第27話 人呑み書斎

「はぁぁぁあああ……」


 僕は盛大にため息を吐きながら、壁にあるボタンから手を離した。

 なんというか、これまでの殺しと違って、これは自ら手を下したって感じで、胃がズシっと重くなる。

 このボタンを押すと、隣にある部屋の床の八割くらいがパカりと開いて、落とし穴になる。侵入者たちは、この隣の部屋、さっきまでダンジョンの最奥だった部屋から奈落へと消え、その生涯を終えた。


「……ぁぁあああぁぁ……」


 もはや呻くように息を吐き続ける僕。気分が悪い。


『自分は特別な人間だとでも思ってんのかッ!?』


 モッフォとかいう、西洋版仁王像の言葉が、頭のなかをぐるぐると巡る。それが、僕の心のデリケートな部分を、無神経に掻きむしるのだ。

 自分を特別だと思った事はないが、自分の境遇は特別なものであるというのは自覚している。そんなものは、自我を持ったまま転生した段階で、重々承知のうえだ。いまさら、あの男に言われるまでもない幸運だった。

 僕の能力に、特別な部分などない。むしろ、一般的なダンジョンコアとしては、基礎知識を有していない分、平均をだいぶ下回っている自覚はある。

 しかも、生まれた場所はダンジョンを討伐しようとする人間の町のど真ん中。死地だって、ここよりはまだ安全圏だ。

 生まれ変わってこの方、決して平穏に生きてきたわけじゃない。むしろ、ギリギリの綱渡りを、なんとかここまで渡り切ったという思いである。

 だから、特別云々はどうでもいい。


『人間だとでも思ってんのかッ!?』


 僕はダンジョンコアだ。一週間飲まず食わずでも平気だし、一日二四時間勉強したって体を壊す事はないし、ついでにパンツを変えなくても汚れない、ダンジョンコアだ。いや、毎日洗濯して履き替えてるけどね。

 あの男に言った通りだ。いい加減、僕にも人間ではない自覚、というものが芽生え始めている。だから、殺人に対する忌避感は、以前よりもずっと薄まっていると思う。

 そう、僕はダンジョンコアだ。


『人間だとでも思ってんのかッ!?』


 うるさい。


「ショーン、大丈夫ですか?」

「うん? ああ、大丈夫。いやぁ、流石は六級だよね。まさか、ボルトを全部弾くとは思わなかった」


 僕はヘラヘラと笑いつつ、隣の部屋に続く扉に手をかけた。

 扉の先にあったのは、落とし穴の上に浮かぶ机や絨毯、そしてまるでドアでも開けるような姿勢で固まっている僕の姿だ。


「これが幻術かぁ。いずれ、僕もこんな幻影を作れるようになるのかな?」


 当然ながら、木材のない僕らのダンジョンで、ご立派な本棚だの机だの、もっといえば剥製だの絵画だのが、あるはずもない。それらは全部、幻だ。

 いま僕がいるのは、幻の本棚の中である。壁際に僅かな足場が残ってはいるものの、外から見ればそこは足場には見えないだろう。

 この一見雑然とした空間は、この壁際の足場に侵入者を近付けさせない為にもある。勿論、第一の目的は矢の射出口をカバーするというものだ。

 絵画も剥製も本棚も幻なので、当然矢は貫通する。それは、僕の虚像もそうだ。

 あのモッフォという六級冒険者も、僕を貫通して飛来した矢に射抜かれて、驚いている間に落とし穴に落ちた。


 そう、この部屋のギミックは、すべては落とし穴から注意を逸らす為のものだ。


 壁に仕込んだ、矢を射出する罠で前後左右を警戒させ、さらには僕という幻影がぺちゃくちゃお喋りをして注目を集める。自然、足元に対する注意は散漫になる。

 一度に大人数を相手にできる、僕らのダンジョンの新たなる罠——【一呑み書斎ワンイーター】だ。


「なまじ、【魔術】なんてものがある世界だ。空を飛ぶ術や、落下速度を軽減させるアイテムなんかもあるかも知れない。だからこそ、落とし穴に落とすときは、そんな対処が間に合わないくらい、敵の注意を他所に引きつける」

「たしかに、それは注意しておくべきでしょう。【魔術】の内、属性術や転移術ならば、そのような対処は可能でしょう。ですが、無数の矢が飛来し、混乱の渦中で平然としたショーンが佇み、そして【忿懣ふんまん】の幻術に侵された精神で、不意の自由落下に対処するのは難しいでしょう」


 そう、この部屋には矢と幻影以外にも、もう一つ罠が仕込んである。


「【忿懣】……。それも、幻術の一つなんだよね?」

「はい。【忿懣】は対象をイライラさせるという効果しかありませんが、広範囲多数の相手にも使用可能な、使い勝手のいい術です。幻術は、言ってしまえば対象の認識を錯覚させるだけの術ですが、対象の意識に干渉する術でもあるのです。怒り、悲しみ、喜び、焦燥、恐怖など、強い感情を煽り、それを元に幻術をかけるという、二段階の使い方がスタンダードといえるでしょう」

「うん、ちゃんと覚えてるよ。その分、こういう【一呑み書斎ワンイーター】みたいな、誰にでも見えるような幻を作るのは、難易度が高いんだよね?」

「その通りです。良く勉強していますね」


 それはもう。誰かさんのおかげで、みっちりとね。


「グラ、僕は会話に集中してたから数えてなかったんだけど、射った矢の本数はちゃんと数えてくれた?」

「勿論です。今回のデータも含め、いずれは一定数の矢が放たれたら、自動で落とし穴が作動する仕様にしたいですね。できるなら、幻影もショーンの操作が不要になればなおいいです」

「そうだね。ダンジョンを広げていく事を思えば、いつまでも僕らが隣の部屋にいられるわけじゃあないからね」


 ぶっつけ本番ではあったが、【一呑み書斎ワンイーター】は問題なく稼働した。これから、この部屋を訪れる侵入者のデータを使って自動化したら、かなり有用な泥棒対策となってくれるだろう。


 もう、いちいちああいう連中の相手とか、したくないしね……。



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