第55話 人心地

 雲霞の如くとはまさしくこの事か。

 そう思える程にモンスターの波は途絶える事なく、洞窟の前後から襲いくる。ウン十億ドルかけたハリウッド映画のような、あまりにも絶望的な光景だが、この現実にはヒーローまでおまけに付いてくれているのがありがたい。


「真面目な話、手が足りなくてありえんてぃ! フェイヴ穴埋めヨロ!」

「人使い荒いよ、シッケスちゃん!!」

「うっせ。これワンチャン死ぬまであるから! 気張れし!」


 シッケスさんが敵を擾乱し、フェイヴも多くの敵を受け持ちつつ、危なげなく戦闘能力を削いでいく。フェイヴは戦闘に参加する以外にも、進路の策定や罠の有無の確認、不意打ちへの警戒や仲間の状態を把握したりと、このパーティで一番忙しそうに動いている。


「あと数十秒でグラ君の属性術が放たれる。射線を塞ぐでないぞ!? 巻き込まれて死ぬからの!」

「詠唱しますので、避けてください」


 二人が混乱させた敵に、広範囲を巻き込める【魔術】を放ち、一気に敵の勢いを削ぐダゴベルダ氏とグラ。

 グラが放った風の属性術は、その群れをなぎ倒すようにして多くのモンスターを巻き込み、洞窟の壁や床、天井に叩き付けた。その威力で圧死したものもいるだろうが、多くは負傷しただけだ。しかし、すぐには動けない状況で、続々と押し寄せる後方集団に踏み躙られ、結局は魔石となって消えていく。

 こちらも、生じた隙間を埋めるように、じりじりと前進をする。ここ数時間は、これの繰り返しだ。

 そして忘れてはいけない、たった一人で十全に殿を担うィエイト君。


「カラト一刀流――一念三千いちねんさんぜん


 たった一人でありながら、僕らに追いすがってくるモンスターを倒し、戦闘能力を奪い、ときに敵の進路を邪魔する障害として利用しと、実に鮮やかな戦闘をこなしている。

 目まぐるしく移り変わる戦場の光景の中にあって、彼らの洗練された動きはまさしく映画のヒーローのようであった。派手なのは【魔術】を放っている二人であり、フェイヴもまたその働きの有意義さは、こうして一緒に動いていると実感できる。

 だが、やはりそれ以上に僕の目を引くのはシッケスさんとィエイト君の二人だろう。

 彼らの動きは、もはや僕の知る人間のものではない。世界クラスのスポーツ選手すらも霞んでしまう程に、素人目にも二人の動きが卓越しているのがわかる。フォーンさんとフェイヴの動きも凄かったが、この二人はその比じゃない。

 二人はあくまでも斥候であり、この二人は一級冒険者パーティの前衛を任せられる、本物の戦闘職という事なのだろう。グラやダゴベルダ氏、フェイヴの働きもすさまじいものだが、この二人の戦闘能力がなければ、僕らは早々に全滅していただろう。

 僕? ただ適当に敵を混乱させるだけの、デバフ幻術師ですがなにか? 役立たずとまではいわないが、明らかに貢献度が他者より低い。いうなれば、狼の群れの中に紛れ込んでしまった、ブルドックか秋田犬だろう。犬としては弱くないのだが、狼の群れでは完全に小兵であり、力不足なのだ。

 あ、以前も使ったマジックアイテムで、照明役もできてるかな。……言い訳にも慰めにもならない……。


 ●○●


「あった! 行き止まりっす!!」


 洞窟内の三叉路にさしかかったところで、フェイヴが歓喜の声を発する。その喜びは、ここにいる面々も心を一にするところだっただろう。シッケスさんや僕は勿論、ィエイト君やグラですら、心持ち安堵を顔にだしている。ダゴベルダ氏の表情は窺えないが、きっと彼も安心している事だろう。

 Y字の道の一つの道の奥、暗がりにヒカリゴケの行き止まりがぼんやりと見えている道がある。そこなら、もう後ろを気にして戦う必要はないだろう。


「ぃよしテンあげぇ!! これで一方だけに集中できんね!」


 その行き止まりに、まずはシッケスさんが喜び勇んで飛び込んだ。我先にと安全圏に避難したわけではなく、彼女は大まかに敵がいないかだけを確認すると、すぐにフェイヴと交代し、敵との戦闘を再開した。

 切り込み隊長として、安全圏にフェイヴが苦戦するような強敵がいないか、確認しただけのようだ。

 フェイヴはシッケスさんよりも入念に周囲を観察していたが、流石に三叉路の中心で長時間防衛戦を続けられないと思ったのか、三〇秒程度でわかりやすい脅威はないと判断したのだろう。後衛組に袋小路に入るよう、声をかけた。


「たぶん大丈夫だと思うっすけど、安全確認が万全ではないって事を覚えておいて欲しいっす。できれば、前線から離れない位置にいてくださいっす!!」


 言うなり、フェイヴもまた戦闘に参加する。僕らは彼らに守られるようにして、袋小路へと逃げ込んだのだった。ただし、フェイヴの言う通り、決して奥に行かず、迂闊な行動をせぬよう、いまも戦っている三人のすぐ後ろに待機していた。

 だがやはり、前後から攻撃をかけられていたさっきまでと比べると、格段に心に余裕が持てるというものだ。

 ダゴベルダ氏が人心地ついたと言わんばかりに、頭を振りつつ疲れた声を発した。


「ふぅ……。流石に魔力を使いすぎたな……」


 魔力の消費が、精神的な疲労となって彼を苛んでいるのかも知れない。それが普通だろう。ケロッとしているグラの方が、この場合はおかしい。まぁ、それを言ったら僕もだが、二人に比べれば【魔術】を使っている頻度が低いので、不自然ではないだろう。

 僕とグラは、人間と違って内包している生命エネルギーを限界まで使える。生命力を、半分も魔力に変換してしまえば死んでしまうダゴベルダ氏とは、前提条件が違うのだ。


「どうやら、局面を集中できた事で、前衛後衛は二人ずつで維持できそうっす。一人ずつ休んで欲しいっす!」

「ではまず、ダゴベルダ氏からお休みください」


 フェイヴの決定に、すぐさま僕は後衛組から休むメンバーを決める。誰がどう見てもというレベルではないが、彼が一番疲れているだろう。前衛組からは、ィエイト君が最初に休憩するらしい。

 彼の場合は、魔力だけでなく体力や、もっと直接的に生命力を削っているので、真っ先に休憩するのは当然だろう。

 奇しくも、休憩時の夜番の組み合わせとなった事で、自然と休む組み合わせが決まった。


 なんにしろ、一安心だ……。



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