第39話 嵐の前の喧騒
案の定、階段に残っていた十人は後行組が帰ってこないと覚ると、そそくさと撤退していった。
僕らに残ったのは、約五〇人分のDPと、謎だけだ。
「さて、考えようか」
「そうですね。今回の襲撃が、いかな意味を持っていたのかは、ダンジョンの、ひいては我々の存亡に帰結する大事でしょう」
そう。いきなりチンピラが数十人も押しかけてきたのには、きっと理由がある。まさか、先日食らった数人のチンピラの捜索だった、という事はないだろう。それにしては物々しすぎた。
「何者かに、我々は敵として認識されている、と見ていいのでしょうね」
グラの言葉に、僕は無言で頷いた。言葉の重みに、ごくりと喉が鳴る。
誰が、どうして、僕を敵視するのか。それはわからない。だが、確実に、敵視されている。
それは、ダンジョンコアとして覚悟はしていた。人を殺しているのだ。清廉潔白な身の上ではないのだ。不当だとは思わない。
いつかは、こうなるというのはわかっていた。いつかは、僕は人類の敵として、全面的に人間と殺し合うのだろう、と。
「原因としては、やっぱり侵入者を捕食してた事、だよね?」
「おそらくはそうでしょうね。社会的繋がりの薄い人間を誘い込むという目論見で、ショーンに囮になってもらっていましたが、流石にそのような者しか誘いに乗らなかったと思うのは、都合が良すぎるでしょう」
「あの黒服連中とか、あからさまに裏家業の人間って感じだったもんね」
ちょくちょく侵入してくる、たぶん人攫いであろう黒ずくめ連中は、どこかしらの組織と繋がりがありそうではある。そうでなければ、人を攫っても金に変える手段がないだろうからね。
「ただ、そうなるとチンピラとの繋がりがわかんないんだよなぁ」
「単に、金で雇った使い捨てという事は考えられませんか? 手勢を消費するのを厭い、失っても痛くない駒として我がダンジョンに送り込んだと考えれば、ある程度合理的かと」
「実際、【
「人間の常識に関しては、私にはなんとも」
「僕だって、この世界の常識には疎いっての」
世界が変われば、常識なんて一八〇度変わってもおかしくない。スラムには、どこにも所属しないチンピラが、掃いて捨てる程いたって、別におかしくはないのだろう。
だが、それではしっくりこない。自分たちに都合のいい情報を、選ぼうとしている気がする。
「とはいえ、敵がなんであれ、我々を倒しにくるというのであれば、迎え撃つ以外の選択肢などありません」
堂々とそう言い放つグラに、苦笑してしまう。なんて潔い言葉だろう。ビクビクしている自分が情けなくなってしまう。
たしかにその通りだ。敵がどういう組織なのか、どういう意図でこちらに攻撃を仕掛けているのかを、ここで考える意味はない。情報がなにもないのだから、正しい答えが得られるわけがないのだ。
だったら、死なない為にいまできる事は、ダンジョンの防衛能力を高める以外にはない。
そうだな。階段はもう少し広くして、落とし穴じゃなく、左右の壁から槍を生やそう。ここで左右を意識させる。
吊天井はこのままで、ドアの仕掛けを弄ろうか。やっぱり、階段の扉もロックする事で、前後を意識させる。
さらに【
そうなれば、このあとの【
それと、せっかく大量にDPが得られたのだから、騒ぎに乗じてダンジョンを広げるという手もある。多少揺れても、チンピラとの抗争の影響だと思われる可能性が高い。
まぁ、その前に既にある二つの部屋も作ってしまおう。そうだな僕らのいるこの部屋の手前の部屋は、命を奪うよりも時間稼ぎをコンセプトに作ろう。遊園地にあるミラーハウスなんか、いいかも知れない。
それで、現在の最奥はどうするか……。もう少し、腰を据えて考えてみよう。
「おい、ジーガ。聞いたかよ?」
「あん? なんだ、ラペルかよ。どうしたんだ?」
俺の寝床に現れた、スラムの馴染みの情報屋は、ヘラヘラと笑みを浮かべながら、まるでとっておきのネタだとでも言わんばかりに告げた。
「どうもウル・ロッドの連中がな、七〇人くらいで襲撃をかけた相手に、返り討ちにされたらしいぜ」
「…………」
サァっと、血の気が引いた。そんな俺の反応に気を良くしたのか、ラペルは続ける。
「しかも聞いて驚けよ。やられたなかには、なんと狂剣のジズも含まれてたって話だ。いまんとこ、生死は不明だ」
「……マジかよ……」
なんとか、そう言葉を捻り出した。
心当たりのない話じゃねえ。どころか、つい昨日キュプタス爺と話したばかりの話題だ。しかし、だからこそ信じられねえ。
今回こそは、あのガキも終わりだと思った。
だが、ガキはウル・ロッドの小手調べを払い除けて見せた。これから、両者は本格的にぶつかり合う事になるだろう。
その規模は、おそらく俺が想像していたよりも、はるかに大規模なものになる。
ウル・ロッドは総力をあげれば、五〇〇人は人を動かせるだろう。兵隊以外も含めれば、一〇〇〇人が動くかも知れない。アーベンだって、事ここに至って手札を出し惜しむような事はしねえだろう。ウル・ロッドから顰蹙を買うのは、ヤツも避けるはずだ。
そんな相手を、あのガキが一人で相手にする? 勝てるはずがない。勝てるはずがないとは思うのだが……。
「…………」
もしまた、この予想が覆されたら? もしも、ウル・ロッドとアーベン、二つの総力を合わせた襲撃まで、ガキが防いでみせたら?
あり得ねえとは思う。だが、同時に心の片隅の、理屈じゃねえところで、あり得るかも知れねえと思っている自分がいる。
当然そこに、ポジティブな思いなどない。むしろ、得体の知れねえ化け物に向ける畏怖と忌避感が強い。
俺はラペルに、あまりこの件には関わるなと忠告し、本格的に巣篭もりの準備を始める事にする。嵐ってのは、ちっぽけな人間は通り過ぎるのを待つ事しかできねえもんだ。
俺にだけは、災いの雷を落とさねえでくれと、天に願いながらな。
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