第59話 最悪の剣
〈13〉
「結論から述べるなら、やはり吾輩は、ダンジョンが外部に直接影響力を及ぼし、地上の生命を食らったという、元来の意味での【貪食仮説】は不可能であろうと思う。しかしながら、それでもダンジョンが地上にいる生命を食らう事は、可能だと考えた」
ダンジョン側に立っている僕も、ダンジョンが地上部に直接影響を与えるというのは、不可能だと思っている。ダンジョンが裏返りでもしない限り、ダンジョンがダンジョン外の生命食らうというのは、ダンジョンという生物の構造的に無理なのだ。なぜならダンジョンは、明確に地中生命なのだから。
だが、それでなお地上にいる生命を奪う方法があるという。それは、ダンジョンにとっては、コペルニクス的転回ではなかろうか。
僕は興味津々で話の続きを待った。ダゴベルダ氏は続ける。
「まず吾輩とグラ君が着目した点は、ダンジョンの規模である」
「規模ですか?」
「左様。このダンジョンは、下水道にその口を開き、その開口部付近では下水道に沿って広がっておる。下水道もダンジョンと考えれば、その横の広がりは、なぜか町の外には広がっておらなんだ」
「? なるほど……?」
下水道は僕らのダンジョンなので、町の外にまで広がっていないのは、ある意味当然だ。だが、それはあくまでも僕らの事情に因るもので、バスガルには関係ない。
「グラ君の描いた地図は、縮尺が違う為にハッキリした事は言えぬが、このダンジョンはどういうわけか、アルタンの町の規模を越えない。下水道の端――すなわち、町と平原の境に到達すると、なぜかその拡大をやめる」
「たしかに……」
初日の探索で、一定以上先の道は横道ばかりだった。思い出してみればたしかに、僕らが初日に探索した範囲は、以前ヘドロスライムを見付けた下水道の出口の辺りまでしかなかったように思える。だとすると、バスガルはアルタンの町以上にダンジョンを広げようとはしていない、という事になる。
だが、その事実がどういう意味を持つ?
「我らは、吾輩とグラ君の意見で、即座に逆方向のダンジョンの規模の調査に入った。その意味は、下水道に沿って同規模にダンジョンが広がっているのか、否かを確かめたかったからだ」
「同規模……では、なかったですね」
「左様。明らかに、逆方向のダンジョンの方が大きかった。それはすなわち、このダンジョンの主は、町の規模以上のダンジョンを作ろうとしていないという結論に至る。では、それはなぜか?」
「…………。……地上の生命を食らう為……?」
「ではないか、と吾輩は考えた。恐らくは、グラ君も同様の懸念を抱いたのだろう。そして、その方法についても、ここに至ればなんとはなしに察しはつく」
「本当ですか!?」
僕はいまだに、どうやれば地上の生命を食らうダンジョンを作れるのか、さっぱり見当がつかない。僕が凡夫である故か、あるいはこれがダンジョンを専門に研究する、学者故の発想なのか。
「おそらくは、グラ君も吾輩と同じ推論を立てていたのであろう。それ故に、ダンジョン内では口を噤んだのだ。もしもダンジョンの主の目的が違っていた場合、我々は敵に、望外の武器を与えてしまう事になったであろう。それは、人類を滅ぼし得る、危うい剣だ。とても軽々に口外はできん」
「なるほど」
「然れど、吾輩とグラ君が口を噤んだまま死しては、ダンジョンにその剣を預けたまま、人類は危機を察知する端緒も掴めず、滅んでしまう危険が残る。故に、ここにいる全員に吾輩の推論を伝えておこう。この危機を脱したならば、必ずや地上に吾輩のこの言葉を伝えてくれ」
そんな、明らかな死亡フラグを立てつつ、ダゴベルダ氏は持論を展開した。シッケスさんやィエイト君の事を考えてか、あるいは僕も理解しやすいようにか、ダゴベルダ氏はわかりやすく、結論から述べてくれた。
「ダンジョンが地上の生命を食らう手段。それは恐らく……――崩落であろう」
言われて数瞬、考え込む。それは可能か? 不可能か?
ダンジョンを崩落させる事そのものは簡単だ。だが、それはダンジョンの開口部を塞ぐ行いだ。ダンジョンは地上に開口部を開いていないと、窒息のような状態に陥って、最悪死亡する。それが、ある意味においてはこの世界におけるアリアドネの糸だ。
だが、ダンジョンの規模にもよるが、数時間、数日程度ならば、問題がなかったはずだ。このタイムリミットは、ダンジョンの規模が大きくなるにつれて広くなる。バスガル程の広さなら、間違いなく数日は問題ない。
逆に僕らのダンジョンだと、開口部が塞がれた際には、数時間ともたないだろう。
ならば、ダンジョンを崩落させるという結論は、正しいのか?
いや、ダンジョンを崩落させるという事自体が、ダンジョンを放棄するという事を意味――しない。天井を崩し、そこを開口部としてしまえば、地上に進出したという事にはならないだろう。
可能なのか? 本当にこんな、簡単な方法でダンジョンは人類の集落を、一呑みにできるのか?
ダゴベルダ氏の持論を否定する材料を模索するも、それはなかなか思い付かない。ダンジョン側の立場に立ち、ダゴベルダ氏の持ち得ぬ情報を総合してなお、その推論を否定する材料は乏しかった。それはつまり、これがそれなりに蓋然性のある話であるという事に他ならない。
しいていうなら、ダンジョンを崩し崩落させた大きな空間に存在していた霊体が放棄され、その分のDPが消費される点だろう。その量は、アルタンの町程の規模であれば、おそらく十MDPを超えるだろう。これでは、小規模ダンジョンはこの方法を試みる事は不可能だ。
それはただの、人類を道連れにした自殺でしかない。
だが、バスガルは違う。
しかも、すぐに瓦礫にDPを馴染ませ、ダンジョンの一部にしてからその開口部を塞げば、このダンジョンとて捨てずに済む。そして、ダンジョンに落ちて死亡する人間たちのDPは、そのままバスガルのものとなるだろう。
その数は、ダンジョン攻略で命を落とす冒険者の数を優に超える。仮に、アルタンの町の住人が全員、バスガルの胃袋に収まると仮定すると、数万人分のDPがどれ程のものになるのか、もはや想像もつかない。
まさしく、ニスティス大迷宮の再来だ。
可能か……? 不可能か……?
僕は考える。考える。考え込んで考える。しかし、どれだけ懊悩しようとも、結論が代わる事はなかった。
「可能だ……」
ボソりと呟いた言葉が、戦闘の喧騒の轟く洞窟内で、驚く程明瞭に響いた。
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