第98話 頼りない空中回廊
●○●
「ここが、例の空中交叉路か?」
「へ、へい……」
俺たちは、廊下から空中交叉路を観察しつつ、いつ件の水ムカデが襲ってきてもいいように、警戒をしていた。勿論、廊下側の警戒も怠らない。
マスから情報を得て案内させた空中交叉路。ここに辿り着くまでに、本当に丸一日近くかかるとは思わなかった。なにせ、マスが未知の場所を一人で探索したのと違い、今回はわかっている道をパーティを組んで進んだわけだからな。
原因は、他の冒険者パーティだ。
どうやら、この迷路に施されている幻術に惑わされ、冒険者同士で争うように仕向けられているらしい。これにはマスも驚いていた。
一人で、他のパーティがいないダンジョンを調べていたマスには、この手の罠は使われなかったようだ。
攻撃してきたヤツを返り討ちにしながら、モンスターと一緒に冒険者たちも警戒して進んだせいで、かなり時間を食った。まぁ、それはいい。
「底が見えねえな。本当に、ここから十五メートル程度で底につくのか?」
「それは間違いありやせん。なにより、いくらあの化け物が長いったって、流石に限度はあると思いますよ。あれが届く程度の高さにしているんじゃないっすかね。でないと、アレ、……ここに入ってきますよ?」
真っ青な顔のマスに、ウチのパーティメンバーも顔色をなくす。たしかに、話を聞くだに強力なモンスターだ。とはいえ、わざわざ隘路に入ってきてくれるなら、俺としては対処はしやすいと思える。
少なくとも、足場のほとんどないあの空中交叉路で戦うよりかは、よっぽど戦いやすいだろう。
そんな事を考えていたら、四方に延びている別の通路の出入り口から、別のパーティが空中交叉路へとやってきた。見るからに這う這うの態で、恐らくはメンバーも欠けているのだろう。斥候を先行させる余裕すらなさそうだ。
彼らに声を掛けようとするマスや他のメンバーを手で制し、口元に人差し指を立ててから、俺たちは静かに通路の奥へと戻る。少し戻った先で、怪訝そうな顔をしているメンバーに、なおも静かにしていろと示してから、俺は通路の連中の様子を窺う。
通路の真ん中に陣取った奴らは、視界が開けた安心感からか、そこから動こうとしない。まぁたしかに、狭く、曲がり路の先からなにが現れるのかわからないような場所よりかは、視界が確保されているあの場所に留まりたくなる心理は、わからないではない。
それを危ぶむのは、俺が予めマスから情報を得ていたからだ。
常に襲撃を警戒し、騙し討ちをされる危惧を抱いている者にとって、この場所は安楽の地と思えてならないだろう。それが罠だという事には、なかなか気付けない……。
――来た……。本当に来やがった……っ!
十分もする頃には、スルスルと奈落の暗闇から、マスが水ムカデと呼んでいた化け物が姿を現す。たしかにムカデのような見た目のモンスターだが、マスのいう通り難のモンスターかと聞かれても、即答できない。ワームの一種だとは思うが……。
水ムカデは、静かに通路の底に身を隠すようにして連中に近付く。……頃合いか。見捨てると、マスやパーティメンバーの士気が下がる。いざというときに裏切られたら事だ。
「――おい!! 足元にモンスターが隠れているぞ! 気を付けろ!!」
俺は出入り口から身を乗り出すと、空中交叉路で待機していた連中に大声で注意を促した。だが、連中はなにを思ったのか、真っ先に足元を警戒する場面で、一斉に俺に武器を向けて警戒しやがった。
水ムカデは、マスの情報通り、目立たない透明な触手でその様子を確認していたのか、連中の注意がそれたタイミングを過たず見極め、目にもとまらぬ速さで一人に食らいつく。
あまりにも速すぎたせいだろう。あるいは相当の咬合力なのか。それ程鋭そうにも見えない左右二枚ずつの歯に噛み付かれたそいつは、上半身と下半身を分かたれている。
そこでようやく水ムカデの存在に気付いた連中は、慌ててそいつに向き直る。だが、それでは遅い。
水ムカデは大きく体を
まぁいい。水ムカデの攻撃パターンは把握した。
あの食らい付きはたしかに素早く脅威だが、ぶっちゃけ攻撃としては単調過ぎる。来るとわかっていれば避けれなくもないし、反撃も十分に可能だ。あの薙ぎ払いにしたって、避けるだけなら不可能じゃない。万が一、足場のない場所に弾かれたとて、緊急用のマジックアイテムを使えば、足場に戻るくらいは可能だろう。
流石に、十五メートルも落下した先で上手く着地できるかは、ちっとばかし賭けになるが、まぁやってできねえ事はないだろう。
「ぅし……――」
俺は剣の柄に手を掛けると、一度パーティメンバーとマスに向きなおる。
「お前らは隠れてろ。一応、横槍が入らないよう、後ろと他の通路の出入り口、それと交叉路の下も警戒してろ」
それだけ言うと、反応も待たずに駆け出した。
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