第58話 成功と称賛
「【
あれから一時間半、ダゴベルダ氏から指導を受けて、ようやく僕は石雨の属性術の行使に成功した。ダゴベルダ氏が言っていたように、さわり程度に理の意味を理解した方が、回り道だけど早かったようだ。急がば回れというヤツだ。
「よろしい」
ダゴベルダ氏が鷹揚に頷いてみせ、前線を張っていたシッケスさんとィエイト君も好意的に笑っている。僕が広範囲を攻撃する【魔術】を使えるようになれば、一人一人にかかる負担はかなり軽減できるからだろう。
「これでようやく、僕も戦闘でお役に立てそうです」
「幻術による妨害も、立派な戦闘であろう。君のおかげで敵の出足は鈍り、攻勢に専念できなかった。それはダークエルフの娘っ子と、同等の働きである。あまり、自己の成果を過小評価するでない。それは、娘っ子の働きをも卑下する事ぞ」
「なるほど」
そう言われてしまうと、あまり拘泥もできない。そうはいっても、前衛として敵を食い止めているシッケスさんと僕とでは、全然貢献度も違うと思うのだが、ここでそれを口にして水掛け論をするつもりはない。
「それにの、僅か三時間半で術式を一つ覚えたというのは、十分に見事と称えて差し支えない成果である。こう言ってはなんだが、吾輩もできて明日か明後日であろうと思っておった」
「指導してくれた二人の教師の腕が良かったのでしょう。それと、グラが無理をして、僕の刻む理を感じ取りつつアドバイスしてくれたおかげですね。あれがなかったら、たしかに二日くらいはかかったはずです」
「うむ。グラ君もまた流石よな。彼女は、【魔術】全般の研究をしておるようだし、自らの専門には妥協を許せぬところは、実に好感がもてる。あまり一般受けはしないであろうが、な」
最後に苦笑してそう言うダゴベルダ氏に、僕も曖昧に笑って返す。彼女の対人能力の低さは、単純に人と接した事がないが故だし、そもそも人外であるという点が大きい。それを研究者故のコミュ障だと思ってくれているのは、実にありがたい勘違いだ。
「しかし、それを踏まえてなお、君の尋常ならざる努力なくば、これ程までの短時間での修得などあり得なかったであろう。これまで君が、幻術という魔力の理を修得する為に、努力を怠らず、不断の研鑽を積み重ねていたからこそだ。いまは、その事をまず誇りたまえ」
「そ、そうですね……」
ここまで手放しに褒められてしまうと、流石に照れる……。思えば、グラ以外の人に褒められる経験というのは、これまであまりなかった。たいていは恐れらるか感心されるかで、距離をおかれていたからなぁ。こうして、きちんと目上の立場の人に褒められるというのは、面映ゆくもあり、当然嬉しくもあり、誇らしいものだ。
なるほど、たしかに言われてみれば、結構な事だ。こんな短時間で、あの複雑な術式を、ある程度理解し、きちんと再現できる程度に理を刻んでみせたのだ。他者がしたのなら、僕だって瞠目しただろう。
どうも、ここ最近の役立たず振りを自覚していたせいか、自己肯定感が低くなっていたようだ。
「しかし、グラ君もだが、ショーン君の魔力変換効率も、なかなか無尽蔵だな。きみはさらに、前線での雑魚敵の駆除も担っていたであろうに……」
「討ち漏らしを潰してただけなので、生命力は消費していませんよ。幻術での混乱も、かなり単純な術式を敵中に放つだけでしたから。少なくとも、石雨程複雑ではないので、魔力消費はそこまで高くありません」
「とはいえ、逃避行からずっと動き通しの魔術を使い通しであろう? 限界が来る前に申し出るのだぞ? 幸い、いまはエルフの小僧もおるでな」
そうか。ィエイト君は魔術剣士だから、後衛の働きもしようと思えばできるのか。ますます有能だな。どうしてシッケスさんやフェイヴやセイブンさんに、脳筋扱いされているのかが、ちょっと行動を共にしただけの僕にはわからない。
グラにああ言った手前、僕が人外認定されるような行いは、彼女がいま必要もないのに休息している行いを、無意味にしてしまう。ここで無理をするのは、たしかに悪手だ。
「では少し、立ったまま休ませていただきます。休息の時間まで、必要がなければ何もしません。緊急時には動きます」
「うむ。それで良い。いまのうちに、口にできるものは口にしておいた方が良いぞ。生命力の回復が早まり、魔力の生成効率もあがる」
「わかりました」
言って、僕は美味しくもない、甘ったるく脂っこいカロリーバーのような携行食料を摂取する。
グラと違って、僕はたしかに生命力の回復は必要なのだ。全体の消費は、だいたい四割強といったところで、既に全身に疼痛が発生し始めている。僕が普通の人間なら、確実に意識を失っているところで、死んでいてもおかしくない生命力の消費だ。
とはいえ、この程度の消費はもう結構慣れている。五割を下回らなければ、集中力に支障は生じまい。このまま黙っていれば、依代の生物としての機能が、生命力を回復させてくれるはずだ。
その間、少々手持無沙汰ではあるな……。
「あ、そうだ。こんな状況ですし、ダゴベルダ氏とグラが懸念していた事って、もうここで聞いてしまっていいですか?」
「ふむ……。なるほどたしかに、事ここに至れば、ダンジョンの主に隠す意味もほぼないか。それよりも、最悪の場合に陥ろうとも、我らの内の誰かが情報を持ち帰る可能性を残しておきたい」
そう言ってから、ダゴベルダ氏は前線を睨み付けながら神妙な声音で語りだした。このダンジョンに潜ったそもそもの理由、【貪食仮説】の彼なりの考察を。
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