第15話 強制的な平和活動

「こんな強姦紛いのやり方で、ショーン君の心が動くかよ! こっちまで同類に思われるから、姐さんは手ェだすんじゃねぇての!」

「はっ! 小便臭ぇガキが吠えるようになったじゃねえか! 口だけでなく、狙ったオスを他の雌から守ってみせな! それでようやく一人前だぜ、クソガキ!」

「黒豚も白豚も世迷言ばかり……。さっさと屠畜して、我が家の竜どもの餌の足しにしましょうか。丁度、駄肉もたっぷり付いていて、竜どもも喜ぶでしょうし」


 我が家の応接室が、一瞬にして一触即発の火薬庫状態に陥っていた。いや、元々火種はあったのだが、新たに投じられた爆弾の火力が強すぎた。火に油というより、水素に酸素だ。この場合、グラが火か……。

 つくづく、ティコティコさんの武装解除をしていなかった事が悔やまれる。出立の挨拶といった風情だったせいで、彼女とジューさんは旅装のまま家内に案内してしまったのだ。シッケスさんは、習慣というか、教え込まれたマナーの一環として、武器を預けてしまっている。


「いいオスに、他の雌が引っ付いてるのは世の常だ。吾の目が間違ってなかったって証だなぁ! いいぜ! 雌同士、いい雄を巡って争おうじゃねぇか!」

「本っ当に! 男の子種にしか興味ないから、あんたらウサギはダメなんじゃん! 最低限、相手の男が対等な相手だという認識を持てっつの!」

「閨に対等な間柄なんぞあるか! あるのは上か下かだろうが!」

「相手に嫌われたら、上も下もなく独り寝だっつの! つーか、いまの北大陸のウサギの現状は、あんたらのそういう気質が原因じゃんか!」


 それは一理ある。兎人族のなにが嫌われているって、その貞操観念の緩さというか、『伴侶』という概念が根本から存在しないような文化形態だ。一度戦となれば、多くの男女がその慰み者にされる。兎人族が戦を起こす主な理由が、より良い子種を求めて――つまりは性欲の解消とまで言われている程なのだ。

 性欲の解消というか、まぁ兎人族の女性の場合は、強い男の子種を宿す為でもある。謂わば、繁殖の為だ。そう言われると、途端に反対はしづらくなるのだが、兎人族は別に、兎人族同士とだって子を為せる。じゃあ、そっちで勝手にやってくれと、他種族が思うのは必然だろう。ただ、兎人族は鮟鱇あんこうのように雌雄差の大きい種族だ。

 他種族の、強い雄がいるのに、わざわざ同族の弱い雄の子種を得たくはないという思いが、長い異種族間交流の間に、兎人族の間で常態化してしまったのである。女性である彼女らの性欲は、繁殖に直結する。性欲の発散という字面から受ける印象程、刹那的な欲求ではなく、自らが生む子の将来が安泰なものであらんと願って、より良い遺伝子を求めているのである。

 まぁ、だからいいという話でもないが……。

 いや、これはフェイヴの言うところの『北ウサギ』の習性か。南のウサギは、もう少しまともだという話は、一応聞き及んでいる。眼前の状況を鑑みれば、かなり怪しいと評さざるを得ないが。


「北大陸の人間どもの認識は、全部北の茶髪どものせいだろ! 吾らのせいじゃねえっての! だからって、全部の認識が間違いっつーつもりはねえが、それで吾を責められても挨拶に困るぜ」

「北大陸の人族や妖精族にしてみれば、直面している脅威の印象で判断するに決まってんじゃん! ウサギ半島を見てみなって! 酷い事になってんじゃん! その認識を改善したいなら、同じ部族同士で解決しなよ!」

「解決を図った結果、真っ二つに割れたのが現状なんだよなぁ……」


 シッケスさんの言葉にも、半笑いで肩をすくめるティコティコさん。まぁ、その態度もむべなるかな。シッケスさんの話は視点がマクロすぎて、個人にはどうしようもない話だろう。

 兎人族の部族が、現在南北真っ二つに割れて、いがみ合いをしているのは、やはりその性欲が原因である。もうホント……、コイツらは徹頭徹尾性欲が理由で争ってるのだ……。獣かよ……。

 ティコティコさんたち南の兎人族は、戦で強い男を得るやり方は、周囲からの反発が強すぎるとして、もっと穏便な形での繁殖を望んだ派閥だ。やり方としては、国内において、国費でもって闘技大会などを振興し、より強い男を国に招き入れ、その子種を得る機会を増やそうとしたのだ。

 それに対し、北の兎人族は、好き勝手に繁殖したい、我慢なんてしたくないという理由から、従来の戦で異性を得るやり方を貫いた。そして、勝てるかどうかもわからない、同じ獣人族がいる南大陸ではなく、北大陸へ攻め込んだのだ。

 まぁ、兎人族が北大陸に攻め込んだのは、当時の国家間情勢の影響もあったので、一概に北ウサギの思惑だけで行ったわけではない。そもそも、現状程兎人族が増えたのも、大帝国が南大陸北部に大きく版図を広げたのが遠因でもある。

 普段ならシッケスさんも、こんな八つ当たり紛いというか、イチャモンのようなつっかかり方はしないだろう。それだけ、熱くなっているという事だ。

 そして、無視された形になったグラが、いい加減限界だ……。既に抜き放っている刀を八相に構え、得意の『八色雷公流』で攻撃を仕掛ける直前だ。

 僕以外の面々には、冷静沈着に見えるだろう鉄面皮の奥で、かなりピキってるのがわかる……。

 仕方ない。これ、僕もしんどいからあまり使いたくないんだけど……。


「【強制する平和パクスインテッラー】」


 手の平に刻んだ理に魔力を流し、オリジナルの幻術を発動させる。といっても、その術式は【平静】と【虚無ニヒル】を組み合わせ、さらに自分も含めた広範囲に影響を及ぼすようにした幻術である。強制的に強い虚脱感を覚えさせて、なんらかの手段で防御しなければ、しばらくはなにもする気が起きない。当然、それは術者にも影響を及ぼす。


「「「う゛……」」」


 室内の全員が、唐突に訪れた怠さに呻吟する。可哀想なのは、ジーガの交代でやってきたディエゴ君だ。また、誰かと交代させないとな……。

 ともあれ、ひとまずはこれで、ティコティコさんの性欲も治まっただろう。【強制する平和パクスインテッラー】に組み込まれている【平静】の理は、そういった強い感情を抑制するのだから。


「これで全員落ち着きましたね? とりあえず皆さん、席に座り直してください。それとディエゴ、君は別の使用人と交代して休むように。しばらくすれば、倦怠感は薄れると思うけど、今日一日は仕事しなくていいから」


 はぁ……。ジーガとディエゴ君が不在となると、今日だけでも商人たちとの折衝や、牧場の管理は僕が担わないといけないな。ジーガの穴に関しては自業自得だが……。


「さて、それでは落ち着いて話の続きという事になりますが、そちらにこれ以上の要件がないのであれば、僕らとしては今日のところはこれにてお開きにしたいのですが?」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 やんわりと、こちらの不快感を伝えるつもりの言葉だったが、いまなお襲いくる倦怠感からか、かなり棘のある物言いになってしまった。いけないけない。どんなときでも自制心を見失わないようにしないと、いざというときに判断をミスりかねない。それも、自分の幻術で……。

 手を挙げて閉会を阻止したのは、事の元凶とも呼べるティコティコさんだった。


「さっきまでの吾の言動を謝罪する。こっちも、ここしばらく夜の相手がいなくて、ムラムラしてたんだ。許してくれ」

「いや、そんな謝罪があるかい……」


 思わずツッコミを入れてしまうが、まぁ兎人族の性欲の強さを思うと、それも仕方がないのか……。いや、それで襲われた側が納得する謂われはないな。うん。

 ともあれ、【強制する平和パクスインテッラー】のおかげでティコティコさんの性欲も落ち着いたようだ。しばらくすれば、お預けされた分いっそう強い欲求が襲ってくるだろうが、そちらは僕らには関係ない。さっさと、地下へ逃げよう。


「ただ、安心してくれ。吾がこの町を訪れた理由は、間違いなくオマエだ。いや、オマエというべきか……」

「だった、ですか?」


 ティコティコさんの言葉が過去形である事に、僕は首を傾げて繰り返す。

 兎人族であるティコティコさんの、らしからぬ引き際の良さが気になったのだ。まぁ、僕にとってはこちらに興味を失くしてくれるなら、それは願ったりなのだが……。


「ああ。大丈夫だ、しばらくはオマエに付き纏う事はしない」

「そうですか。どうやら、お眼鏡に適わなかったようですね。残念です」


 兎人族――とりわけ南のウサギは、自分の伴侶に相応しいと思えない相手には、それ程執着しない。その辺りは、たしかに北のウサギとは違うところだ。

 社交辞令として惜しんでおこうとしたのだが、ティコティコさんは僕の『お祈りメール』並みに無味乾燥な悔恨の言葉に、大きく首を左右に振った。


「いや、オマエは間違いなく、吾の胎に子種を宿すにたる男だ」

「…………。いえいえ、基本奢侈文弱しゃしぶんじゃくに淫する軟弱者ですよ。ウチの支出の内訳を少しお見せしましょうか? 貴金属と宝石の支払いで、七割が占めてるんですよ?」

「ほとんど魔導術の研究に使ってんだろ。オマエは必要なもんには金は惜しまねえが、無駄なものに金を浪費するようなヤツじゃねえ。吾の、オスを見分ける嗅覚、舐めんじゃねえ」

「うん! ショーン君は全然、浪費家じゃないよ。いつも使った分より多くお金が入ってくるし、使用人の給料もめっちゃいいし! もー、皆ね! あとはどっちかに子供ができれば、ハリュー家の将来も安泰だって言ってるくらいなんだからっ!」


 遠回しにお断りを述べようとしたら、どういうわけかティコティコさんだけでなくシッケスさんまで、フォローという名の追い込みをかけてくる。この辺りは、狙っている『僕はあなたに見合う男じゃありません』という謙遜が、ただの自己卑下にしか聞こえない、彼女ら南大陸のアマゾネスに共通する感覚なのだろうか。

 素直に身を引いてくれないかなぁ……。

 なお、我が家を維持するお金は基本的にジーガが稼いでいるので、僕らの手柄じゃない。僕らが使っているのは、家の維持に必要ない資金だけだし、基本は自分たちが稼いだ資金を使っている。

 ぶっちゃけ、僕らの主な収入源である【鉄幻爪】は、いまとなってはそれ程大きなものではない。まぁ、ジーガの言う通り、もっと販売量を増やしていれば、今頃は結構大きな収入にはなっていたとは思う。ブランド化もできていたかも知れないしね。だが、ちらほら模倣商品が出回り始めたいまとなっては、もはや取り返しの付かない話である。


「――では、なぜティコティコさんは、僕に迫らないと?」


 ティコティコさんとシッケスさんによるフォローを遮るようにして、僕は話を元に戻す。ティコティコさんはきょとんとした表情を浮かべたあと、自明の理とばかりに嘯く。


「だってオマエ、まだ子供作れねえだろ?」



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