第56話 持久戦

 ダゴベルダ氏とィエイト君は、携行食料を流し込むようにして口にすると、そのまま洞窟の床に蹲って休息に入る。たぶん、高カロリーで吸収しやすい材料で作られた、特別な携行食料を摂取したのだろう。

 ギルドからもらった冒険者の心得に、そういう携行食を最低一つは持っていく事と書かれていた。こういう、長時間激しい戦闘を強いられる状況も考慮しての心得だったのろう。僕も一応、砂糖と大豆のような豆を、油脂で固めて作ったカロリーバーのような携行食を用意している。ちなみに、美味しくはないが、値段的にはそこそこ高い。

 休んでいる者以外は、なおも戦闘を継続中だ。戦闘正面が減った事で戦いやすくはなったものの、状況はまさに衆寡敵せず。雲霞の如く押し寄せるモンスターの群れを、真正面から倒していかなければならない。黒山となっているモンスターが、通路は勿論、ヒカリゴケを遮るチカチカとした点滅で、それらが壁や天井にも群れているのがわかる。


「くっそ。こんなとき、一番頼りになるセイブンはどこでなにしてんすかねッ!!」


 不満をぶつけるように、ケイヴリザードの頭にピッケルを突き刺すフェイヴ。その横では、銀雷の如く走り回るシッケスさんが、縦横無尽に敵を倒していく。僕らはその後ろで、魔術による支援を行う。


「愚痴とかきいてるヒマあんなら、一匹でも多く狩れって。こっちだって、体力は無限じゃねーんだぞ」


 などと、これだけ暴れてもなお、息切れ一つせず笑っているシッケスさんは、文字通りの化け物だ。僕なんて、本物の化け物になったというのに、杖でポコポコ敵を叩いては、幻術で相手を混乱させているだけだ。化け物と評すには、あまりにもパッとしない働きではないか。

 自分の地味さ加減に少しだけ苦笑しつつ、二人に聞こえないよう、僕はグラに耳打ちする。


「グラ、少しは疲れたフリをした方がいいよ。あまりに人間離れしていると、この局面を乗り切れても面倒が起こるかも知れない」

「なるほど、たしかに。ですが、この状況では手加減などしている余裕はありませんよ?」


 その言葉はもっともだ。このモンスターの群れは、バスガルが僕らに対して放っている攻撃に他ならない。ならば当然、こちらとて手を抜く余裕などない。

 この状況でグラの魔術支援がなくなっては、いくらシッケスさんやィエイト君が人間離れしているとはいっても、いずれジリ貧に陥るだろう。

 DPに余裕がある状態で、それを選択するのは愚かだ。だがしかし、ここを乗り越えられてもグラが人外だという疑念が生じるのは面白くない。


「ではショーン、あなたが攻撃用の属性術を覚えなさい。いまここで」

「え?」

「属性術の基礎から理解するのではなく、一つ二つ、敵を倒す為のものを覚えるだけです。術式は私が教授します。正しく理を刻み、正しい手順で魔力を流せるかだけです。大丈夫。あなたならできます」

「な、なるほど……。たしかにそれがいい、かな……」


 そう言いつつも、自分の頬がヒクつくのを、僕は自覚していた。

 これはまた、なんとも泥縄な。たしかに正しい理を刻み、正しい手順で魔力を流せば、その術式の意味を理解せずとも【魔術】を行使する事は可能だ。

 たしかに一つ二つの術式を覚える場合には、その方法が一番簡単だ。だが、多くの術式を覚えるなら、その理の意味を一つ一つ理解しておいた方が修得は早く、確実だ。

 だがそれは、いってしまえばどうして動いているのかわかっていない電化製品を、リモコンや指で操作しているだけだ。その程度の理解度では、電化製品を一から作りあげるどころか、支障があってもどこが悪いかすらわからないだろう。

 たしか以前、そんな方法でフェイヴがいくつか、属性術を修めていると聞いた。素人でも、正しい手順を真似れば【魔術】を使うのは不可能ではない。だが、それは魔術師としては邪道だ。魔術師は魔導のなんたるかを理解した者をそう呼ぶのだから。

 それに、たしかに比較的簡単に【魔術】を使えるようになるとはいっても、あくまでも比較的にであって、ずぶの素人がやれば修得に一、二ヶ月かかってもおかしくはない。素人でなくても、きちんと覚えるならそれなりに時間がかかるだろう。


「でもまぁ、ダゴベルダ氏やグラに負担をかけ、近接戦ではまったく役立たずの現状に思うところがなかったわけじゃない。少しは火力面でも貢献したかったところだったんだ」


 属性術も幻術も、魔力に理を刻み、そこから超常の現象を起こすというプロセス自体は変わらない。ただ、その刻む理が、電子工学エレクトロニクス心理学サイコロジーくらい、まったく別の分野の知識を要するというだけだ。

 グラの書いた論文を、書写してその内容を読み取るくらいは、できる……と信じたい。


「まずは、私の刻む術式を発光させますので、ショーンはそれを覚えてください。覚えられたら、次は魔力を流す手順を教えます」

「わかった……」

「失敗しても大丈夫です。最初のうちは、私がサポートできますから」


 それなら、僕の失敗でパーティが全滅する、といった最悪の事態は避けられそうだな。少し安心だ。まぁそれでも、ぶっつけ本番で、しかもここまでの逃避行で疲れている状況で、本当にうまく属性術を覚えられるのかは一か八かになる。

 グラ自身には余裕は残っているだろうから、いつまででも僕に教えてくれるだろう。だが、グラの行使する【魔術】の数が既に常人の域を逸脱している以上、いつ彼女が人外だと露見するかも知れない状況なのだ。

 そうだ。グラの為にも、早めに属性術を覚えなければならない。


「ではいきますよ? 私たちの性質は土に属しているので、まず最初に覚えるのは土の属性にしておきましょう」


 グラがわかりやすよう、魔力を光らせて術式を刻む。この前、ダゴベルダ氏に【理】について学んだときに見せてくれたものだ。原型に近い、生物的な文様ではないものの、それでも複雑な幾何学模様に、一瞬たじろぐ。本当にこんなものを、土壇場に覚えきれるのだろうか……。

 えーっと、この意味が『土』で、この辺りの意味が『収束』と『構築』をつかさどる式だな。あ、こっちは幻術の術式でもおなじみの『放出』だ。これで相手に向かって飛ばすわけだ。っていうか、なんで『土』の属性術なのに、他にも『風』や『水』の属性が術式に入っているんだ?


「ショーン。今日は、意味を理解するのは後回しにしましょう。いまはただ、同じように術式を刻む事を心がけてください」

「あ、そっか。そうだね」


 つい、いつものように術式の意味を考えて覚えようとしてしまった。【魔術】の勉強としてはそちらが正しくとも、いまはそんな余裕はないのだ。


「それではいきますよ? 【石雨ラピスプルウィア】」


 グラはそう宣言してから、モンスターの群れに属性術を放つ。銃弾並の速さで、モンスターの群れに無数の石が浴びせかけられ、バタバタと倒れては魔石に変わっていく。変わらないものはまだ生きているのだろうが、そういったモンスターは他のモンスターに踏み潰されていく。

 死んでいないモンスターのなかにも、負傷したものは目に見えて動きが鈍り、他のモンスターの攻勢の邪魔になってくれている。マシンガンというよりも、手榴弾のような効果だな。

 なんとも、僕好みの術式のようだ。是非とも覚えよう。



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