第74話 超人

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 綺麗に磨きあげられたような石材に、独特の文様が刻まれた壁面の大ホール。その空間に、身を震わせるような歓声があがった。見回せば、ホール内の兵士たちは一様に拳を掲げ、歓喜に大きく口を開き、雄叫びをあげている。それは紛れもない、勝鬨であった。

 俺の足元で斃れる怪物――牛の角と頭、屈強な巨人の体を有し、下肢は獣人のように獣の体毛に覆われ、足も牛の蹄を持つ――ダンジョンの主。ここ、中規模ダンジョン、パシパノースのダンジョンの主人がいま、打倒されたのである。

 三年をかけた攻略が報われたわけだ。兵らの歓呼もむべなるかな。水を差すのは野暮だろう。


「やれやれ……――どうにか間に合ったか……」


 ただ、とどめを刺した俺自身は、どうにもやり切れない思いだった。


「やったなリーダー! 流石の一撃だったぜ!」


 教え子であるエレもまた、嬉々として駆けてくる。素直なのはいい事だが、流石にこいつくらいには釘を刺しておこう。


「こんな決着で良ければ、二年も前にこのようなダンジョンの攻略など、終わっていたはずだ。ウチのパーティの全力を投入できていたなら、それこそ一月もあれば十分に攻略が可能だった」


 俺は嘆息しつつエレを見据える。視線に籠めた「なにを浮かれている」という、言外の叱責の気配を感じ取ってか、エレはバツの悪そうな顔で背筋を正した。

 慢心のつもりはない。嘘偽りなく、この程度の中規模ダンジョンの攻略など、俺たちにかかれば、その程度の期間で十分だったはずだ。


「王国軍の手で中規模ダンジョンを攻略させる為に、この俺がわざわざ時間を割いて任に就いたのだ。冒険者として培ったダンジョン攻略のノウハウを、軍に、国にもたらし、より安定的で組織的なダンジョン攻略を促す。それが最終目標だったのだ。そのノウハウは、間違いなく大規模ダンジョンの攻略にも役に立つはずだった……。それが、結局は俺の手でダンジョンの主を打倒してしまった。この三年はなんだったのだという話だ……」


 エレから視線を外し、牛頭のダンジョンの主の頭蓋に食い込んでいた得物を引き抜きつつ嘆息する。ズシリと手に残る重量が、今日ばかりは鬱陶しく感じられてしまう。


「で、でも仕方ない話だろ? 旧王国領奪還の戦に、ドゥーラ大公やラクラ宮中伯が参戦する以上、その配下である兵士らにも参陣の命が下るのは必然だ。第二王国にとっての重要事であるだけに、それをおざなりにはできねぇよ」

「……まぁ、な」


 ヴェルヴェルデ大公と旧王国領の現状を思えば、奪還作戦の重要性はわかる。そこに注力しなければならないという、両選帝侯の意思も理解はできるのだ。だからこそ、俺も一応、こんな方針変更に従った。とはいえ、理由に納得ができるからといって、徒労感がなくなるわけでもない。

 無論、軍の兵士たちがこれまで学んだすべてが水泡に帰したわけでもなければ、実際に中規模ダンジョンの主と干戈を交えた経験が無駄になるわけでもないのだから、そう悲観する必要もないだろう。実際、ダンジョン攻略に費やした年月は、確実に彼らに『ダンジョン内における軍の動かし方』として、身になっている。

 ただやはり、あと一月か二月かけてじっくりと攻略する時間さえあれば、兵士だけでダンジョンの主の打倒が叶ったはずだという思いが、ため息となって肩を落とさせる。その実績と経験は、きっとこれからの第二王国、ひいては人々の安寧を築く礎となったはずだ。

 俺がダンジョンの主を倒してしまったとなれば、それを見る貴族連中の視線も変わってしまう。結局軍は、俺におんぶに抱っこだったのではないか、と。


「シヴィレ子爵閣下! お見事でした!」

「ああ。そちらも、見事な采配だった。中規模ダンジョンの攻略において、これだけ犠牲が少ないというのは驚嘆に値する。貴殿の指揮が巧みであった証だろう」


 快哉を叫ぶ兵らをかき分けるようにして現れた指揮官に、俺はにこやかに笑ってみせ、互いに労い合う。なんにしても、また一つ第二王国から中規模ダンジョンが討伐されたというのは、紛れもない慶事ではある。兵らの健闘、献身も、称賛されて然るべき偉業なのは、紛れもない事実だ。

 俺は本心から、彼と彼の指揮下の兵士の勝利を寿いだ。それに、お為ごかしのつもりはない。実際、これが冒険者を寄せ集めただけの烏合の衆だったなら、犠牲の数は倍では利かず、二桁でも後半だった事だろう。

 強い統制下にある軍だからこそ、組織だった動きで犠牲を最小限に抑えられたのだ。つくづく、彼らにダンジョンの主の討伐という功績を与えてやりたかった……。その箔があれば、彼らの地位確立にも役立っただろう。


「さて……」


 いつまでも勝利の歓喜に酔っていられる程、ダンジョンという場所は安全ではない。ダンジョンの主を失ったとて、彼が生み出したモンスターは残る。むしろ、主を失う事で統制を失い、動きが読みづらくなる分、不測の事態が発生する可能性は高くなる。

 俺が注意すると、彼らも慣れたもので、すぐに気を取り直してテキパキと撤収作業を始めた。周辺の警戒にも余念はない。この辺りの動きに関しては、きちんと教えられたと自負している。

 そんな兵士と入れ替わるようにして、俺たちに近付いてくる影があった。ツンツンとした金髪に、濃紫色のゴーグルをかけた、長身痩躯の男。


「どーもどーもォ、お二人さん」


 飄々とした、いかにも斥候といった雰囲気を持っているその男の名は、レヴン。たまたまこのダンジョンの近くを通りかかった際に、俺の存在を知ってアポイントメントを取ってきた男だ。

 彼の目的地がアルタンであり、いまは彼の町に滞在している、セイブンを始めとした仲間たちへの伝言はないかという用向きだったところ、腕のいい斥候は何人いてもいいという事で、駆り出したのである。

 まぁ、これから決戦という段だった為に、ちょっと無理強いしたのは申し訳なかった。


「そろそろ俺はお役御免でしょう? とっととアルタンに戻らせてもらいますよ。伝言は、お預かりした手紙だけでいいんですね?」

「ああ、問題ない。強引にダンジョン攻略に引き込んじまって悪かったな。正直助かった」


 俺が謝ると、レヴンはよせやとばかりにおざなりに手を振って苦笑する。


「俺としては、アンタの実力を目の当たりにできたんだから、お釣りがくるってもんさ。こちとら、情報屋でもあるからな。アンタと一緒にダンジョン潜ったって話だけで、当面の酒代は浮いたも同然だぜ」


 皮肉気にクツクツと笑うレヴン。まぁ、こちらとしてもそう言ってくれるとありがたい。フォーンもフェイヴもいない状況で、兵士だけに斥候を任せて、ダンジョンの主に挑むってのは、正直ぞっとしないところだった。

 まぁ、コイツの実力も未知数ではあったが、ギルドからの評価を信じてみて良かった。


「それでも、助かったのは事実だ。ありがとう。後払いの報酬も、地上で受け取れるよう手配しておいた」

「そいつはありがてぇ。ほんじゃ、マジでそろそろ行くわ。こっちもいろいろと、別の仕事も抱えてるからよ」

「ああ」


 そう言って背を向けたレヴンだったが、すぐにクルリと振り向くと、大仰な仕草で頭を下げてみせる。


「おっと、失敬。忘れるとこでした。改めまして、ダンジョンの主の討伐、おめでとうございます。【超人ソー】ワンリー=トニト・フォン・シヴィレ子爵閣下」


 まるっきりお道化てみせたレヴンはそう言うと、今度こそさらばとばかりに背を向けて去っていく。俺は得物の戦鎚を担いで、それを見送った。


「旧ヴェルヴェルデ王国領奪還作戦で、久しぶりにセイブンたちに会えるぞエレベン」


 俺の言葉にエレが渋面を浮かべた。まぁ、師匠が二人揃って喜ぶ弟子なんて、どこにもいないだろう。特に、セイブンは冗談とか通じない口だしな。



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