第64話 リボンをラッピングされた爆弾

 サリーさんから、最近の王都の情勢を聞こうとしたら、逆に聖杯について聞かれてしまった。どうやら、いま王都の社交界では、あの聖杯の噂で持ち切りなんだとか。


「なにせ、あの【ディクスタンの聖杯】と同じものですからねー」

「【ディクスタンの聖杯】ですか……?」

「そうそうー。法国の国宝だったんだけれどぉ、どうやらショーン君のお姉さんが作ったものと、同様の代物だったらしいですねー。それを作る技術は既に失伝してしまっていてー、法国にも再現はできないらしいのー。だからみんな、本当にあなたたちが、その技術を復活させたのかー、気になっているみたいですよー」

「へぇ! あれと同じものが、他にもあったんですか!」


 僕はついつい、大きな声で聞き返してしまった。

 これには素直に驚いた。地球にもリュクルゴスの聖杯があったのだから、こちらにも同じものがあったとしても驚かない――とは、この場合ならない。あれに用いられている技術を思えば、地球にはあってもこちらにはないという可能性は、十二分に存在した。

 むしろ、ない方が自然だとすら思っていた程だ。なにせ、北大陸における現在のガラス技術は、完全に属性術に取って代わられているからな。まぁ、それをいったら、昔ながらの窯を使ったガラス工芸ではない、高度な科学と機械を用いた現代ガラス技術でも、リュクルゴスの聖杯の再現はできていないんだけれどね。

 こちらの世界も地球も、そういう意味では大差ないのかも知れない。そして、それを再現してしまう、グラの凄さが際立つだろう。


「しかし、既存の聖杯があったのであれば、あれもそこまで価値はなかったのでしょうか?」

「いやぁ、どちらかというと既存のものがあったからこそ、あの場では素直に評価されたという印象ですねー。難癖を付けようとしていた連中もぉ、流石に法国の国宝と同等の品に、ケチはつけられなかったでしょうからねー」

「ケチ、ですか?」


 聞けば、どうやら派閥同士の足の引っ張り合いで、本当にいいものであろうと、品評を辛くされる可能性は十分にあったらしい。あー、嫌だ嫌だ。そういう面倒事は、ホントにノーサンキューである。

 また法国との間に軋轢となりそうな事をしてしまったが、これに関しては完全に不可抗力である。国宝の情報とか、流石に平民で調べられる限界を超えてるって……。

 一国の国宝に匹敵する代物ともなると、第二王国の貴族から注文が殺到しそうで嫌ではあるが、製作期間を五年と設定していたので、二件目以降を十年待ちにできるのは良かった。

 あのとき、製作期間を五年にした自分を、ちょっと褒めてやりたい気分だ。なお、値段設定はもっと高くしても良かったと、反省している……。

 僕が、貴族同士の派閥争い云々の話を聞いた途端、表情を曇らせたのを見て取ったのかサリーさんは、さもいま思い出したと言わんばかりに、話題を変えてくれる。


「そーいえば、ショーン君のお姉さんも属性術と転移術が使えるんですよねー? 一度お話してみたいですねー。同じ術を使う者として、意見交換は有意義ですからー」

「いやまぁ、それはそうなんですが……」


 だがその内容は、あまりよろしくない方向に向かっている。

 サリーさんの性格は、かなり温厚なものであると、これまでのやり取りでわかってきた。だが、それでも彼女はれっきとした貴族なのだ。それも、爵位を有する、本物の貴族家当主なのである。

 対するグラは、人間社会の身分秩序など、一切位に介するつもりなどない。サリーさんを敬う事もなければ、気に入らなければ罵倒すら我慢などしないだろう。


「うちの姉は、どうにも礼儀というものが苦手でして。流石に、無礼を働きかねないとおいてきました」

「あらぁ? 妾はあまり気にしませんのにー」


 いや、たぶんグラの無礼は、サリーさんの想定をはるかに凌駕するだろう。

 無論、ポーラ様との面会などを経て、グラにも最低限の処世術は身に付いている。だが、すなわちそれは、お澄まし顔で喋らない事だ。しかし、サリーさんが相手では、それでやり過ごせるかは疑問だ。

 なにせ、二人とも数少ない転移術の使い手であり、女性であり、冒険者でもある。共通点が多いからこそ、二人を会わせるのは危険だと思い、今日は地下においてきたのだ。


「サリー、私もお前とグラさんは、直接会って話すのは控えた方がいいと思う。お前とグラさんは、ある意味相性が最悪だ」


 と、そこでセイブンさんが助け船を出してくれる。実にありがたい。

 彼もまた、グラの歯に衣着せぬ言動に振り回されている人だからなぁ。爵位も有する貴族を相手に無礼を働けば、厄介事の度合いは、冒険者同士の小競り合いの比ではない。

 彼がここで僕の味方をしてくれるのも、ある意味当然といえた。


「僕もそう思います。二人の相性は、水と油というより、火に油です」

「たしかに……」

「あらー……。そうまで言われてしまうと、無理強いはできないですねー。残念です……」


 そう言って、本当に残念そうに肩を落とすサリーさん。ちょっとだけ、罪悪感を覚えてしまう。

 この人も、ちゃんとした魔術師であるのなら、当然同じ分野の人間と交流したかっただろう。その気持ちは、痛い程わかる。僕だって、他に幻術師がいたら、是非とも意見交換をしてみたいと思う。

 それが、こちらの都合で会わせられないと言われれば、ガッカリ度合いは計り知れない。 


「ではー、お姉さんにはまたの機会という事でー、いまはショーン君のお話をしましょうかー」

「僕ですか? できれば、サリーさんのお話の方が興味あるのですが……」


 一級冒険者が苦労したダンジョンとか、死にかけた罠とか……。ここは、スパイとしての役割を、最大限果たしたいものだ。


「妾の事なんてー、どうでもいいですよぅ。ただのしがない、下級貴族ですってばー。それに、もしかしたらすぐに、ショーン君も妾と同じ、貴族になるかも知れないですしねー」

「え? どういう事ですか、ソレ!?」


 聞き捨てならないセリフに、僕はついつい食い付いてしまう。いや、これは仕方がない。たとえそれが疑似餌ルアーだろうと、これは食い付かざるを得ない話題だ。


「王城の官僚たちの間でー、そういうお話があがっているんですよー。ショーン君たちを、国外の勢力に奪われないよう、身分で国に縛り付けようってぇ」


 ニコニコと笑顔のまま、とんでもない爆弾を投下してきたサリーさん。むしろ、この爆弾を最高のプレゼントの一種だと勘違いすらしていそうな顔だ。

 厄介な事になったな……。



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