第65話 貴族にならない解決策
貴族の位なんていらない。だが、その思惑も、わからないではない。
要は、第二王国の首脳部は、できる限り人材流出のリスクを小さくしたいのだろう。その為に、貴族の席に叙するという褒美を僕らに与えてでも、この国に引き留めようとしているというわけだ。
第二王国とて、どこの馬の骨とも知れぬ輩を、みだりに貴族として権力を与えるのは、断腸の思いのはずだ。それは、スパイである可能性も勿論あるだろうが、それ以上に貴族というものの権威を棄損させる惧れがある行為だからだ。
単に、法国の国宝と同じものを作れるだけならば、ここまで手厚くは遇しないだろう。精々が、貴重な職人扱いだ。
それを、貴族にまでしようというのは、僕らの戦闘能力、グラの博識さ、多才さ、僕のある程度特異な幻術、【崩食説】に気が付いた、ダンジョンに対する研究の深さ等々、総合的な人材的な価値を考慮しての判断のはずだ。騎竜に関しては、まだ勘定に入っていないだろう。
いや、どうかな。もしかしたら、サリーさんが一度王都に帰ったときに、第二王国首脳部に伝わっているかも知れない。もしそうなら、そこも含めての評価だ。
「貴族ですか……」
「おや? あまり気乗りがしませんかー?」
「そうですね……。正直なところ、国の指針や、他の貴族家との付き合い、領地経営に煩わされる立場というのは、僕らとしては望ましくありません」
「なるほどー。まぁ、たしかに、ある程度財産を築いてしまったら、貴族になってもあまりいい事って、ありませんよねー。特に、下級貴族だとぉ」
サリーさんは自らの苦労を思い出したのか、しみじみとそう呟いて嘆息する。やはり、女だてらに貴族家の当主というのは、いろいろと大変なのだろう。その、一人称すら武器にしているスタイルは、ある意味尊敬には値するが、裏を返せばそれは、そこまで必死という事でもある。
「サリーさんは、領主貴族なんですか?」
「そうですよぉ。といっても、小さな領地ですけれどねー。でも、領地経営は執事にお任せですしー、妾はずぅっと屋敷で研究ばかりしてますよー。まぁ、よく王都に呼ばれて、あちこちに遣わされますけどー。でも、思っていたよりは、気楽な感じですねー。少なくとも、在野のときみたいに、研究資金に汲々とするような事はなくなりましたー」
「そうですか」
まぁ、転移術の使い手であるサリーさんは、当然のように第二王国上層部から引っ張りだこにされるだろう。その価値は、人間一人でありながら、主要な鉄道や高速道路にも匹敵する。いや、それだけじゃない。国家にとっての転移術師は、さらに電話線や通信衛星にも相当する。さらにサリーさんの場合は、転移術師としての価値だけでなく、一級冒険者として、戦闘機や戦車のような、兵器としての価値まで付随しているのだ。
もはやこの人こそ、第二王国にとって国外流出など絶対にさせられない、貴重すぎる人材だろう。
そういう意味では、第二王国が本当に貴族にしたいのは、僕ではなくグラなのかも知れない。だが、それはそれで無理な話だ。彼女が、体面を重んじて、爵位に見合った言動などできるはずがない。居丈高に振舞う、高位の貴族など現れれば、素直に半殺しにしてしまうだろう。
ここで、あっさり殺さないところは、彼女の勤勉の成果であるといえるが、流石に現時点でそれ以上の社会性を求められても困る。社交性などという高等教育は、さらにその先なのだから。
「やはり、貴族位はちょっと困ります……。資金に関しては、ある程度目途は立っていますし、僕らに残されている時間は有限です。大部分を、貴族のあれこれで奪われるわけにはいきません」
「時間が有限……。もしかして、なんらかの病を患っているとか……」
神妙な面持ちで問いかけてくるサリーさんに、僕はゆるゆると首を振る。
「いえ、ですがなんの病もせず、無事に天寿を全うできたとしても、僕らに残されているのは、たったの数十年ですよ? やりたい研究が山程あるのに、その時間はあまりにも短い……。下手をすれば、一つとして満足に完成させられないかも知れない程に、人間の一生というものは儚すぎます」
「なるほどー。まぁ、わからないでもありませんねー。そういう場合、普通は後継に任せるんですけどねー」
「ええ、それもわかってはいるんです。僕もいずれは、後継者を定めて、自分の研究を引き継がせねばならない、と。師匠が僕に研究を引き継がせてくれたように。ですが、できる事ならこの手で研究を完成させたいという思いは、サリーさんにもご理解いただけるのでは?」
「ええ、痛い程」
うんうんと頷くサリーさん。【魔術】は学問であり、それを修め、研鑽を続ける魔術師とは、総じて学者である。故にこそ、己の研究が自分の手で実を結ぶのを望むのは自明の理である。
そして、研究というものは、本当に湯水のように資金を必要とする。僕らは、いろいろな手段で資金調達の手段を講じており、研究環境においても、ダンジョンという半ばチートじみた自由度の施設がある。それでもなお、買い集めなければならない物資は膨大であり、お金など稼いだ端から消えていくのが実情だ。
とてもではないが、ただの冒険者をやっていたら、資金繰りに窮していただろう。サリーさんたちのように、一級冒険者の名声があれば、冒険者一本でもなんとかなるのかも知れない。だが、ただの上級冒険者ごときの収入では、すぐに素寒貧だ。
「ですが、きっとこのまま君の身分がフリーだとぉ、あちこちからお声がかかりますよー? 国内外から。特に法国からはぁ、熱心な勧誘がくるでしょうねー」
「まぁ、それは想像に難くないですが……」
なにせ、僕らがいるだけで、自国の国宝が量産されてしまうのだ。作れば作るだけ、彼らの【ディクスタンの聖杯】からは、希少価値というものが薄れてしまう。既に、僕らが【ニスティスの聖杯】を作ってしまった時点で、『唯一無二』というブランドが剝がれてしまったのだ。
いってしまえばそれは、法国の財産の価値を棄損させたともいえる。これ以上、量産されたくはないだろう。
「ただなぁ……」
既に、かなり関係が悪化してしまっている法国が、僕を自国に引き入れるか? よりいっそうの殺意をもって、暗殺者を送り込んでくるという方が、現実的だと思うのだが……。僕らを仲間に引き入れるより、殺してしまった方が、手っ取り早いうえに、費用対効果も悪くないだろうし。
流石にそれをサリーさんに告げるわけにはいかず、首を傾げた彼女に「なんでもありません」と誤魔化して話を続ける。
「ショーン君がどうしても貴族になるのが嫌だというのなら、方法がないわけでもありませんよー?」
「そうなんですか? 正直、第二王国の思惑と僕らの思惑が真っ向から対立していて、落としどころもなさそうに思っていたのですが……」
第二王国は、僕らを自国に縛り付けたい。できる事なら、自分たちの都合のいいように働かせたい。そして僕らは、その縛りこそを心底厭うている。この条件を両立させる手段というものは、なかなか思い付かない。
ただ、サリーさんの言う通り、もし第二王国からの要請を断っても、他領や他国からの逆猟官運動が増えるだけだ。僕らの所属がハッキリしない以上、それはどうにもならない。そして、そんな勧誘を一々相手にしていては、それこそ時間の無駄である。
「教えてください。それは、どのような方法です?」
僕は神妙な面持ちで、サリーさんにお願いする。正直なところ、名目だけ貴族になって、貴族としての仕事は一切しないという、将来確実に禍根となる方法を採らざるを得ないかと覚悟していたので、藁にも縋る思いで僕は問いかけた。
サリーさんは、その端正な顔立ちに、貴族らしい内心を覆い隠すような笑みを湛えて、おっとりとした口調のままに、その方法を告げる。
「ゲラッシ伯爵の家臣になるんですよー」
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