第35話 シンプルイズベスト。されどベターの縛りプレイ。

 生き残りの二人は、廊下を逆走して外に戻っていった。これにて、我がダンジョンの生還率〇%の記録は途切れてしまった。

 と思ったら、なんかチンピラがいっぱい入ってきた。全部で五〇人くらいか?

 でもそんなの、普通に吊天井と【一呑み書斎ワンイーター】のいい餌食だ。なにせ、狭い廊下や部屋に身動きできない程なんだからな。

 とはいえ、流石に先行の二人から罠について聞いていたのか、吊天井で仕留められたのは廊下に入ってきた二〇人くらいのうち、粗忽な四、五人だった。残りは階段で待機している。

 彼らは何度もドアを開けようとしては、吊天井を作動させ、物置まで避難して天井を上げてを繰り返していた。


「だけど、それももう限界、だな」

「そうですね。ドアノブを回さなければ作動しないというギミックは、そういう意味では単純すぎます」

「まぁ、そこはホラ、初見殺しみたいなものだしね」


 ウチは、普通のダンジョンと違って、侵入者が何度も出たり入ったりするようなものじゃない。攻略情報なんてものが出回らない前提の作りなのだ。


「たださ、【一呑み書斎ワンイーター】であの人数は、完全に命取りだよ」

「それはそうでしょう。矢を避けるスペースを、自分たちで潰しているのですから。まぁ、自業自得という事です」

「あ、書斎入ってきた」


 ゾロゾロと書斎に入ってくる侵入者たち。僕は机に突っ伏して寝たフリをしながら、書斎の様子を確認する。

 本当に、すし詰め状態ってくらい入ってきたな。あ、寝こけている幻影に声かけてきた。でもまぁ、別に起きてやる必要はないか。

 そろそろ部屋がいっぱいだってのに、まだ入ってこようとしてるよ。あ、ヤバい!

 僕は足元のスイッチを押し、落とし穴を発動させる。ばっくりと口を開いた穴に、幾人もの男たちが消えていった。


「って、ああっ!?」

「生き残りがいますね。矢を使わずに一網打尽にしようとしたのが悪かったのでしょうか?」

「いや、矢を射かけて混乱されたら、余計生き残りが増えたと思うよ」

「それもそうですね」


 なんと、早くも【一呑み書斎ワンイーター】の足場が、侵入者に見付かってしまった。

 というのも、入ってきた人数が多すぎて、仲間に押されて躓いた男が、幻影を突き抜けてしまったのだ。その瞬間、咄嗟に落とし穴を発動したものの、残念ながら部屋に入ってきた十数人近くのうち、二人も生き残ってしまったのだ。

 二人は半ベソになりながら、廊下を駆け戻っていく。後続の三〇人に合流し、書斎のギミックを説明していた。

 あーあ、ネタバラシされちゃったよ……。これだから、生き残りは出したくなかったんだ。

 そうだな……。今回の襲撃者たちを撃退したら、階段や廊下、あとせっかく作った部屋だが、書斎も模様替えしよう。タネの割れた手品に、命を懸けられるはずがない。


「勿体ない!」

「そうですね。ですが、今後なにかに利用できるかも知れませんので、取っておいたデータは保管しておきましょう」

「そうだね。絶対に、【一呑み書斎マークII】を作ってやる!!」


 くそぅ……。これから大事に大事に育てていこうと思った罠だったのに……。マークIIは、部屋に入る人数を制限できるようにしよう。


「それはそれとして、こうして実際にダンジョンを作り、侵入者を撃退して初めてわかった事がある」

「わかった事、ですか?」

「ああ。普通のダンジョンを作る場合、下手にギミックに凝ったものを作るより、モンスターを防衛の主軸において、罠はその補助として配置するのがいい」

「ふむ……。その心は?」

「一度攻略法がバレちゃったら、ほとんど防衛機構として意味を成さなくなる仕掛けと、単純に数と力で押すモンスターなら、後者の方が冒険者にとっては厄介だと思うんだ」

「なるほど、その通りですね」


 長い迷路の内部に、無数のモンスターを徘徊させ、侵入者を惑わし、遅滞させ、忘れた頃に罠が発動し、撃退する。単純で、スタンダードなダンジョンだが、防衛としてはこれが最適解といえるだろう。

 変に凝った作りにすれば、その分弱点もできる。逆にシンプルなものは、シンプルであるがゆえに弱点というものが少ない。ただモンスターが多く徘徊する場所の攻略法は、単純に強くなる事くらいだろう。

 ダンジョンは、スタンダードな形が一番強いというのを、僕は実際にダンジョンを作って実感した。


「まぁでも、いまの僕らの現状じゃ、意味があまりない理解だったけどね。そのスタンダードな手段が取れないんだから」

「モンスターを配置できない、というのはかなり厄介な縛りですね……。いっそ、受肉しかけたものは殺処分する前提で、配置してみましょうか?」

「いやいや、なに言ってんのさ。地下室に罠があるくらいならまだしも、モンスターまでいたらここがダンジョンだってバレちゃうだろ」

「それもそうですね」


 僕らのダンジョンは、ダンジョンだと知られたらおしまいなのだ。現状、既にかなり厄介な事になってはいるが、それでも侵入者対策と言い張れなくもない。

 だがここにモンスターがいれば、もう言い訳なんてできやしない。どう言い繕っても、それはもうただのダンジョンである。

 だから、最善ではないまでも、次善の手段としてギミックで一網打尽にするのだ。でなければ、この命が危ない。

 僕は改めて、侵入者たちに意識を向ける。


 後続の三〇人のうち、さらに二〇人が【一呑み書斎ワンイーター】に侵入してきた。きちんと壁際の足場をつたい、奥へ奥へと進んでくる。

 やがて、隣の部屋への扉を発見されてしまう。

 ううっ、ここまで侵入された事で、命の危険に緊張する。先程まで僕らがいた部屋に、一人、また一人と、侵入者——敵が入ってくるのだ。もしも部屋を増やしていなければ、僕はあの部屋で敵と対峙しなければならなかったのだ。

 不安から、ついつい小剣の大王烏賊の柄を撫でてしまった。


 さて、即席で考えたギミックだが、上手くいくだろうか……。



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