第73話 敗因の分析とダンジョンコアの使い道

 ●○●


「ショーンは、私がティコティコに勝てなかった理由はなんだと思いますか?」


 意地でも『負けた』とは言わず『勝てなかった』と表現する辺りが、実にグラらしい。勿論、そんな事を考えているなどおくびにも出さず、僕はその質問に端的に答える。


「ティコティコさんの身体能力の高さを見誤った点と、それに比べての依代の運動性能不足。そして幻術をメインに戦闘を行った、戦術的な失策かな」


 最後に【影塵術】を破ったティコティコさんのあの疾走は、本当にすごかった。あれを可能にしていたのが、彼女の驚異的という言葉にすら収まらない身体能力だ。

 僕の意見に概ね同意だったのか、グラは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「フン。たしかに、獣人の身体能力というものを、いささか見くびりすぎていた点は、私の落ち度です。これまでサンプルがなかったのが原因ではありますが、言い訳はしません」


 それは言い訳じゃないのかなー、とは思ったが口には出さない。いつも以上に殊勝になっているグラに、追い討ちをかけて喜ぶ趣味はない。


「依代の身体能力だって、別に低いわけじゃない。というか、一般人に比べれば十二分に高い。だがそれ以上に、ティコティコさんの身体能力は頭抜けていた」


 一般的に、人間の平均的な身体能力を十としたとき、エルフは五、ダークエルフが十五くらいだろう。勿論個人差があり、エルフでも十に届く人もいれば、人間でも十五、十七といったレベルに到達する者もいる。そういう人は、セイブンさんやポーラさんみたいにと呼ばれる人たちである。

 だが、獣人は平均して十五だといわれており、ティコティコさんに至っては、その物差しで二〇くらいには到達しているとみていい。下手をすればそれ以上だ。


「元々獣人は、身体能力が高い人種だ。知識としては、知っていたんだけれどねぇ……」


 そもそも、種族ごとの個人差が大きく、人間並みの身体能力しかない獣人、というのもいる。その情報のせいで、上限を憶測するのにも限度があった。


「ええ。ただでさえ身体能力の高い獣人が、生命力の理を駆使した際の脅威度を、過小評価していたと言わざるを得ません」

「まぁね……」


 一般的に、生命力の理は掛け算だといわれている。一時的に、肉体の能力を数倍に高める代償に、多くの生命力を浪費してしまう。その代わり、人間という範疇から逸脱したパフォーマンスが可能になる。

 生命力の理も、元はモンスター由来だといわれている。それも、起源は小鬼らしい。

 彼らは、その矮躯にしては身体能力が高い。見た目通りの、子供並みの能力しか持ち得なければ、小鬼などなんの脅威にもなりはしない。

……いやまぁ、現在でも農具を持った農夫や数人の旅人で撃退できる程度の脅威でしかないが……。


「ただでさえ身体能力の高い獣人たちが使う、生命力の理か……。やっぱり脅威度は、只人が主体の北大陸にあっても警戒は必要だね」

「ええ。セイブンがもう一人いるようなものです。正直私は、あなたが【雷神の力帯メギンギョルド】に対して執拗に警戒するのは、過剰だと考えていましたが、その認識は改める必要がありそうです。間違いなく、彼らは我々にとって大きな脅威です」


 まぁ、グラが彼らを警戒してくれたなら、今回の決闘騒ぎも無駄じゃなかったと思おう。僕はそう思いつつ、フォローではないがグラを慰めるように言葉を紡ぐ。


「まぁ、実際のところ、ダンジョンコア本体の性能があれば、ティコティコさんだってグラの敵じゃないだろ? あれは、依代という枷を嵌められていた結果だし、必要以上に気に病む必要はないさ」


 ダンジョンコア本体が使用できるエネルギーは、依代とは比べ物にならない。その性能もまた、疑似ダンジョンコアとは一線も二線も画すものである。

 まぁ、そもそも軍隊で相手をするような存在だからな。


「いえ……。たしかに十分に勝機はあるでしょうが、【雷神の力帯メギンギョルド】にはティコティコ並みの戦士が三人います。さらには、後衛として以前顔を合わせた転移術師もおり、その他の補助要員も十分に揃っています。私が本体で相手をしなければならない事態というのは、つまりは本日の決闘おあそびなどでなく、本気の生存競争になるでしょう。そのとき、個々人が相手であれば勝てた、などという言い訳など通用しません」

「……そうだね」


 セイブンさん、ティコティコさん、そして一級冒険者のワンリーさんが組頭を務める、三分割された【雷神の力帯メギンギョルド】が、どれだけの脅威であるのか。今日はそれを、嫌という程痛感させられた。

 実際のところ、やはり僕らは、まだまだ【雷神の力帯メギンギョルド】を相手取れる程つよくないのだ。

 故にこそ、いまはまだ雌伏を続ける必要がある。既に普通のダンジョンとして、サイタンの町のギルドに認知されていようともだ。


「――だからこそ」


 グラの口調が変わる。まるで、ここまではこの結論を述べる為の、話の枕だったと言わんばかりに。


「私は、あなたの依代を強化しようと考えています」

「強化? まぁ、別に構わないけど、なんで僕の依代限定?」


 どうせなら、グラの依代だって一緒に強化してしまえばいい。そう思っての疑問だったが、グラはその言葉を首を左右に振って却下する。


「不可能でしょう。いま私が構想している、あなたの新しい依代に用いる材料は、そうそう手に入る代物ではありません」

「まさか……」


 流石にそこまで言われれば、僕だって見当がつく。というか、比較的資金に融通が利くようになったいまの僕らで、手に入らないものなど限られる。

 それこそ、国家にとって重要な戦略物資のような代物でもなければ、割となんでも手に入るといっていい。

 そしていま、僕らの手元にあるそんな重要な代物など、一つしかない。


「ええ。あなた専用の疑似ダンジョンコアを、バスガルのダンジョンコアの核を用いて作ろうと考えています。疑似ダンジョンコアという呼び名も、そろそろきちんとした正式名称に改めたいところでしたしね」


 いや、流石にそれは、かなり勿体なくないか? グラがいない間に調べた限り、ダンジョンコアの本体はマジックアイテムに用いるなら、およそ万能といっていい性能がある。

 ただの魔石が乾電池だとしたら、ダンジョンコアは小型核融合炉にスカイネット並みの演算装置を積んでいるみたいなものだ。冗談抜きで、モビルスーツでもターミネーターでも作れてしまえるだけのスペックがある。

 それを、僕の為だけに使うというのは、いくらなんでも注力する部分を間違えていると言わざるを得ない。


「いや、あれはグラの装具として活用すべきだろう。防衛の観点からすれば、君の強化が最優先だ」

「私が強敵と対峙しているとき、その隣にはあなたがいるのです。疑似ダンジョンコアの性能に懸念が生じたいま、決戦時にあなたがそのような脆弱な依代に宿ったままでは、非常に心許ない。違いますか?」

「むぅ……」


 その論には、ちょっと反論できない。

 僕だって、いざ決戦となった際に、戦力外通知を受けて本体グラの中からそれを観戦している、などという為体ていたらくは避けたいところだ。

 だが、グラよりもはるかに劣る戦闘能力しかない僕が、今日のティコティコさん並みの戦士が鎬を削る決戦で、どれ程の役に立つ? まず間違いなく、セイブンさん、ティコティコさん、ワンリーさんの相手にはなるまい。

 精々が、シッケスさんやィエイト君らを足止めする牽制要員だろう。それも重要な役割だとは思うが、できて一人引きつけられるか否かだ。他の【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバー、フェイヴとフォーンさんを抜きにしたところで、六人の内一人と同等では話にならない。

 いや、総力戦ともなれば他の上級冒険者パーティが参戦している惧れすらある。その際に、僕が役に立たなければ、グラの負担は甚大なものとなり、命取りとなり得るだろう。


 僕に求められているのは、グラの露払いを十全にこなせるだけの実力である。言ってしまえば、魔王の片腕だ。


 その為の、僕専用の疑似ダンジョンコアというわけだ。その理屈はわかる。わかるのだが、やはりグラを優先すべきという思いがあるのも事実だ。


「…………」

「ダンジョンコアの核を手に入れられる機会は、そう多くはないでしょう。かといって私は、それを求めて他のダンジョンに攻撃を仕掛けるような真似は、許容しません。私利私欲で同族を手に掛けるような、さもしい存在に堕するつもりは、さらさらないのです」


 無言で考え込んだ僕に、グラがキッパリと宣言する。正直、チラとでもその可能性を考慮していただけに、僕はバツの悪い思いで顔を逸らした。

 実のところ、結果的に他のダンジョンコアとは惑星のコアを巡って争わねばならないのだ。故にこそ、ダンジョンコアの核を求めて他のコアに戦争を仕掛ける事に、そこまで忌避感を抱く必要はないんじゃないかという思いはある。

 だがまぁ、それをしないからこそ、ダンジョンコアはダンジョンコアなのだろう。やはりまだまだ、彼らのような高潔な生き様は、俗物の僕には真似できないらしい。


「いざというときに、私を守る為に、あなたを強くする。なにか問題がありますか?」


 そう問われて僕は、渋々両手を挙げて降参を示した。結局、僕自身が弱いままでは、緊急時にグラの助けにもならない。そのときになって悔やんでも遅いかも知れない。

 今回のグラの敗北は、いくらでも取り返しがつくが、次が同じとも限らない。そのとき、グラより僕の方が弱いからと拱手して傍観するわけにはいかないのだから。


 僕は魔王の右腕として、しっかりと強くなろう。



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