第42話 物理的に狭き門

 下水道を、ウチのダンジョンに取り込む。


 その提案を、グラに伝える。セールスポイントは以下の通り。

 町外れの下水道は、下級、中級の冒険者や、浮浪者が集まる。人でごった返す程ではないが、とてもではないが出入りする人間の顔貌を、いちいちチェックなんてできないだろう。

 つまり、この状況でも外に出られるわけだ。できれば、誰が、なんの目的で僕らを狙っているのか、情報収集をしたい。

 人間の老廃物からも、ほんの少しではあるがDPが回収できるし、なにより下水道内では、人間を含めた多くの生き物が殺し合っている。しかも、ネズミ系のモンスターの肉は、不衛生で食えたものではない為、大抵は投棄されるんだとか。この肉からも、生命力を吸収できる。

 つまり、他所から勝手にDPを持ってきて、ダンジョンに供給してくれるわけだ。しかも定期的に。この安定感は、ダンジョンにとっては嬉しい。

 最後に、もしかすれば依代に必要な大量のDP問題が、解決できるかも知れない。


「どうかな?」

「そうですね……」


 グラはしばらく黙考したが、やがて当然の事のように問題点を指摘してきた。それは以下の通り。

 まず、人間にダンジョンの存在が露見する可能性。

 下水道はたしかに近場にあるが、直線距離で五〇〇メートル程度は離れている。そこまでダンジョンを延伸させる過程で、我々の存在に気付かれるリスクは一定以上ある。

 次に、下水道側から外敵に侵入される可能性。

 これには、人間もモンスターも含まれる。下水道側から侵入が可能になると、どこに道を作るかにもよるが、現在あるダンジョンの防衛機構が丸々無駄にもなりかねない。

 最後に、モンスターのDP吸収問題に関しては、なんの解決案も示されていない点を指摘された。

 以前グラが説明した通り、受肉したモンスターは大気中や地中からエネルギーを補給している可能性がある。そのせいで、DPを搾取される恐れがあるのだ。


「メリットとデメリット、どっちが大きいかな……」


 判断がつかないのでグラに聞いてみたが、彼女も彼女で曖昧に口籠もる。


「そうですね……。たしかに、こうして待ち構えるだけでいいのか、というのは疑問です。ここは人間どもの町の中ですから、向こうに補給の心配はないでしょう。持久戦は、完全にこちらが不利です」

「だよねえ。その場合、こっちが餓死する可能性って結構あるよね?」

「はい。ですので、いまのうちに対抗手段を講じておく、というのは悪い事ではありません。なにより、DPを安定供給できる手段というものは魅力的ではあります」

「だけどなぁ、言われて気付いたけど、たしかにモンスターがどれくらDPを搾取するのかってのがわからないと、むしろ維持費が増える可能性もあるんだよなぁ……」


 それでは本末転倒もいいところだ。

 たぶん、一匹一匹の搾取量は、そんなに多くないと思う。多かったら、仮説じゃなく実証されているだろう。でも、そんな曖昧な憶測に命をかけられるかと問われるとなぁ……。

 そうだな……、まだ二日ある。一応、実験しながらやってみて、無理なら諦めよう。


 そんなわけで、約三四時間後ダンジョンのミラーハウスの一角から、下水道に通風孔が通じた。子供一人が通れるくらいの、非常に狭い通路である。


「三〇分ごとに七・五メートルずつ進めていくの、結構大変だったな」

「この狭さですからね」


 僕ですら、匍匐前進でないと進めないような場所だ。ここを、大人の冒険者が進むのは無理があるだろう。

 それから、その通風孔内に【誘引】の装具で、ネズミのモンスターを誘い込むと、眠らせてから出入り口を閉じる。そこから後退して、ミラーハウス部屋にもどってから、こちらの通風孔も閉じる。

 これで、モンスターが本当にDPを吸収しているのか、するならばどれくらいなのかもわかる事になる。


「こんなに簡単なのに、これまでのダンジョンは調べなかったの?」

「これまでのダンジョンは、内部にモンスターを多数配置していたのでしょう。そのせいで、モンスターを維持するDPと、モンスターに搾取されるDPを区別できなかったのだと推察します。いまの我々のダンジョンには、モンスターがいませんから、仮説を実証するにはうってつけでしょうね」


 なるほど。それはたしかに、他のダンジョンは実験したがらないだろうな……。モンスターがDPを吸収するかどうかを調べる為に、防衛戦力を完全に放棄しないといけないんだから。


「あれ? そういえば、いまはドッペルゲンガーがいたん——あ、実験のせいで、死んでたか」


 ドッペルゲンガーたちの尊い犠牲の末に、グラの依代を作成する目処がたったので、彼らには感謝している。それはそれとして、ミラーハウスにドッペルゲンガーはハマり役すぎるので、あとでもう一、二体は作っておこう。


「どんなもんかね?」

「いまのところ、DPは減っていませんね」

「一DPも?」

「はい。まったく吸われてはいませんね」

「ふぅむ?」


 てっきり、呼吸のように少しずつ周囲からエネルギーを吸収しているのかと思っていたが、違うのだろうか。時間が経過すると座れる? しっくりこないなぁ。

 四時間後。


「減りませんね……」

「そのようだね……」


 DPの数値は微動だにしなかった。どういう事?



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