第14話 三つ巴
ジューさんとの話が一段落ついたところで、ついつい僕は気を抜いてしまった。同じ部屋にいるのが、あの悪名高いウサギであるという事を失念して。
「――……いいねぇ……」
――ゾクリと、首筋の産毛が逆立ったときには、既に遅かった。
ガタンと倒れたソファに覆いかぶさる、身長二メートルの巨躯の美女。壁ドンならぬ床ドン状態で、眼前には白い肌と赤い瞳のコントラスト。
耳には荒い息が届き、明らかに眼前の彼女が普通の状態ではないとわかる。
●○●
ウサギ帝国、ウサギ半島。どちらも、正式名称は別にあるというのに、北大陸では誰もがそう呼ぶ程に、彼らは兎人族を恐れている。
その理由は、獣人由来の身体能力と、国家を形成する程の物量、そしてなにより――彼らの性欲に由来する。
特に恐れられているのが、兎人族の女性であった。
彼女たちにとって、戦場は良い男を選別する謂わば婚活パーティであり、より強い
ただし、常に求めている相手がいるわけではない。そんなときは、戦場で獲た適当な捕虜を使って、性欲を発散させるのだ。まるで、戦の常として慰み者にされる、女性たちと同様に……。
なお、兎人族は男性よりも女性の方が体格に恵まれる種であるが、男性の体格も一五〇〜一七〇センチくらいは普通にある。そして、女性と同じく男性も性欲が強い。つまり、結局女性も乱暴狼藉からは逃れられない。
そんな彼らが暴れ回る、北大陸西端のウサギ半島は、北大陸の人間たちにとっては、もはや地獄の代名詞である。逸話の地獄と違うのは、その悪鬼たちが実在し、ときおりウサギ半島から出て来るという点だろう。
しかも、そんなウサギたちに、地中海の出口であるメッシニアン海峡を押さえられてしまっているという点でも、北大陸の人間は大きな負担を感じていた。
その為、神聖教が中心となって、北大陸西方国家はウサギ半島に残るグレプファング帝国という人類国家を、全力で支援している。
ウサギたちの次の標的になる可能性を、考慮しているというのもあるだろうが……。
●○●
ヤバいと思って足を引き抜き、その立派な腹筋を両足で蹴り上げようとする。だが、即座にそれを察知したティコティコさんが太腿で、僕の両足をソファに押し付けて拘束しようとした。咄嗟に足を開いて躱したが、なにかとコンパクトな体でなかったら、たぶん間に合わずに押さえ付けられていただろう。
僕は予定通り、ソファとティコティコさんとの間で丸まると、思いっきり腹を蹴り上げた。この状態での両足蹴りであれば、流石にこれだけの対格差があろうとも、有効打たり得たようで、彼女をどかせる事には成功した。
とはいえ、天井まで届かないか。結構重い……。依代のパワーで、しかも全力に近い蹴りだったというのに……。
身長は二メートル程度で、見た目は引き締まっている為、精々八〇キロくらいだと思っていたが、下手すれば一〇〇キロくらいはあるかも知れない。その分筋力の密度がすごいのだろう。これが獣人か……。
まるで、もう一人セイブンさんが現れたような気分だ……。しかも、性欲が強く、この様子だとそこまで理性が強くない。最悪だ……。
「……【
「まって欲しいっす! 姐さんは一応、南のウサギっすから、北ウサギ程ぶっ飛んでないっす!」
「この状況で、そんな話が信用に値するか! その前に、全員でトゥヴァインを抑えるぞ!」
フェイヴがなんとかティコティコさんをフォローしようとするが、そんな遅きに失した弁明よりも、眼前の状況に対処しろと叱責するィエイト君。そして、残りの【
「姐さん。ショーン君はこっちの獲物なんだ。盛った猿みてぇなやり方で迫るんじゃねえよ!」
「はっ。強い
「それが猿だってんだろうが! これだからウサギはッ!」
「テメーらダークエルフも変わんねぇだろうが!」
「一緒にすんな!」
南大陸において、兎人族とダークエルフは有名なアマゾネスの部族だ。たしかに同一視される事も多いが、ダークエルフがアマゾネスなのは、その出生率が男女比一対九九くらいの比率だったからだ。男が生まれると、その男が部族の長となり、ハーレムを形成する事になる。別に男児が生まれると、他の集落の長として引き抜かれたり、新たな集落を形成する事もある。
当然、ダークエルフの女性は、同族の男と子を成すのは望み薄で、一部の特権階級の女性だけが、同族との子孫を紡げるわけだ。
だからこそ、ダークエルフの女性は基本的に他種族の男の子種を欲する。大抵は集落の外で子を宿し、子を宿してから里に戻り、里で出産する。子を宿すまでは男親に執着するのだが、子を宿してからは興味を失くしてしまうのも、ダークエルフの女性の特徴らしい。
僕がシッケスさんの好意に対して、隔意をもって接しているのも、これが一番の理由だ。子供を宿すまではラブラブでも、子供を宿した途端『お役御免』とばかりに冷たくされると、たぶん滅茶苦茶傷付く……。
そんなダークエルフに対して、兎人族の女性は、戦場で獲た強者の捕虜を連れ帰ると、胎に子を宿すまで搾り尽くす。しかも、孕んだら終わりという事はなく、自分が孕めば、その時点で子を宿していない別の女性に譲渡されるのだ。
一つの武の極みを目指した求道者たちとしては、あまりにも惨めで憐れな最期だろう。なお、捕虜の中には『今日はこれでいいや』要員もいる。そういう男性や、強者でもお気に召さない相手の子種は、胎に宿さないように生命力の理で着床、及び感染症予防をされるらしい。ただ、その方法も一〇〇%予防できるといった類の術式ではないらしい。
結果として、ウサギの捕虜となった男性は、半年と経たずにその命を終える。大抵は腎虚、もしくは自殺らしい。現在確認されている例外は、数少ない逃亡者のみであるが、そんな彼らも、心因性の理由で二度と子は成せなくなるんだとか。……こーわっ!
北大陸で、ウサギの女性らが恐れられているのもむべなるかなだ。ちなみに、ほとんど同じ理由で、男性のダークエルフの平均寿命も、十代前半だったりする……。一応フォローしておくと、ダークエルフの平均寿命は、健康的な女性であっても三十代だという点を付記しておく。
閑話休題。
僕を庇うシッケスさんとティコティコさんが対峙するそのタイミングで、応接室のドアが蹴り開けられる。
「あなたもなにか勘違いしていますね……。ショーンは姉である私のものです。そこに横から手を入れようとする人間は、押しなべて私たちの敵です。無論、そこの痴女も敵です」
ティコティコさんの兎人族という属性を知って、隣室で待機していたはずのグラが、異変を察知して乱入してきた。彼女は、腰から刀を抜いてティコティコさんとシッケスさん二人を牽制する。
グラもなぁ……。一人称が複数になる感じが、ちょっと重いよね。まぁ、たしかにグラの敵は、僕の敵でもあるけどさ。だからといって、別に僕に言い寄る異性すべてを敵に回すのは、かなり社会不適合な性質だろう。
とはいえ、僕と僕を守るフェイヴとィエイト君を除けば、ティコティコさん、シッケスさん、グラという三つ巴が形成されてしまった。ああ、ジューさんもいたか。ただ、この状況で三人の間に立っているのは、かなり居心地が悪いのだろう。
難しい顔で肩身が狭そうにしているジューさんを、ちょいちょいと手招きしてから、男連中は応接室の隅に寄った。
普段はこういう話題に一切興味を示さないィエイト君ですら、眼前の光景に畏怖を抱いている様子で緊張を漲らせていた。無論、もっと俗物な僕とフェイヴは、女同士の争いに、縮み上がる思いだった。
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