第60話 理想的な中ボスの使い方
肯ずる僕に、ダゴベルダ氏は神妙に頷く。彼はわかっているのだろうか。僕らとバスガルの戦いの帰結がどうなろうとも、この最悪の剣はダンジョン側に渡ってしまったという事を。
まぁ、グラも同じ推測を立てていたと思えば、いまさらではあるが……。
「ダンジョンを崩落させる……。たしかにそれなら、一層ダンジョンの際に起こった村々の消失や、この町に現れたバスガルと目されるダンジョンが、拡大を続ける事に、理由が付きます」
「然り。【貪食仮説】程荒唐無稽ではないが、実現性という面ではこちらの方が余程恐ろしい。しかも、戦慄を覚える程に簡便だ。否定材料を模索しようにも、シンプル過ぎて難癖にしかならんときている」
その通り。できないという結論ありきでないと、反論できないという時点で余程の事だ。
「むしろ、どうしてこれまでダンジョン側がこの方法を試みなかったのかが、気になる程ですね……」
「相応のリスクを含むのであろう。このダンジョンが発見されてから、既にかなりのときが経っている。にも関わらず、崩落は起きておらん。ダンジョンの主の目的が、吾輩の推論通りだったとするなら、まず相応の準備期間が必要という事だ」
それは僕も考えた。本来、ダンジョンがダンジョンを作るのは、非常に簡単だ。だがそれに際して、音や振動などとして周囲に影響を及ぼす。人間に気付かれずに、人間の集落の下にダンジョンを作るというのは、かなりの手間だ。生まれてこの方、その苦労をずっと背負い込んできた僕だからこそ、これは断言できる。
おまけに、一度崩落させたら大量のDPを失うリスクもある。
最初の一人は、それらのリスクをリターンの見込めぬ状態で試みなければならない。試みる為の障壁が多い点を思えば、これまでダンジョンコアの側にこの方法を試みた者がいないというのも、頷けない話じゃない。
いや、もしもダゴベルダ氏の推測が当たっているなら、少なくとも一層ダンジョンは試みたのか。
「町の住人に気付かれないよう、町と同規模までダンジョンを拡大するというのは、ダンジョンにとっては手間であると氏は考えるのですね?」
「左様。ダンジョンは瞬く間に地中を穿ち、その根を張る。それを思えば、このダンジョンの成長はあまりにも遅い。それに加え、元来ダンジョンが成長する際に起こる振動や音も、あまり確認されていない」
正確に言えば、多少の振動は確認されている。だが、それを感じている町の住人たちも、それがダンジョンに由来するのかそれ以外の影響なのか、判断がつかない為にほとんどギルドにまでのぼってきていないというだけだ。
僕が知っているのは、使用人たちが住人たちとの噂できいたからだ。勿論、既にギルドにも伝えている。
「なるほど……。なるほど……」
何度も頷きつつ、頭から煙がでそうな程考える。このプランの問題は、DP《コスト》と時間だ。時間は、作業時間に加えて、人間たちに己の目的がバレる可能性というタイムリミットも含む。
だが、それさえクリアしてしまえば、相応以上のリターンを期待できる。同じダンジョンとしては真似したくもある程だ。
まぁ、どう考えてもいまのウチの規模じゃ不可能だし、同じアルタンの町で試みるのも難しい。これからよりいっそう、町近辺のダンジョンは警戒されるだろうからな。
「しかし、これはなかなか頭の痛い問題ですね……」
「うむ。なんとしても、このダンジョンの主を討たねばならぬ。我々人類の存亡をかけて」
「ええ……」
もしもバスガルがここでアルタンの町を一呑みにすれば、それは新たな大規模ダンジョンの誕生を意味するだろう。しかも、そのダンジョンは他の町々に触手を伸ばす事すら考えられる。なにしろ、バスガルの本拠地はシタタンの町に近いのだ。
人類にとっては、許容し得ない脅威だろう。それでなくても、この崩落による貪食は人類が被捕食者の立場に追いやられかねない、重大事なのだ。バスガルの討伐は、なによりも優先されるだろう。
僕ら姉弟としても、それは困る。アルタンの町は、僕らにとっても必要な栄養源なのだ。そこを絶たれるという事は、兵糧攻めを受けるに等しい。そんな状態で、大規模ダンジョンにまで成長したバスガルに勝てるか? 一瞬の躊躇なく、無理だと断言できる。
元々僕らの目的は一致していたが、ここにきて切迫感という意味でも運命共同体となったわけだ。
「チッ!」
そんな、見計らったかのようなタイミングで、ィエイト君の舌打ちが響いた。それだけ大きく、忌々しげな舌打ちだったのだ。
見れば、彼は眼前の敵の群れと戦いつつも、視線はその奥へと向けられていた。そこには、生物としてのバランスをかなぐり捨てた、巨頭の竜の姿が。
ビッグヘッドドレイク。以前僕を殺した、下級竜がモンスターの群れの奥から、こちらに向かって進んでいるのが確認できた。
「この状況で、中ボス投入か……」
いい手だ。雑魚の群れのなかに投じられる中ボス程、面倒な敵キャラはいない。それが体力特化とかだと、もうホントに始末に負えない。ゲームですらそうだったのだから、現実でこれをやられた際のストレスは計り知れない。
ィエイト君の舌打ちも、ビッグヘッドドレイクに勝てないからではなく、この状況で相手をしなければならない面倒さに起因しているのだろう。だが、そうして精神に負荷を加え、ミスを誘うのがこのタイミングでのビッグヘッドの投入の目的のはずだ。見事に手のひらのうえで転がされている。
「ダゴベルダ氏は二人の支援を優先してください。あれは、手の空いている僕が相手をします」
「うむ。頼むぞ」
「はい」
さぁ、リベンジマッチといこうか、デカ頭君。以前の僕と同じと思うなよ?
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