第2話 魔力真珠対策会議

 〈2〉


 僕がゴルディスケイル島から帰還して三ヶ月。あれから毎日のように足を運んでいる冒険者ギルドアルタン支部へと、今日も今日とて足を運ぶ。資料整理に関しては、今週片付けねばならないものは、既に終わらせている。

 ではなぜ僕は、冒険者ギルドの、このむさくるしい会議室を、今日も訪れたのかといえば……。


「さて、どうしたもんか……」


 支部長ギルマスのグランジ・バンクスのこの台詞も、すっかり耳馴染みだ。なにせ、三ヶ月間ちっとも話が進まないのだ。グランジさんがこの言葉で会議を始めるのも、すっかりお決まりである。

 会議に集まる面々――ギルドの幹部連中やセイブンさんたちも、いい加減イライラしているのがわかる。対して、まったく打開策のない話に、僕も焦れているのかといえば、実はそんな事はない。


「とにもかくにも、ゴルディスケイル島のダンジョンを封鎖するには、あの無主の地の領有権をハッキリさせねば始まりません。第二王国側の見解は?」


 僕の質問に、グランジさんが渋面のままに首を振る。勿論左右に。


「ダメだとさ。俺たちの懸念はわからんでもないと一定の理解は示してくれたが、さりとて国の方針として、あの地を己がものとするのは、益よりも害の方が大きく、とてもではないが維持はできんとの話だ。他国やモンスターからの防御力に乏しすぎるうえ、あの離れ小島を守る為だけに、軍を海上輸送する危険は冒せねえとさ」

「では、この話はこれで終了では?」

「そうはいかんだろ……」


 僕の先を急いだ結論に、グランジさんは疲れたようなため息と共に頭を振る。


「お前さんらがゴルディスケイルの海中ダンジョンから持ち帰った、が事の発端なんだからな? もっと当事者意識をもってくれ」

「そうは言われましても……、別に僕らがそのモンスターを作ったわけではありませんしねぇ……」


 はい、嘘です。その真珠というのも疑似ダンジョンコアだし、いま現在ゴルディスケイルのダンジョンで現れている、魔力真珠貝マジックパールシェルと最近名付けられたモンスターも、ルディに頼んで生み出してもらっている、僕らが発案したモンスターだ。

 なにもかもが嘘である僕のセリフに、しかし面々は苦笑して肩をすくめるのみである。それは裏を返せば、僕がダンジョン側のスパイであるという事実が、彼らにとってそれだけ荒唐無稽だと認識されているという証左だ。実に重畳である。

 いまでは、あの日ダンジョン内で起こった騒動は、この真珠にまつわる暗闘だったと、教会、大公の勢力は認識しているだろう。真犯人たる帝国側――というか、タチさんは誤魔化せないだろうが、だからといっていきなり僕らがダンジョン勢であるとまで思い至るわけもない。

 このマジックパールシェルは、生態としてはビッグアーマータートルに近い。高い防御力を誇る貝で身を守りつつ、真珠に蓄えた魔力で攻撃する砲台役のモンスターである。他のモンスターと一緒に出てこられると厄介だが、単体ではそれ程苦にならないタイプだ。

 では、グランジさんをはじめとした皆がなぜ、こうして角突き合わせてしかつめらしい顔で、連日会議を重ねているのかといえば、そのモンスターが残すものが問題なのだ。それが、例の真珠である。

 モンスターは魔力が濃い部分から受肉していくとされる。となると当然、マジックパールシェルが真っ先に受肉するのは、真珠からという事になる。つまり、マジックパールシェルを倒していると、稀にその真珠が残るのである。


「よもや、その真珠に魔力の貯蔵ができてしまうとはな……」


 セイブンさんが、腕を組んだまま嘆くようにそう零す。

 そう。マジックパールシェルの真珠は、モンスターの体内にあったときと同様に、そこから切り離されても、一定以下の魔力までは保持が可能だった。特筆すべきは、その魔力が人間のものでも良かったという点だろう。


「このマジックパールは、これまで直接人間が魔力を注ぐか、魔石を燃料として消費するしかなかったマジックアイテムの利用法に、まったく別の道筋を作り出せるポテンシャルがあると、僕らは見ています。ただ、保存できる魔力には上限がありますし、どうやら魔力の入出力を繰り返すと、摩耗して小さくなってしまうようです。小さくなればなる程、保有できる魔力量も減少していくようですね。また、いつまでも魔力を溜めておけるというわけでもないようで、一週間も放置すれば内部の魔力が半減するという事もわかっています」


 そう言ってから、最後にこの会議では何度も何度も口を酸っぱくして伝え、それを聞く彼らの耳にも、たくさんのタコが住み付いているであろうセリフを付け加える。


「なお、以上の実験結果は、検証が不十分な研究結果であり、必ずしも正しい情報ではありません。その点を、皆々様はくれぐれもご留意ください」

「わかっていますよ。迂闊な情報を流布して、ショーンさんたちの迷惑にはならないと、私の名においてお約束いたします」


 ギルドを代表するようにセイブンさんが断言してくれたので、僕も笑って頷いた。まぁ、別の実験結果が出る事はまずないだろうけど。でも、どこからでもちょっかいをかけてくるヤツってのはいるからなぁ。僕はそれを、前回の教会と大公との面倒事で思い知った。


「なんにしても、慢性的に魔石が不足している現状において、どの国も喉から手が出そうな程に、欲しい代物になるってこったな?」

「あくまでも、その可能性があるというだけです。もしかすれば、なにか重大な欠陥があって、実際にはそれ程使い物にならない、という可能性も十分に考えられます」


 グランジさんの問いにも、僕は玉虫色の回答を返すのみだ。いま国や、冒険者ギルドに、必要以上に注目されるとルディの身が危うい。

 下手をすればゴルディスケイルのダンジョンに、第二王国とスティヴァーレ圏全域から精鋭を集めてダンジョンを攻略し、このモンスターと真珠の存在を隠蔽する、という判断とてあり得るだろう。いやまぁ、どこかの特産工芸品とか宝石とか、代替の利く代物ならともかく、これだけの実用品をいきなり闇から闇へと葬る決断ができるかと問われると、かなり怪しいだろうが。

 それが人類にとっては有益な判断であろうとも、他国に同じものが出回った際には、デメリットが大きすぎるからね。囚人のジレンマだねぇ。

 僕は以上の事を踏まえて、再度グランジさんに問う。


「それを説明してなお、あの島を得るのはデメリットの方が大きいという判断ですか? マジックパールの需要を考えれば、島を得る方がメリットが大きいように、僕なんかは思うのですが?」


 むしろ、現状を鑑みれば他国に先んじて得ていた方が、莫大な益を見込めるだろう。だが、そんな僕の意見にグランジさんは疲れたようにため息を吐きながら首を振る。



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