第57話 難航する修得と理解

「【石雨ラピスプルウィア】。あ、また失敗した……」


 なかなか上手くはいかない。まぁ、修得を目指してまだ二時間。上手くいかなくて当然だ。

 僕が失敗しても、同じタイミングで理を刻んでいたグラが、石の雨を放つ。モンスターがバタバタと倒れ、ボロボロと天井や壁から落ちてくる。負傷したもの邪魔になり、死んだものは霧消する。

 炎や水のように視界を遮らず、強い風のように目を開けているのが困難にもならないこの術式は、その効果が一見してわかるうえ、戦闘の支障にもならず、なかなか有用だ。

 贅沢をいうなら、死んだモンスターは少しの間残っていてくれるとありがたい。それだけで、敵の進攻はさらに妨げられただろう。


「大丈夫ですよ、ショーン。いまのはほんの少し、この『目標』と『設定』の理が歪んでしまい、『収束』の理を無意味なものにしてしまったのと、『風』の理と『水』の理が曖昧だった為に、大本である『土』の理に干渉してしまったせいです。魔力を流す手順は正しかったので、きちんと魔術式を構築できていれば、きちんと属性術が使えたはずです」

「うん、ありがとう……」


 グラの慰めに、苦笑いを浮かべつつ礼を言う。つまりは、理を刻むという初手の段階で、僕はかなりダメダメだという事だ。

 きちんと理解もせずに、理を刻もうとしているのだから、ある意味当然ではある。これが十分に理解しての事であれば、ある程度歪んでいても大丈夫なラインというのがわかるのだ。だが、そうでない場合、どこをどう崩していいのかがわからず、書写というよりも模写に近くなる。

 やはり、前提の知識が足りていないのだ。幻術に用いる理とは、全然違うのだからそれも仕方がない。

 もっとこう、ただのイメージとかで使えないものかと思うのだが、そういうのは【神聖術】の領分だ。とりあえずのところ、いまは理のなんたるかを理解するよりも、グラの刻む理を完璧に丸写しできるよう心掛けよう。


「ここが『目標』と『設定』、つまり照準の式なんだよね?」

「そうですが、その辺りを一から教えている時間的余裕はありませんよ? 全体をそのまま覚えてしまった方が、この場合は早いように思いますよ」

「そうなんだけどさぁ……」


 やはり、泥縄が過ぎたかも知れない。ある程度幻術を自在に使いこなせるようになったからと、少々自惚れていたのかも知れない。まさしく半可通。属性術の理を理解もせず、完全にただの記号と化した幾何学模様の模写になってしまっている。この調子じゃ、あと何時間かかる事やら……。

 そう思ってため息を吐いた途端、背後から声がかけられた。


「ふむ……。グラ君、恐らくだがの、ショーン君には生半可であろうとも、きちんとその理が持つ意味や効果を教えておいた方が、再現は早まると思うぞ?」


 声に振り向いた先には、ダゴベルダ氏が立っていた。相変わらず小柄で、フードの奥は見えないが、心なしか休憩前よりは溌溂としているように思えた。よく考えたら、二時間は夜番の際に交代していた間隔だ。どうやらこの状況でも、その時間間隔らしい。起きている側と休息を取る側が、反対にはなっているが。

 前衛組は、どうやらィエイト君とフェイヴが交代するらしい。一番動いているシッケスさんが代わるのかと思っていたが、専門外である戦闘を担っていたフェイヴの方が消耗しているのかも知れない。


「ふむ……。では、そうしてみましょうか」


 グラが少し考えつつそう述べると、ダゴベルダ氏が左右に首を振る。


「君は休みなさい。いくらなんでも、魔力の消耗が過ぎるはずだ。これ以上は命に関わる恐れもある。ショーン君に術式を教示する役目は、吾輩が引き継ごう」

「…………。……そう、ですね。流石に私も、これ以上は無理でしょう」


 ダゴベルダ氏の忠告に、グラは素直に頷いて引き下がった。先程僕がした、人間のフリをした方がいいという話を、思い出してくれたのかも知れない。

 あるいは、ダゴベルダ氏の実力を認め、僕の教育を任せられると思ったが故かも知れない。


「教えていたのは石雨でいいのかね?」

「はい。やはり属性に対する理解が足りていないせいか、そのあたりの式が歪みがちです。逆に、それ以外の式に関してはもう少しといったところでしょう。その程度であれば、ショーンはすぐに克服します」

「相わかった。君が休息を終えるまでには、きっと使えるようになっているであろうとも。安心して休みなさい」


 教師同士で僕の苦手分野を確認し合い、まるで握手でもするようにしっかと頷き合った二人。どうやら本当に、グラもダゴベルダ氏の事を認めているようだ。

 そうしてグラは、別れる前に僕の方へとくると、いつものクールな表情に、ほんの少し心配そうな色を浮かべる。


「ショーン、あなたは頑張り屋ですから、きっと石雨を修得するでしょう。だからこそ、私はあえて頑張りすぎないようにと、言っておきます。元々急場しのぎに過ぎる案です。できなくて当然、程度に思っておいてください。どうしようもなくなったら、私の事を呼ぶのですよ?」

「うん、わかったよグラ」


 僕が強い意思を込めて頷くと、どうやら安請け合いである事がわかったらしい。グラはため息を吐いてから、仕方ないといわんばかりに首を振ってから、僕の手を取って「頑張ってください」と言い添えてから下がっていった。

 うん、頑張るよグラ。

 こここそが頑張りどころってヤツだからね。ここを乗り越える為なら、多少の無理も許容範囲内だ。脳から煙がでようとも、必ず石雨を覚えてやる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る