第63話 女男爵と一人称
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ゲラッシ伯爵とサリーさんとやらが、王都から転移術でやってくる日、二人に挨拶をしようと待っていたら、サイタンから早馬がやってきて、帝国の宣戦布告が伝わり、てんやわんや。サリーさんは王都にとんぼ返り、ゲラッシ伯も大急ぎで伯爵領全体に徴兵令を発してから、サイタンに戻っていったらしい。
なお、すべてセイブンさんからの伝聞で、二人ともドタキャンを謝罪の伝言を貰えた。二人とも貴族だから、下手に謝罪文なんて残せなくてすまないとの事。
……まぁ、貴族の謝罪の証なんて、悪用の方法がありすぎて軽々に残せないのだろう。
「いやぁ、それにしても、帝国も腰が軽い軽い」
「そらそうっしょ? ってか、ショーンさんが原因じゃないっすか」
僕のセリフに、フェイヴが非難を飛ばしてくる。
「いやいや、別に僕のせいって事はないでしょ? 僕はただ、帝国とナベニポリスの間に、直通路を作っただけですよ?」
「それが、帝国全土を動かす程の重大事なんすよ……。普通、こんな短期間に、周囲にそれと覚られずに、パティパティアに穴を穿つなんてできねっすからね」
まぁ、あのトンネルの重要性自体は理解している。だからこそ、あんな高値で売ったわけだし。戦略的な重要性を思えば、三倍の値段をふっかけても支払ったかも知れない。
いや、あんまり欲張ったら帝国側も困るだろうし、軋轢になると嫌だ。さらに、僕らに支払う資金の為に軍費が圧迫されて、ナベニ侵攻そのものがポシャったら一文の得にもならない。
「まぁ、しばらくはバタバタするでしょうね。帝国も兵を南に集結させるには、時間もかかるでしょう。第二王国や王冠領も、帝国の動きに備えなければならないはずです」
第二王国も、パティパティアトンネルの存在は察知していないはずだ。タチさんたちがあんなに気を遣って、発覚を先延ばしにしてきたのだ。諜報に全力を尽くしているであろうナベニポリスよりも、第二王国が先にその存在を察知するだなんて事は、まずないだろう。
「しばらくは、のんびりできるでしょうね」
そんな僕の呟きに、フェイヴが懐疑的な視線を送ってきた。むしろ、ここから忙しくなるだろうとでも言わんばかりだが、あとはベアトリーチェと竜たちを、開戦までに帝国に届けるだけで、僕らの仕事は終わりである。
戦争に直接関わる事はないし、帝国も第二王国とまで争いたくはないだろうから、こちら側は結構暇なはずだ。まぁ、ゲラッシ伯や王冠領のお偉方は、それでも万一を考えて警戒するだろうけどね。
僕はこの空き時間を利用して、自らの研究や、四層の開発をできる限り進めるつもりだ。属性術も、初級レベルはほぼマスターしたし、死霊術もかなり覚えてきた。近接戦闘の技能は、目覚ましい進歩があったわけではないが、元々の身体能力に飽かせて、それなりに戦えるようにはなってきた。
少なくとも、またあの双子と戦う事になっても、一人が相手なら、前みたいに一方的にやられる事はないだろう。
あー……、時間がお金で買えたらいいのに……。ホント、いくらあっても足りないよ……。
そんな呑気な事を考えていた三日後。僕は早々に、面倒事に巻き込まれる事態に陥った。
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王都に戻って、帝国の宣戦布告を伝えたサリーさんとやらが、さらにとんぼ返りでアルタンの町に戻ってきたそうだ。いくら転移術の使い手だからといって、こうも頻繁にゲラッシ伯爵領と王都とを移動させられるというのは、宮仕えの悲哀を感じざるを得ない。
やっぱり、自由な平民身分が身軽でいいよね。
そんな事を考えつつ、今度こそ挨拶に冒険者ギルドへと赴く。家に招待してもいいかと思ったが、残念ながら本物の貴族を出迎えられるような用意は、一介の小金持ち程度にはできていない。
そして、冒険者ギルドの会議室にて、僕はこの国の一級冒険者の一人、サリー・エレ・チェルカトーレ女男爵と対面を果たした。
髪は長いブロンドで、ふわふわといった印象を受ける、軽いパーマがかかっている感じだ。端正な顔立ちに、琥珀の瞳、真っ赤な紅を差した唇が、笑みを作って僕を出迎えた。
「初めまして、ショーン・ハリュー殿。妾の名は、サリー・エレ・チェルカトーレ。だが君には、冒険者として接したいと思っている。妾の事は、貴族だと思わず、同業の先輩と思って接して欲しい」
「は、はぁ。えっと、ただの冒険者で、研究者の、ショーン・ハリューと申します」
およそ戦闘には向かないであろうドレス姿で、冒険者としてもクソもないだろうに。サリーさんのキリリとした表情の自己紹介には、いろいろと面食らったが、なによりも気になったのはその一人称だ。
つまりは、そういう事なのだろうか……?
「早速で悪いが、もっと砕けた話し方をしても構わないだろうか? 同じ冒険者として、ね?」
「え? ええ、まぁ、別に構いません。僕なんぞに気を遣って、肩肘張らなくてもいいですよ」
僕がそう了承を告げた途端、それまでの凛としたサリーさんの表情が、まるで金魚鉢に入る猫のようにふにゃりと蕩けた。
「ふぅー。やっぱりぃ、貴族然と振舞うのって疲れちゃいますよねー。かといって、初対面の相手にここまで砕けた態度をとっちゃうとー、流石に無礼ですからねー。あ、言質は取りましたからねー」
なんとも間延びした口調で、ふにゃふにゃと喋るサリーさん。凛々しいキャリアウーマンタイプかと思ったら、ほんわかお姉さんタイプだったらしい。年の頃は恐らく、二十代後半だろうか……。だとすれば、聞かれたら二四か三と答えておくのが無難か。
隣にいるセイブンさんも、サリーさんの態度に呆れたような顔で苦言を呈す。
「サリー。そういう態度はせめて、もう少し打ち解けてからにしろ。いくら了解を得たとて、無礼がすぎるだろう」
「ええー。面倒ですねー。まぁ、セイブンがそう言うのなら、しばらくは努力しよう」
言葉の後半から、先程までのハキハキとした口調に戻るサリーさん。もはや、そちらの口調に違和感を覚えてしまう。そんな彼女に、僕は苦笑しつつ告げる。
「前言の通り、気楽に話してくれて構いませんよ。この場での、あなたの態度や口調を、みだりに他所に漏らさないという点は、お約束します」
「わぁ。ありがとうー。妾ねぇ、元々はしがない王都の貧乏法衣貴族の出身だからー、貴族らしい教育とかほとんど受けていない、名ばかり貴族なのよー。冒険者だってぇ、元々は家を出て一人で身を立てる為にやってたんだしねー」
なるほど。それで一級冒険者まで上り詰めたというのは、当人のセンスと努力の成果だとは思うが、どうしてこの人が女男爵になったのかは、その話を聞いてなんとなくだが察した。
要は、第二王国の中央貴族の総意として、彼女を政治的に完全中立の立場におきたかったのだろう。いや、総意という事はないか。少なくとも、彼女の実家が所属していた派閥は、反対したはずだ。
一級冒険者ともなれば、その影響力は計り知れない。なにせ、一級冒険者という事は、イコールで英雄なのだ。下手をすれば、王族にも勝る可能性すらもある。特に、玉座がずっと空位である、第二王国であれば。
そんな英雄を、一つの派閥が独占すれば、第二王国の政治に悪影響を及ぼす惧れがあった。特に、元が子供たち全員に、満足な教育も施せない木っ端貴族であれば、なおさらだ。
「それでは、改めてよろしくお願いします」
「うん。よろしくねー」
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