第38話 畏怖という信仰

 まだ生き残りはいるけど、これでひとまずは撃退成功かな? あの十人、たぶんもう撤退するよね? じゃないと、わざわざ残してた意味ないだろうし。


「はぁー……、緊張したぁー……」


 いきなり大人数が押し寄せ、アクシデントから【一呑み書斎ワンイーター】が攻略されてしまい、付け焼き刃の【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】に迎撃を任せる事になったからな。どこかに不具合があって、さらに奥に進まれたら、なにも迎撃手段を施していない部屋で侵入者と対峙するハメになっていただろう。


「しかし、幻術っていうのは、侵入者対策のギミックとしては、効率がいいな。なんというか、モンスターを防衛の主軸に置くのが最善っていう前言を撤回したくなる程度には、使い勝手が良すぎる」

「幻術にも対抗策があるのですよ。【魔術】では結界術や回復術で対処が可能ですし、魔導術でも対抗する方法はあります。生命力の理でも、心を守るようにして幻術に対する抵抗力を高められます」

「ふむ。やっぱり、弱点はちゃんとあるんだね。だったら、なんであいつらはその対抗手段を取らなかったんだろう?」

「単純に、自分に幻術がかけられていると、気付かなかったのでしょう」

「ああ、なるほど。それはそうか」


 あの貯蔵庫に施されていた罠で、幻術らしい幻術は、部屋全体に施されていた【恐怖】だけだ。効果は言わずもがな。

 ただでさえ、暗闇というのは人間の本能的な恐怖を刺激するのだ。気付かなくてもおかしくはないだろう。


「それにしても、ちょっと怖いくらいに上手くいったな……」


 貯蔵庫に侵入してきた二〇人は、十三人が互いに殺し合い、三人が発狂の末に転倒や、そこを踏み付けられたりと事故死し、残りの四人が自決という、なんとも凄惨な結末を迎えた。僕の命を狙った相手とはいえ、あまりに酷い末路だろう。

 でもなぁ……。これに関しちゃ、罪悪感が非常に薄い。なにせ、彼らがどうして死んだのかというのを端的に説明するなら、それは自らの影に怯えて、暴れたから、という事になるからだ。

 いやまぁ、たしかにその原因は僕なんだけどさ。ダンジョンのトラップで、無意識かつ遠隔的に相手を殺害するよりも、さらに実感が薄い。


「まさか私も、【暗転】【恐怖】【囁き】のほぼ三つだけで、ここまでの成果をだせるとは思っていませんでした」


 グラが感心するようにそう言うが、僕はその間違いを指摘する。


「いや、もう一つ、一応【幻影】の幻術も使ったでしょ?」

「あれは、侵入者が明かりを所持していた際の、特例です。【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】の本質は、先の基礎の基礎とも呼べる三つの【魔術】でしょう」


 まぁ、そうなんだけどね。

 要は、部屋を暗くして、恐怖心を煽って、属性術の風属性で作った声を、適当に流しただけだ。途中からは、チンピラたちの声を真似て流したら、とても効果的だった。

 ちなみに【幻影】は、明かりを持つ人間を量産し、いざというときに惑わせるという使い道だ。グラの言う通り、明かりを持っている人間がいなければ、暗闇の室内でわざわざ使う必要のない【魔術】であり、実際使わない。


 それまでに、前後左右上下から罠に見舞われた侵入者たちにとって、それを見通せない暗闇というのは、強いストレスだっただろう。そんな不安定な心理状態を、【恐怖】の幻術が掻き乱し、正体不明の【囁き】が助長する。

 暗闇と恐怖で冷静さを完全に失った侵入者は、恐れるあまり、いもしない敵と戦うつもりで、お互いに殺し合ったのだ。

 最後に自殺したヤツなんて、平衡感覚まで狂ったのか、同じところをグルグル回りながら、扉はどこだと叫んでいた程だ。

 まぁ、あの段階で室内は阿鼻叫喚の様相を呈していたからな。【恐怖】がどれだけ心を蝕んでいたのかは、当人でないとわからない。


「ちなみにですが——」


 そう前置きして、グラが抑揚のない声で語り始める。


「——魔力の理には、【魔術】とは別の【神聖術】というものがあるのですが、覚えていますか?」

「え? あ、うん。とはいえ、ほとんど名前を知っているだけだけどね。たしか、【魔術】の回復術みたいな事ができるんだっけ?」


 唐突に話題が変わった事に面食らいつつ、僕は頷く。


「それも間違いではありません。ですが【神聖術】の真骨頂は、信じる人間が多ければなんでもできる代わりに、信じたものがなんでもできてしまう、というところにあり、リスクがとても大きいのです。ですので、人間も我々ダンジョンも、かなり慎重に運用している理なのです」

「うん? ちょっとよくわかんないんだけど、なんでもできるなら、便利なんじゃないの?」


 たしか【神聖術】っていうのは、それが使えるというだけで、冒険者ギルドで特級冒険者になれるようなものだったはずだ。それだけ、貴重な才能なのだろう。


「人間——に限りませんね。地上生命の場合、【神聖術】というものは、信仰という集団心理を用いて共通認識を確立し、その共通認識に信仰心という鍵を用いてアクセスし、共通認識に記録された現象を引き起こす、という過程を経て顕現されます。元が人々が信仰する共通認識であり、そこから現象を引き出すのも個人的な信仰心であるるだけに、結果にかなり個人差が生まれます」

「ふむふむ」


 つまり、この世界の宗教というのは、魔力の理を使う為のシステムのようなもの、という事だろうか。なんというか、世知辛いなぁ。


「でも、それってやっぱり便利なんじゃないの?」


 たとえば、絶対即死ビームとか、完全回復魔法とか、絶対防御バリアとかを浸透させれば、それだけでもう無敵だ。


「言ったでしょう? 個人差があるのです。強い信仰心を有する者は、共通認識からより理想に近い超常現象を引き出す事が可能になるといわれていますが、信仰心の薄い者や適正の低い者は、然程の効果は望めません」

「うわぁ、それはちょっと面倒だね。【魔術】とは大違いだ」


【魔術】は、正しい法則で魔力を流せば、確実に効果を発揮するという分野だ。対して、どうやら【神聖術】というのは、かなりの個人技らしい。

 なおも、グラは続ける。


「そして、そんな者が使う、拍子抜けするような【神聖術】は、信仰そのものに悪影響を及ぼす恐れがあります。そうなると【神聖術】全体の純度を下げ、無関係の場所でも術の効果が下がったりします。逆に、奇跡のような効果に信仰が深まり、【神聖術】全体の効果が高まる場合もある、というのがこの理の特徴なのです」

「なるほどね。良きにつけ悪しきにつけ、効果がでてしまう、コントロールの効かない術なんだね。たしかに、慎重な運用が求められそうだ」


 絶対即死ビームがゴブリンに弾かれたりしたら、もう【神聖術】そのものに対する信頼がガタ落ちだろう。そしてそうなると、【神聖術】全体の効果が下がってしまう。

 最悪の場合、信者たちに『モンスターには【神聖術】が効かない』なんて認識が膾炙されてしまったら、本当に【神聖術】が無用の長物となりかねないわけだ。

 下手な者に、下手な状況で使わせられないという点では、【魔術】よりも縛りが多そうだな。


「それで? その【神聖術】がこの状況となにか関係あるの?」


 僕は本題に話を戻す。グラが唐突に、【神聖術】の話を振ってきて、その内容が面白かったから忘れそうになっていたが、いまは【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】について話していたのだ。


「いえ、ふと思ったのです」


 前置きするようにそう言って、グラは続ける。いつもの、淡々とした、抑揚のない声音で。


「もしも侵入者たちが、共通の幻影を想起し、強く強く恐怖していたというのなら、それは逆説的な信仰にはならないでしょうか、と……」

「え、ちょっと……」

「本当に、今回の惨劇は、なにもない貯蔵庫で、侵入者が錯乱しただけだったのでしょうか? もしかしたら、彼らの信仰した、なんらかの化け物が、そこに生まれて——」

「やめてよ!!」


 もう【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】は作っちゃったんだよ!? 怖くなったからって、消せないんだよ!?

 どうすんのさ!? 外に出るのに、もう怖くて貯蔵庫通れないじゃん!! 鰻の寝床みたいな作りの住処だってのにっ!!


 ちなみに、ダンジョンの罠は意識的に停止させないと、ダンジョンコアにも普通に発動する。停止させたり再起動したりするのは無駄なので、普通は作動させたままだ。

 だが、この貯蔵庫だけは、侵入者がくるまでは停止状態にすると決めた。



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