がなんの役にも立たないくらいには、手も足も出なかった。

 彼女たちを撃退できたのは、即席の【影塵術】のおかげである。


「まぁ、そんなわけで、僕はしばらく近接戦の技能習得を優先するよ。グラはその間どうする?」

「私は、いよいよ食料からDPを生産する疑似ダンジョンコアの作成に取り組もうかと」

「おおっ!」


 グラの宣言に、僕は目を見開いて感嘆の声をあげた。それから立ち上がると、グラの元に近付こうとして、そんな必要はないのだと気付く。僕はすぐさま、椅子に座り直して目をつぶる。

 それから意識して、ダンジョンコア本体を意識すると、そちらに宿り直した。前回、ダンジョンコアと依代間を行き来するコツを掴んでから、こうしてちょくちょく本体に戻るようにしているのだ。


「構想はもうあるの?」


 声に出さず質問すれば、グラもまた声には出さず答えてくれる。

 疑似ダンジョンコアは、地上生命のように食物から生命力を生成する事ができる。これを利用すれば、人を殺すというリスクを冒さずとも、ある程度のDPを確保できるという算段だ。まぁ、流石にダンジョンの維持DPすべてをまかなえるような生産量は、期待できないだろうが……。


「一応は。ですが、そもそもにしてあまり他の機能は必要ないかと思っています。それこそ、我々の依代から身体能力や、生命力の総量を最低限度に保つ程度で、十分ではないかと。これが基本設計になります」


 グラが【フェネストラ】を投影するのを、同じ体を共有しつつまじまじと観察する。といっても、僕なんかがグラが効率化した術式にどうこういえるわけもなく、ほとんど後学の為に眺めているに過ぎない。まぁ、そのコンセプトに口出しする事はあるが。


「でもさ、最低限のDPは必要だと思うよ? 自分の肉体を構築する為に生命力を消費するとき、残存が少なすぎるとたぶん死んじゃうから」


 自分が初めて依代に宿ったときの事を思い出しつつ忠告すれば、グラもまたその点は織り込み済みだったのか、こくりと頷いていた。


「はい。ですがその肉体は、あなたの身を守る為、人間を凌駕する能力や頑健さを前提としたものでした。そういった身を守る能力も削ぎ落し、最悪の場合にも簡単に我々の手で始末ができるよう、一切戦闘能力を持たせないつもりです」

「ふぅむ。なるほどね……」


 疑似ダンジョンコアはモンスターと違い、最初からダンジョンとは切り離された存在だ。グラが考案した疑似ダンジョンコア本来の状態では、そこに自我が宿る可能性はなかったのだが、前回僕が依代で【怪人術】を使ったせいで、疑似ダンジョンコアにも自我が生まれ得る事がわかってしまった。

 あれは、いま思い出しても痛恨事だったが、もっと最悪の状況で発覚するよりはマシだったと言い訳して、己を慰めるしかない。


「ひよこから鶏になったものを、無理矢理卵に戻すようなものなんだけれどねぇ……。【怪人術】で自我を生みだすっていう点には、問題はない?」

「わかりません。どのような自我が生まれるのか、その者が我々の敵にならないのか、一切が未知数です……。ですが、それで得られるメリットが大きすぎて、その程度のリスクは甘受せざるを得ません」

「まぁ、そうだよね……」


 人を殺さずともDPを生みだせるというのは、僕らにとっても非常にメリットとなる。それは別に、僕の心情的な問題ではなく、単純に人が死ななければ、ダンジョン発見のリスクを低減できるという点が大きい。

 僕らのように町中に生まれたダンジョンにとって、発見される可能性は低ければ低い程いい。できる事なら、最後まで見付からなければそれでいい。

 あと三ヶ月もして、バスガルのダンジョンからDPダンジョン性エネルギーが完全に抜けると目されている期間が過ぎれば、件のマジックアイテムでダンジョンの探査が行われる。そのマジックアイテムの性能がどの程度なのかは知らないが、四層を探知できる程のものなら、この辺り一帯は既にどこもかしこもダンジョン判定されるだろうけど。


 そのときの為にも、準備は進められるだけ進めておきたい。


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