第41話 忘れていた納期
翌日。
「ふぅむ。やっぱり、単にドッペルゲンガーを素体にするのは上手くないな。まぁ、わかっていた事ではあるけど、このやり方じゃ絶対に無理だと思う。根本から見直そう」
「そうですね。やはりモンスターを元にした依代は、モンスター自身の命が邪魔になります」
「生命力の理で無理なら、魔力の理?」
「魔力の理で作った幻は、単なる幻影です。生命力の理と魔力の理では、得意分野が違います。この依代作成においては、生命力の理が適しているというのは、論を待ちません」
「ま、そりゃあそうだよねえ。でも、モンスター自身の命が邪魔になると、生命力の理で作るってのもなぁ……」
一日のうち、四分の一を語学、四分の一を幻術、四分の一をダンジョン、さらに四分の一を依代の研究に費やしている。
ちなみに、きっちり時間割をしているわけではないので、余った時間は素振りだ。たぶん、一日二時間くらいは剣の訓練も続けている。
昨日からいまこのときまで、侵入者は一人もおらず、なにもなかった。まぁ、ウチはなにもないのがデフォみたいなところはあるので、僕らは平常運転していたのだが、あのチンピラを送り込んできた連中はなにをしているんだろう。
ま、僕としてはグラの体の研究に専念できるし、人殺しもしなくていいしで、なにもないならなにもない方がいいんだけどね。なんというか、気がかりな事があるときは、ガンガン自分にタスクを課して忙殺する方が気が紛れる。
できれば単純作業の方がいいが、研究に没頭するのも悪くない。まぁ、単語の書き取りとか超捗るけどさ。
「そうだな。魔石みたいなものを本体にして、体は自分で作るようにしたらどうだろう?」
「ふむ? それはどういう状態ですか?」
「だからさ、まず球体のコアを用意して、そこにガンガンDPを注ぐ。そんで、そっちにグラの意識を移したら、自分で生命力の理を使って体を作る、ってのは?」
「成功の可能性はあるでしょうが、ただ魔石を作っただけでは不可能です。それでは、多量の魔力を含有する魔石ができるだけで、そこに意識を移す事なんてできません」
「そっかぁ……。結構いい案だと思ったんだけどなぁ、擬似ダンジョンコアプラン」
まぁ、単に魔石を作っただけでは、コアの代わりにはならないらしい。だったら、この案は根本から間違っていたという事だ。それもそうか。
「いえ、可能性はあります。なるほど、擬似ダンジョンコアですか……。ですが、ダンジョンコアはダンジョンがあってこその……。いえ、そもそもダンジョンコアにこだわる意義はありません……。模倣で良いのですから……、そうですね……、地上生命的なエネルギー摂取法を用い、生体反応を有する肉の体を、生命力の理を使って編み上げる……。ふぅむ……。ふぅむ……」
ああ、グラが長考し始めてしまった。こうなると長いんだよなぁ、この子。
それから三日。
「よっしゃ、だいたいこんなもんじゃない?」
ようやく、依代作成の目処が立った。まぁ、実験が上手くいけば、という前提条件が付くけど。だが、当然他にも問題は山積している。
「そうですね。このプランであれば、試作実験次第では成功の芽もでてくるでしょう。問題は、その実験に要するDPの消費量です」
「だよねぇ。試験でも、一回最低一MDPくらいは必要だし、本番はできれば一〇〇MDPくらい注ぎ込みたい」
「一〇〇Mは多すぎるでしょう。十Mくらいでいいのでは?」
グラが、おそらくは現有DPの量から苦言を呈してくるが、これは譲れない。
「いやいや、少なすぎるっての。十Mっていったら、肉体作ったらほぼすっからかんだよ? 生き物っていうのは、半分も生命力を失ったら死ぬんだからね。ダンジョンコア基準で考えたらダメだよ」
「なるほど。それはたしかに」
そうなのだ。生命力の理が、魔力の理よりも発展しにくいのは、生命力を使いすぎると死に直結するという難点があるからだ。それは、ダンジョンも人間もあまり変わらない。だからこそ、魔力の理の方が使い勝手が良く、重宝されている部分はある。
だから、DPをケチりすぎると、肉体を作った直後に依代が死んでしまうおそれがあるのだ。そうでなくても、保有生命力量は肉体の強さに関わってくるので、できる事なら十分にDPを持たせた依代を作ってあげたいのだ。
ちなみに、ダンジョンコアは生命力が半分になろうと、〇にならない限り死にはしない。だが、人間は保有生命力が半分以下になると、まず間違いなく死ぬ。四割を割り込むようだと絶対と言い換えていいそうだ。
そして、依代の場合どうなるのかは、完全に未知数である。
「というか、肉体を自己形成したあとは、本体から補給を受けらんないんだから、最初はせめて一〇〇Mくらいは注ぎ込みたい」
「しかし、現在のダンジョンの保有DPがようやく十四Mですからね。そうなると、そもそも依代が作れません」
「むぅ……」
そう言われると、たしかに一〇〇Mは多いかも……、いやいや! そこは妥協したくない。でも、ダンジョンの維持DPもあるしなぁ……——って!!
「ああっ! マズい!!」
「どうしました?」
「このままだと、冒険者資格が失効しちゃう!」
「ああ、たしかに。そういえば、前回魔石を納入してから、そろそろ一週間ですね」
正確には、あと二日で一週間だ。つまり、明日か明後日までに四個の魔石が納入できないと、僕は十級冒険者の資格を失う事になる。
「表にでて、大丈夫かな?」
「いえ、大事を取るなら、ここで迂闊に外に出るべきではありません。納めた魔石分のDPが惜しくはありますが、一度失効させて、後程再取得すれば良いのでは?」
「ああー……。まぁ、そうか……」
そこまで実績を残せていたわけじゃないし、再取得後でも十分に取り返せる。また銀貨が必要にはなるが、懐はそれなりに暖かい。銅貨が多すぎてちょっとお金が邪魔なくらいだ。
強いていうなら、下水道に行けないのがちょっと勿体ないかなと思える。こうして、誰も侵入しない以上、DPが入ってこない。僕が囮になる事もできないので、維持DP分減る一方だ。
だから、下水道に行って少しでもDPを稼いできたかったというのに……。
「あ……——」
そういえば、下水道って意外とここから近いんだよなぁ……。
「——いい事考えた……!!」
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