第37話 死の蔵

「あ、兄貴ぃ!? ど、どこっすかぁ!? どれが兄貴なんすかぁ!?」


 よく知る手下の一人の声が聞こえる。声からでも、ヤツがベソをかいているのがわかる。だがまぁ、それも仕方ねえ。正直、俺もチビりそうだ。

 俺は喋ってねえのに、あちこちから俺の声が聞こえてくる。他にも、悲鳴や泣き言が部屋中に響いている。


「そんな……!? そんなぁ……ッ!? なんで首を斬り落とされても、俺ぁ死なねえんだぁぁあ!? し、死なせてくれぇぇえええ!!」

「い、いやだぁ!! 亡者が、亡者が仲間を欲してやがるぅうう!!」

「兄貴ぃぃいい、兄貴ぃぃぎぎぎ! あにぎぃいぃぃいぃやぁぁぁぁぁあああああ!?」

「や、やめてぇぇぇええ!?」

「ち、違う、いまのは俺の声じゃねえ! こ、これは俺の声だ! もうわけわかんねえよ、クソが!!」

「お母さん……。お母さん、どこぉ……?」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ、おしまいじゃ。もうおしまいなんじゃ……。ひぇひぇひぇひぇ……」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんな終わり方は、嫌だ。く、くるなぁ!? ば、化け物めぇぇええ!! お、俺は、生きて帰るんだぁ!!」

「もういい……。もういい……。ば、化け物に殺されるく、くらいなら、じ、じじ、自分で楽に……ぅぐぅ……」

「許さない……。許さない……。私を弄んで殺した男たち、全員を呪い殺すまで、ぜぇぇぇぇったいにぃぃ、許さなぁぁぁぁぁああああああああああああい!!」

「や、やめろぉおぉおおお! もうやめてくれぇえええ!!」

「許してくれ……。許してくれ……。許してくれよぉぉぉおおお!! もう、勘弁してくれよぉぉぉおお!!」


 明らかに、ここに連れてきた手下じゃねえ声も混じっている。女だったりガキだったりジジイだったり、声の色は様々だ。だが、そこに共通するのは、どの声にも生者にはない死の気配が、纏わり付いているってところだ。


——ここは、死の蔵だ。


 死者の怨念を蔵している、嘆きの貯蔵庫だ。

 この地下室の主人であるガキが、どういう人物なのかを俺は知らねえ。だが、こんな部屋を作っている時点で、イカれたクソ野郎だってのはわかる。

 上の連中が、ここのガキを捕まえてなにをしたがっているのかなんて、知ったこっちゃねえ。だが、まず間違いなく、その目論見は失敗するだろう。

 なぜなら、ここにいるのは正真正銘のバケモンだからだ。どんだけあどけないガキのツラをしてたって、そいつは死者の妄念を束ねて弄ぶ、死霊の王なのだ。

 マフィアごときが、勝てるような相手じゃあねえ。俺らは所詮、社会の片隅に寄生してイキってるだけの、ちっぽけな小悪党なんだ。本物の悪ってなぁ、こんなに強大なんだ。

 俺はそれを、嫌って程理解した。


 もう沢山だ。部下たちには悪いが、俺は背後の扉からでて、地上に戻る。そして兄貴をぶっ殺す。もうこの町にいられなくなるかも知れねえが、んなこたぁあとから考えりゃあいい。

 いまはただ、こんなところに送り込みやがったヤツを恨む事でしか、正気を保てる自信がねえ。

 一歩、後退る。ジリジリ、ジリジリと、少しずつ、部屋にいる亡者たちの注意を引かぬよう、俺は出口へと近付いていく。あと少し、あと少しだ……。

 きっと、あと少しだ……。そう、もう少し……。


 な、なんで扉に着かねえ!? もう随分下がったはずだ!! 俺ぁ、ちゃんと扉を背後にして立っていたはずだ!! な、なんで扉がねえ!?


「はぁぁぁ……」


 耳元で、なにかの吐息が聞こえた。


「う、うぁああああああ!!」


 俺はわけもわからず、その吐息の主に、手に持ったままだった剣を振り抜く。確かな手応えと、ばしゃばしゃとなにかが飛び散る音。

 やった。倒した……。

 達成感はない。一抹の安堵感と不安。本当に倒せたのか、この暗闇でそれを確かめる術はない。


「あ、あに、き……」

「は?」


 い、いまの声は!? まさか、いまのは俺の手下? い、いや、これも俺たちを混乱させる為の——


「ど、どうし……て……」

「クソ、クソ、クソッ、くそおぉぉぉおおお!! 絶対に生き残る! 俺は、絶対に生き残る!」

「痛ぇよぉ……痛ぇよぉ……、兄貴ぃ……」

「どうしてぇ……どうして兄貴は、俺たちを、こんなとこに連れてきたんだよぉ……」

「せめて……せめて……一緒のところに、落ちようよぉ……」


 やめろ!! 落ちない! 俺は亡者の仲間入りなんざ、絶対にしねえ!!


「ああ……兄貴ぃ……兄貴もこっちにぃぃ……」

「やめろやめろやめろぉ!! く、くるなぁぁ!!」


 俺はやたらめったら剣を振り回し、近付くものすべてを斬り捨てる。たまに、俺と同じように剣でも持っているのか、こちらを傷付けてくる亡者もいるが、腕はそれ程でもねえ。

 俺ぁこれでも、腕っぷしを買われてウル・ロッドに入ったんだ。だが、そんな俺も、こんな場所ではどうしようもねえ。

 次々と亡者を切り捨てていく。次々と。次々と。キリがねえ。やつらは無尽蔵に湧いてきやがる。

 次第に息はあがり、腕に力が入らなくなっていく。亡者は俺に取り付き、兄貴兄貴と耳元で囁きながら、足に縋り付き、腰に抱き付き、俺をどこかへ引きずり込んでいく。

 嫌だ……。嫌だ……。もう、嫌だ……。


 死にたくない。だが、それ以上に、もうこんな恐怖を味わうのはごめんだ……。

 俺はそこで、自分がまだ剣を握ってる事に気付いた。まだ離してなかったのか……。

……ああ、そうか……。こいつがあれば、もう怖い思いをする事もないじゃないか……。

 どうして、もっと早く気付かなかったんだろう……。


 俺は、自分の喉に剣を突き立てた。



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