第36話 暗闇の貯蔵庫
書斎の次の部屋は、
ダンジョンコアである僕らは、貯蔵庫を必要としない。ゆえにこその死蔵であり、室内は空っぽである。
真っ暗闇の貯蔵庫に、次々侵入者が入ってくる。中の暗さに、幾人かが明かりを取ろうとし始めているが、それが功を奏す事はないだろう。
この部屋には属性術の【暗転】が施され、あえて暗闇の
属性術というのは、幻術や魔導術と同じく【魔術】の一種だ。地球の現代人が、魔法とか魔術とかのワードで真っ先に連想するであろう、炎だの風だのを操る術理である。
この【暗転】も、闇に属する術らしい。といっても、幻術を優先して覚えていっている現状で、それがどういうものなのか、僕にはさっぱりなのだが。
だが、それでもわかっている事もある。この闇が、光を奪うという性質を持っている点は、きちんと認識している。それこそが、この【暗病の死蔵庫】の真骨頂なのだから。
案の定、明かりはほとんど、その存在意義を発揮しない。光源の近くをぼんやりとは照らすものの、そのか細い光は圧倒的な暗闇に呑まれていく。周囲を確認する役には立たない。
次第に侵入者たちは、怯えたように辺りを見回し始める。だが当然、首を巡らせたところで、そこにあるのは真っ暗闇だ。
——そして、この部屋の本当の意味での罠が、発動する。
クソ、クソ、クソッ!!
なんだってんだ、この地下室はッ!?
俺ぁただ、兄貴にガキ一人拐ってこいって言われただけだ。
これまでに、ウチの下っ端と、アーベンのとこの人攫い部隊が失敗してるってんで、十分に兵隊は集めた。満を持してそのガキが住んでるっていう廃墟に詰めかけたんだが、ガキは見当たらねえ。しばらく家探しをしていたら、なぜか地下に向かった連中が帰ってこねえ。
そんで、さらに地下に人を入れたら、なんと罠でほとんど死んでやがった。慌てて、全員でその地下室に向かったが、それは失敗だった。地下が狭え。
しかし、下っ端連中の目がある。ここで、狭さを理由に地上に戻るってのは、臆して安全圏に逃げたと舐められかねねえ。
だから先行組と後行組、半分に分けて地下室の探索をさせた。慎重にやらせたにも関わらず、やはりばったばったと死んでいく。
クソッ! 冒険者崩れの連中でも、連れてくればよかったぜ。
ようやくガキを見つけたという報告に喜んだ直後、先行組がほとんど全滅した。これを聞かされたときには、生き残った二人を怒りに任せて殴り付けるところだった。なんとか抑え、労ってから怯えるその二人を地上に戻した。
後続の三〇人のうち、十人を残してさらに人を送り込む。これには難色を示すヤツもそれなりにいたが、探索に俺も加わる事で黙らせた。そして、最後の十人は、ガキを見付けたら俺たちの加勢に、逆に俺たちも他の連中と同じような末路を辿ったら、ファミリーに報告する為、一目散に逃げろと伝えている。
勿論、さっきみたいにガキを見付けても幻影である可能性もある。その場合は、十人をさらに半分に分けろと命令した。本当の本当に最悪でも、五人と地上に残した二人は生き残るって寸法だ。
まさに決死の覚悟で、俺たちは幻影の部屋を抜け、次の部屋の扉を開いた。
そこは真っ暗闇の部屋だった。罠がある可能性を考慮して、慎重に進む。床の下に地面があるか、壁や天井に罠はないか、二〇人の配下たちに調べさせる。各々が暗闇に消えていく。
俺は、入り口のドアの前で待機だ。
クソ、暗ぇ。俺は腰の火口箱を開け、明かりを取ろうとする。だが、薪をささがき状に削ったフェザースティックに付いた火の灯りは、この暗闇ではなんの役にも立たない。
精々、俺の手や胸辺りをぼんやりと照らすくらいで、室内を全然照らそうとしねえのだ。前後左右に加え、上下も警戒しなきゃならねえこの化け物屋敷で、それらが一切見通せないってのは、肝が太えと評判の荒くれでも、ビビるものがあるのだろう。
俺と同じように、明かりを取ろうとしたヤツのファットウッドやランタンが、暗闇のなかにポツポツと見えるが、やはりそれも小さな明かりで、当人の顔半分くらいまでしか照らしていない。いっそう不気味だ。
クソ、クソ、クソッ! このヤマが片付いたら、絶対兄貴を怒鳴りつけてやる。上役だからって、これはあんまりな命令だった。既に五〇人近く死んでるんだ。他の兄貴集や、叔父貴、親分だって文句は言わねえだろうさ。
「ふふふ……」
そんな事を考えていたら、不意に耳元で声がした。バッとそちらにフェザースティックを向けるものの、その頼りない明かりはなにも映さない。
ガキの声? もしかして件のガキは、この暗闇に乗じて、こちらに攻撃を仕掛けてくるつもりか?
俺は腰から剣を抜き放ち、周囲を警戒する。いや、にしたって、あの声は近すぎなかったか?
「あ、兄貴! なんかいます! こ、この部屋、なんかいますよ!!」
部下の声がどこかから響く。んなこたぁ、こっちだってわかってんだ。声を出して狙われたくねえ俺は、わかったとばかりに火を振って合図する。
「ひ、ひぃぃいっ!? な、なんだ!? なんなんだよ、これはぁ!?」
チッ、誰かがなにかに遭遇したらしい。だが、このままじゃどうしようもねえ。ただ悲鳴をあげてるだけじゃ、なにがあったか、なにがいたのかもわかりゃしねえのだ。
少し、手下を分散させすぎたか。仕方がねえ。
「おい、どうしたッ!? なにがあったッ!? どこにいるッ!? わからねえと助けにも行けねえぞ!!」
矢継ぎ早に問いかけるも、悲鳴は止む事なく、そこに意味のある音を聞き取る事はできなかった。どころか——
「うぎゃぁああっ!? く、食われた!? う、腕を食い千切られたぁぁぁあ!?」
「あああああああああ!? む、虫が、無数の虫が俺の体をぉおおお!?」
「熱い熱い熱いあづいあづい!! あぢゅいよぉぉぉおおおお!?」
四方八方から悲鳴が響き始めたのだ。
なんだってんだ、この野郎!!
「虫がいたのか!? そいつに腕を食い千切られたってのか!?」
「ああ、そんな……っ! そんな……ッ!?」
「どうした!? おい、答えろ!?」
「い、いやだ!! もう嫌だぁ!! こんな場所、もう懲り懲りだぁ!!」
「た、助けてくれ!! もうあんたにはなにもしない。ファミリーも抜ける! だ、だから、俺だけでも助けてくれ!!」
「ああ……、ああ……っ! 目がぁ。俺の目がどっかいったぁ!?」
「や、やめろぉおおお!? 俺、俺を食べないでぇぇぇえええ!!」
「おい、落ち着けてめえら!! 一旦撤退する。こっちに来い!! こっちが出口だ!!」
俺が、精一杯腕を振り、フェザースティックで円を描く。すると、なにを考えてやがんのか、他の明かり持ちまでも、明かりで円を描き始めた。
「おいバカ!! んな事したら、出口がわかんなくなんだろうが!! 出口はこっちだ!!」
「騙されるな!! 本当の出口はこっちだ!!」
「クソ!! 偽物が混ざってやがる!! おいてめえら!! こっちに来い!!」
「違う!! こっちが本物だ!! こっちに来い!!」
な、なんだって、俺の声が四方八方から聞こえるんだッ!?
目と耳から入ってくるもんが信じらんなくて、俺はしばらく呆然としてしまった。それがどうしようもなく致命的な行為だとも知らずに。
そこからはもう、悪夢だった。
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