第13話 幻術の対策と対策の対策
●○●
「……かっ!」
ジーガの限界を考慮して、かなり早期に【
対して、以前より僕と付き合いのあるフェイヴ、シッケスさん、ィエイト君はある程度覚悟というか、事前知識があった為か、非常に気分の悪そうな顔をしていたものの、特に動揺は見られない。
まぁ、この人たちは本物の死神術式を何度か目にしているからね。それに比べたら【
なお、いつの間にかフォーンさんは姿を消していた。もしかしたら、僕が【
「普段なら絶対に見せないのですが、お付き合いのある【
にこやかにそう
流石に、このまま業務を続けさせるのは厳しいので、他の使用人を呼んで交代させる。
「……一つ、いいか?」
ジーガと同じく、いっぱいっぱいそうなジューさんとティコティコさんではなく、既にいつもの仏頂面に戻ったィエイト君が訊ねてくる。僕はソファに戻りつつ、それに頷いてみせた。
「いまの幻術に対抗する手段として、生命力の理は有効か?」
「有効ですよ。ただ、生命力の理は生命力を消費する関係上、ずっと使い続けられるわけではありません」
ポーラ様のような特異体質でもなければ、すぐにガス欠を起こしてしまう。生命力の枯渇は、魔力の枯渇のような意識の混濁ではなく、ダイレクトに命に関わってくる。
まぁ、戦闘中に意識が途絶えたら、それはそれで命の危機だが、それ以上に生命力の理の限界というのは切実だ。行使し続けるのは、短距離走のペースで終わりのないマラソンをするようなものである。継続時間が長くなればなる程、消耗の度合いは増し、連続で行使すればする程に限界が近付いていく。
そして、無理に無理を重ねれば、そのままぽっくり逝ってしまうわけだ。
「故にこそ、幻術師が幻術を使うタイミングに合わせて、適切に生命力の理行使できなければ、
「使われたあとに、生命力の理を行使するのは?」
「できなくはありませんが……」
僕は言葉を濁しつつ、返答を考える。【
そして、ある程度対抗策があると知られるのは、必ずしも悪手ではない。元々【
下手に、対抗策のない、不可避の死をもたらす幻術だと思われると、恐れから敵が増える可能性がある。これからも人間社会に残るつもりなら、適度な脅威と認識してもらえるのが最適だろう。
「どうした?」
僕がいつまでも口を噤んでいたら、ィエイト君が首を傾げて訊ねてくる。しかし、その疑問に答える前に、彼の頭がポカリと叩かれた。
「バカ。それ以上は、ショーン君たちにとっても秘中の秘、なんでしょ。わざわざ、自分たちの奥の手の破り方まで、身内以外に教えられるかよ!」
すっかり【
「む。たしかに……」
「だからオメーはノンデリなんだっての。ちっとは、こっちのスパダリを見習え」
「パーリィ語はわからん」
「パーリィ語じゃねえよ!」
「スティヴァーレ語もわからん」
「スティヴァーレ語でもねえ!」
結局、いつものようにじゃれ合い始めた二人を無視して、ティコティコさんに向き直る。元は、この人からの頼みだったしね。
「まぁ、必ずしも影響下におかれてから、生命力の理で抵抗できない、というわけではありませんよ? ただ、あなた方はさっき、咄嗟に生命力の理を使えましたか?」
「いや……」
「肉体の感覚がバラバラでは、まともに生命力の理は使えません。どこに己の四肢があるかもわからない状態で、そこに宿る生命力を適切に運用するのは、至難の業ですからね」
勿論、これは【
というか、あまり開示し過ぎれば、今度は逆の意味で適度な脅威足り得ない。
「とはいえ、【
なのでこの辺りで、解説はお開きとしておきたい。
「じゃあ、別の幻術は容易に
やはりというべきか、調子を取り戻しつつあるジューさんが、さらに問うてくる。だが、僕はそれに首を傾げて応える。
ふーむ……。一切合切を説明するつもりはないが、煙に巻く意味で、もう少し情報を開示しよう。嘘を吐かずに、体よく別方向に勘違いしてもらうか。
「まぁ、できる事はできますよ」
「奥歯にものが挟まったような物言いだな……」
「いえ、別に韜晦しているわけではないんです。ただ……――まぁ、いいか。正直に言うと、ただ漫然と、心を守るだけではどうにもなりません」
「ふむ?」
「例えば、先程僕が我が家の執事に使った【平静】ですが、あれは基本的に強い感情をフラットな状態に戻し、その後一定時間その状態を維持する幻術です。多くの幻術に対して、強い抵抗力を得ますが、その代わり冒険中に用いると、効果中は危機感や警戒心というものが希薄になり、迂闊な行動を起こしがちになるというデメリットが生じます」
「ああ……、知っている……。俺も、君たち姉弟の噂を聞いて、幻術に対する通り一辺の事は調べたからな。【平静】も、死神召喚に対して有効な防御手段なのではないかと、検討はしていた……」
「一応有効ではあります。ただ、僕なら絶対、相手が【平静】を使ったら、勇み足や猪突を誘って、罠に嵌めます。他のやり方――少なくとも周知の生命力の理には、対抗手段が講じられていると考えるべきでしょうね。ちなみに、僕は用意しています」
これは本当の話だ。生命力の理で心を守る手段として、一般的なのは強心術の【
他にもいくつかあるが、生命力の理は独自のものも多いので、都度都度こちら側で微調整が必要になる。そこら辺は臨機応変に対処しなくてはならない。
問答無用に、幻術の一切合切を無効化できるのなんて、それこそ【神聖術】くらいのものだ。以前使われた【正道標】なんかだ。
この対策としては、あとから解除できないよう、当人の意識そのものに影響を及ぼしておくくらいのものだ。以前の、エスポジートさんとの交渉は、これを逆手に取ったものだった。
【神聖術】の情報は少なく、またダンジョンコアは使えない為、もしかしたらまだまだ奥の手があるかも知れない。本当に厄介な相手だ……。
「なるほど……。いや、ありがとう。大変参考になった。自らの不利にもなりかねない情報を、ここまで教えてもらえた事、感謝してもし足りない程だ」
そう言ってジューさんは、一度立ちあがってから深々と頭を下げた。なんとも律儀な事だ。
「いえいえ。ジューさんも【
「そうはいかん。なにか、俺にできる礼はないだろうか? 金銭であれば、ある程度払えはするが……」
そう言ってから、ジューさんは室内を見回してからため息を吐きつつ首を振る。きっと、これだけの屋敷が用意できるのだから、僕らが金銭には困っていないと思っているのだろう。
いや、お金はあればある程いいよ? なにせ、あればあるだけ使っちゃうからね。我が家は馬の耳に入ってきた念仏並みに、入ってきたお金はすぐに出ていってしまう。イージーカム・イージーゴーを地でいく家なのだ。
ジーガがいなければ、会計だけで四、五人は使用人を雇わなければならなかっただろう。僕らが自分で? いや、金勘定だけで一日潰れるとか勘弁だし……。せっかく資材を手に入れたなら、すぐにそれの物性を調べたり、実験したいじゃん?
だから、帝国からの支払いが分割なのは、僕らにとってもありがたい。当然、我が家の使用人たちにとっても嬉しいニュースだろう。
まぁ、使う分はきちんと稼いでいるので、赤字になるという事はない。というか、いかに僕らに甘いジーガでも、流石に足が出るようなお金の使い方を、許してくれない。
「では、ジューさんが赴くという、西の情報をこちらにも教えてください。情報のお礼は、情報という事で」
「それは……、勿論構わんのだが、それだけでいいのか?」
「勿論ですよ!」
海を隔てた国外の情報など、本来なかなか手に入らない代物だ。それこそ、お金を積んでも手に入らないものである。
パーリィならまだカベラ商業ギルドの商圏にもかするが、ウサギ半島ともなると完全にその外だ。もしかしたら、その情報をジスカルさんに転売するだけで、莫大な富になるかも知れない。
まぁ、その際の利益は【
「了解した。だが、目ぼしい情報がなかった場合には、別の手段で礼をすると誓おう」
いやはや、なんとも律儀な事だ。ぶっちゃけ、対外的な情報しか流していないこっちとしては、ちょっと心苦しくなってしまう程だ。
いや、いくら情報を流す約束といえど、向こうも重要なものはある程度独占するだろう。ジューさんのこの言葉は、その際の保険、というか詫びのようなもののはずだ。
……隠すよね? 流石に、なにもかも明け透けに晒したりはしないよね? 普段付き合いのある面々を思い浮かべると、ちょっと不安だ……。
無防備に胸襟を開かれすぎると、こっちとしても、なんというか……、ちょっと困る……。
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