第40話 依代の作成に向けて
〈8〉
ダンジョンの改装を終えて、少し思った。
「グラの体を作る為の実験をしたい」
「どうしたんです、藪から棒に」
いや、僕の幻術の勉強があまり進展しないからなぁなぁにしていたけど、僕が幻術を修める本来の理由は、グラの体を用意したいというものだったのだ。しかも、その体作りにおいては、どちらかといえば【魔術】の幻術は補助的な役割を担い、主としては生命力の理を用いた、モンスターを生み出す幻術のを応用する予定だった。
つまり、現段階からでも、練習や研究をしておいて遅いという事はない。既に、モンスターを生み出す事自体は、僕にもできるわけだしね。
「なるほど。たしかに、最近は少々バタバタしすぎていました。いまはダンジョンの外に出るのも危険でしょうし、ここらでじっくりと腰を据えて、複合的な幻術の研究に取り組むのも悪くありません」
ああ、スパルタ教師にガソリンを注いでしまった。いや、この件に関しては、僕も異存はないんだけどさ。
でもね? どれだけ頑張っても、一日は二四時間より増える事はないんだってのは、いい加減グラも覚えて欲しい。
「複合的な幻術っていうのは、生命力の理と魔力の理の複合、っていう意味?」
「そうです。ご存知の通り、双方の理にも様々な種類があります。生命力は地上生命にとっても、ダンジョンにとっても、命に直結するエネルギーである為、あまり研究が進んでいない分野ではありますが、それでも地上生命は回復や身体の強化、ダンジョンはダンジョン内の操作と、それなりに応用ができています。魔力の理に関しては言わずもがなですね」
まぁそうだね。さっきまでやっていた、ダンジョン内の大規模な改装なんて、日本の基準だと一日二日で終わる作業じゃない。それが、一時間もかからないのだから、ダンジョン内限定とはいえ、イージーというよりは、ややチートじみている。
「その双方を複合的に使いこなす術に関しては、体系化されたものはありません。術理が複雑になりすぎる為、大抵はワンオフのオリジナル術式となります。いま、私が開発しているダンジョンツール等もそういったオリジナル術式の一種になるでしょうね」
「なるほど。複合的な術式っていうのは、絶対にあり得ないという程のものでもないんだね」
「勿論です。ものによっては、オリジナル術式を子々孫々にまで受け継いで、長年利用する地上生命も存在しますし、その汎用性を高めて種全体の戦闘能力を高めようという試みも、常にあります」
なるほどなるほど。それはいい事を聞いた。
「じゃあまずは、どういうものを依代にするのか、から検討しようか!」
「モンスターの肉体、というわけにはいきませんね。自我が宿られたら、私の意識が宿れません」
「それに、できれば僕と同じ人型がいいしね」
人型というか、人がいい。ここでリザードマン型とかコボルト型とかを依代にされても、その表情を読める自信はない。モンスター型でも、最低限人らしい表情がある依代がいいだろう。
「できればホムンクルスとか、ドッペルゲンガーみたいなモンスターを元にできればいいんだけど……」
「しかし、それではやはりモンスター自身の自我が生まれますよ? ショーンの隣に立っている私が、突然モンスターの自我に呑まれて攻撃するという可能性があるのなら、依代など必要ありません」
「そうなるかぁ……」
さて、ならばどうするか。
そうだなぁ……。擬似的なダンジョンコアを作る、というのはどうだろう? 僕の仮説では、グラは元々ダンジョンコアだ。ならば、一番乗り移りやすいだろう。
問題は、ダンジョンコアに自我が宿るかどうかだが、それはたぶん大丈夫だろう。そんなやり方でダンジョンが増えるなら、もうとっくに地中はダンジョンだらけになっているはずだ。
あ、いや、栄養源がなくて、増えないのか? ううむ……。もう少し、考えてから取り組むか……。
まぁでも、まずは実験をしてみようか。
「ドッペルゲンガーのモンスターを、新設したミラーハウス部分に作ってみようと思う」
「良いのですか? 内部にモンスターがいては、ここがダンジョンだと露見しかねませんよ?」
そう、ウチのダンジョンにモンスターが配置できないのは、人間たちにここがダンジョンだと覚られたくないからだ。
「大丈夫だと思う。ミラーハウスで、自分そっくりのモンスターに襲われたとする。そのとき、真っ先に危惧するのは、モンスターの襲撃じゃなく、幻術やギミックによる罠だろう。まして、ここまでそういった罠に苛まれている侵入者なら、なおさらだ」
「曖昧ですね。もしそれで、ダンジョンであるという疑念を抱かれて、調べられたらどうするのです? 件のマジックアイテムとやらを使われる可能性は?」
「そこも一応考えてはいる。もしも、冒険者ギルドや正式な治安維持組織に疑われたら、さっき言っていた複合的な幻術だったと言い訳する。グラの依代の試作品も、これから作る必要があるんだし、いざとなればそれを見せればいい」
複合的な術式が、絶対にあり得ないというものでないのなら、その言い訳で納得してもらえるはずだ。多少注目は集めるかも知れないが、ダンジョンだと疑われるよりはマシだろう。
まぁ、すぐに露見するとこちらとしても困るが、現在ウチに攻撃を仕掛けてきている連中が、どこかしらの公的な組織とは思えない。ならば、せめて僕が幻術を習得するくらいの猶予はあるはずだ。
なかったら……、まぁグラに体の操作を任せれば、幻術だって使えるし問題はないだろう。たぶん……。
そんなわけで、この日から本格的に、グラの依代作成の研究に取り組む事になった。
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