第3話 さらなる緊急事態
「需要があればこそだとさ。いままであの島は、どこの国からも厄介払いされていたからこそ、どこの国の支配下にもなかった。むしろ、その支配権を押し付け合っていたのが実情だ」
「そうですね」
「だが、そんな島にどの国も欲するような資源が見付かってみろ。争いになるのは目に見えているだろ? スティヴァーレ半島の国々と、あの小さな島をめぐって戦争をするってのは、第二王国にとっても二の足を踏まざるを得ない。まして、この事はもう、教会を通じてスティヴァーレに伝わっている可能性が高いんだろ?」
「まぁ、現場にいましたしね。当初は、ここまでの代物だとは思っていなかったので、僕の方の情報管理も杜撰でした。その点は謝罪します」
僕がぺこりと頭を下げれば、グランジさんはいやいやと手を振る。
「それはこっちも同じだ。最初は普通に、新しいモンスターの出現と、その素材として、あちこちに問い合わせをしちまったからな。国境を越えた先とはいえ、冒険者ギルド経由でも、スティヴァーレに情報が伝わっている可能性は高い。ショーンさんばかりを責められるような話じゃねえよ」
「そうですか。まぁ、そうなると既に、ポンパーニャ法国あたりは実物を取り寄せていてもおかしくありませんね。たしかにそれでは、領有権をめぐって戦争が起きかねませんか……」
「ああよ。あの小さな島を得て、スティヴァーレ全体と戦争する? 勘弁してくれって話だろ? しかも、それを得られたとて、守り切る為にどれだけの軍事費と兵力を注ぎ込める? その費用は、マジックパールの益で本当に補えるのか? 国のお偉方には、その辺りの判断がつかないとさ」
まぁ、たしかにあの島は、守るに難し、攻めるに易しの典型だ。小さすぎて大兵力を駐屯させるのは不可能だし、小島なので全方位から攻められ放題だ。おまけに、ウワタンやウェルタンの町から近く、兵力を移動させる方法こそ多いが、大きな戦力を移動させようとすれば、当然その分足は遅くなる。
ようやっとたどり着いたところで、既に敵の掌中にあるのがわかり切っている。不幸中の幸いは、敵の守るその島もまた、攻めるに易いところだろうか。
そしてもし本当にあの島を巡って争うなら、有利なのは領土のほとんどが北大陸内陸である第二王国よりも、半島であり、ゴルディスケイル島の三方を囲んでいるスティヴァーレ圏なのだ。これでは、第二王国のお偉方が二の足を踏みたがるのも無理はない。
また、海上戦というのは兵の損耗が陸上戦の比ではない。すべての船が沈められれば、本当に生き残りが〇なんて事態もあり得るのである。
「それでも、デメリットよりもメリットが上回ると思いますがね……。現状、冒険者がコツコツモンスターを狩って魔石を集めているような供給に、マジックパールというキャパシタがあれば需要過多の現状を、それなりに緩和させられると思いますよ」
「たしかに。小規模ダンジョンを魔石鉱山のように扱う領主や、奴隷の命をダンジョンに吸わせて、魔石に替えようとするような不届き者がいるのが現状です。魔石の需要と供給の差を、少しでも埋められるならば、それに越した事はないでしょう」
僕の言葉に続く形で、セイブンさんが援護をくれる。まぁ、小規模ダンジョンを魔石鉱山と見做すくらいならば、まだ人類にとっても許容範囲といえる。だが流石に、奴隷の命を魔石に変換するような輩は、完全に人類に対する背任行為といえる。しかし、そんな愚行に及ぶ領主が後を絶たない程には、現状魔石の供給というものは足りていない。
「お上はどうやら、教会と協議してマジックパールの扱いを決めるらしい。ゴルディスケイル島の扱いもな」
「そうなると、間違いなくどちらかの領有という話にはなりませんね」
セイブンさんの言葉に、グランジさんが重々しく頷く。そこに僕が、さらに疑問をぶつける。
「教会との協議との事ですが、その際ナベニポリスや旧共和国圏の
僕の質問に、グランジさんの表情が歪む。いや、そんな顔せんでも……。なんか、僕がイジメてるみたいじゃん……。
「……マグナム・ラキアについては、基本的に放置でいいだろうとの結論だ。スティヴァーレ南端の諸都市同盟だからな。万一ゴルディスケイル島に攻め込んできても、第二王国、ポンパーニャ法国、ナルフィ王国の同盟で跳ね返せると考えているらしい」
「なるほど……。ナベニポリスについては?」
「ノーコメントだ……」
なるほど、なるほど。まぁ、法国、帝国が協力し合ってナベニ侵略を企んでいる以上、あまり芳しい未来は訪れないと、第二王国も見ているのだろう。
「ですが、ナベニ共和圏はスティヴァーレにおいてはもっともゴルディスケイル島に近い場所にありますよ? 本当に放置して大丈夫ですか?」
「…………」
グランジさんは眉間にパティパティア山脈のような深い皺を刻みつつ、呻吟しながら黙り込んでしまった。いやまぁ、この人にそれを問うても仕方がないのはわかる。フォローくらいはしておくか。
「まぁ、それは国の上層部が決める事ですもんね。ここで僕らが話し合っても仕方がありません。なにより、あそこは先の戦争の影響で、いまも
「はぁ……。ったく、子供に気遣われちまって情けねぇ限りだが、要はそういうこった」
グランジさんは苦笑しつつそう言って肩をすくめる。会議の面々も、多少大げさに苦笑して見せ、会議の空気を和ませる。
僕はその笑い声が止むのを待ってから、一旦話をまとめるように口を開いた。
「つまり、ダンジョンの封鎖に関しては、もはや諦めざるを得ない、という事でいいでしょうか? 既に、第二王国とスティヴァーレ圏での共同統治が既定路線であり、マジックパールも秘匿より、活用を主眼においているのですよね?」
「「「…………」」」
僕の問いに、おじさんたちがまたも一様に渋面を浮かべて黙り込む。結局のところこの会議は、恐らくはこの結論に至るだろうと、誰もが考えていただろう。だがしかし、おじさんたちにはその事実が、なかなか受け入れられないらしい。
まぁ当然か。それはすなわち、これまで冒険者ギルドがとってきた基本戦略の破綻を意味する。
そして、ダンジョン側はある程度の情報共有を行うという事は、人類側も理解している。故に、これを認めてしまえば、全世界的に対ダンジョン戦略のパラダイムシフトが求められるわけだ。なかなか受け入れられないのも当然だろう。
まぁ、僕としては、詰みかけている相手の次の手を待っているような気分であり、それ程悪いものではない。この不毛な会議にも、イライラしていないのは、彼らとはそういう意味では視点が真逆だからといえる。
そのとき、会議室の扉が慌てたようにノックされ、返事も待たずに二人の人間が入室してきた。一人はアルタン支部の職員だが、一人は冒険者風の出で立ちで、その姿は未だ旅の汚れが落ちていない。とてもではないが、会議に連れてくるような姿ではなかった。
「し、失礼します!!」
入室してから職員が断りを入れ、冒険者に発言を促すように一歩下がった。その顔には焦りが浮いており、会議を中断させてでも伝えねばならない急報が届いたのだと、この場の誰もが理解した。
まぁ、僕にはその内容がおおよそ予想できるんだけれどね。
薄汚れた冒険者は、いっせいに注目を浴びて一瞬たじろいだ様子だったが、すぐに気を取り直して声を張った。
「ニスティス大迷宮にて、宝箱の出現が確認されました!!」
会議室の全員が天井を仰ぎ、諦観の嘆息がたしかな音となって響き渡った。来るべきときが、もう来てしまったのかという思いなのだろう。これにて、三ヶ月続けられたこの会議は、その役を終えたのであった。
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