第28話 楽しい楽しい、ダンジョンツール開発

「さて、期せずして、というわけでもないけど、これで十二人分の生命力が手に入ったわけだ。結構余裕がでてきたね」

「はい。だからこそ、一気にダンジョンを拡張できない現状はもどかしいです」


 淡々とした声音で、しかし心底悔しそうに言うグラに苦笑する。


「焦らない焦らない。探知のマジックアイテムが使われるのは、それなりに先だって話だ。性急に事を進めず、一日一部屋くらいの速度で広げていこう」

「そうですね。それに仮称ダンジョンツールの開発も、いまの内に進められるという利点もあります」

「ああ、それもあったね。その事だけどさ、UIユーザーインターフェースを作るなら、まず必要な事があるよね?」

「必要な事ですか? 私には、術式の開発以外に、特に必要なものは思い付かないのですが?」


 どうやらグラは、術式システムを作る事に専念しすぎるあまり、作ったあとの事をあまり考えていないようだ。


「いやさ、いまのままだと、保有している生命力の残量が曖昧じゃん。いや、体感でそれなりにわかるようにはなってきたよ? でも、半分オートでダンジョンが作れるようになったらさ、このままだと良くないと思うんだよ」

「ふむ。それはたしかに」


 画面をポチッとしたら、思った以上に生命力を消費して、そのままポックリ、なんて事になりかねない。そうでなくても、ダンジョンは日々の維持にも生命力を消費するのだ。

 なんとなくで生命力を運用していたら、絶対どこかで支障をきたす。その危険は、解消しておきたい。

 その為に、ダンジョンツールを開発する前に必要なのが——


「残存生命力のだ!!」


 現有の生命力を、理解しやすい単位で表記する。これで、人間何人分だとか、あと何週間分といった表現から解放される。


「なるほど。それは妙案ですね。基準はどうします?」

「ほら、石に文字を書くのにも、生命力を消費するって言ってたでしょ? その一文字分を、一と定義するのはどうかな?」

「いいかも知れませんが、そうなると表記する数値が膨大になりますよ? 現在の保有生命力を表す場合でも、百万単位になります」

「うわ、それはデカいね……」


 どうしようか。数字に強くない僕は、大きな数字はそれだけでこんがらがりそうなんだよね。しかも、五〇人にも満たない人間から得た生命力を表記するのに、百万を超える数値になるのだ。最終的に、兆の単位すら超えるインフレを起こしそうで、非常に不安である。

 もしそんな数値を管理しなければならないとしたら、ただでさえ少ない頭の容量を、勉強で圧迫している現状では、詰め込みすぎてパンクしてしまう。さて、どうするか……。

 そういえば、似たような話を聞いた覚えがあるな。それに倣おう。


「わかった。そこは一〇〇〇ポイントを一KPキロポイント、一〇〇〇KPを一MPメガポイント、一〇〇〇MPを一GPギガポイントで表記しよう」


 これなら、現代っ子の僕でも数値の把握に支障はない。厳密にデータ容量と同じくするなら、一〇二四ごとに繰り上げるべきなのかも知れないが、そこはわかりやすさ優先って事で。グラの術式が、二進数でできているなら別だけど。

 さらに上のTPテラポイントまで使えるくらい、余裕のある生き方をしたいもんだ。問題は、僕がテラの上の単位をど忘れしてしまっている点だ。

 なんだっけー……。ペンギンってキーワードで覚えてたはずなんだけど……。

 一つ上のエクサや、そのさらに上のゼタは覚えてるってのに!!


「なるほど。いいですね。では、単位はポイントでよろしいですか?」

「どうせなら、そこも前例に倣おうか」

「前例、ですか?」


 そう。こういう物語では定番の、あの数値だ。

 これからは、残存の生命力をdungeon pointと表す事が決まった。略してDPディーピーである。


「それで? 現有DPを数値化すると、どんなもんになるんだい?」

「少々お待ちください。一文字を一DP換算で、残存生命力量を再計算しています。……終了しました。約三・七MDPメガディーピーです」

「うん、なるほど?」


 正直に言おう。ピンとこない。三七〇万DPの方が、わかりやすかったかも知れない……。

 いやいや、こんなカツカツな現状ですら、三七〇万もの数値になるのだ。食べたのなんて、二〇人かそこらだというのに。

 結構消費してもいるので、一人当たり約二〇万DPという事ではないだろうし、個人差も大きいらしい。だが、これで百人超えるような人数を捕食したら数千万超えるし、長期運用を考えたら確実に億に届く。

 しばらくは、この方法でやってみよう。なに、ダメならまた改善すればいいだけさ。


「っていうか三七〇万文字の書き取りしたら、僕死ぬの?」

「いえ、連続で文字を書き連ねる場合、それ程多くは消費しませんよ。あくまでも、一文字を書く為の生命力から、この数値は算出されています」

「ああ、なるほど」


 普通の百メートル走と、十メートルごとにクラウチングスタートし直しながら百メートル走るのと、どちらが疲れるか、みたいな感じかな。

 どうやらダンジョンは、コンピューターのようには動かないらしい。まぁ、当然か。生き物だもんね。


「さて、じゃあ現在の一日の維持DPや、服や靴なんかの日用品を作る際に必要なDP、提灯鮟鱇なんかの装具を作る際のDPも算出しておこう。目安になる」

「それはいいですね。ですが、装具には魔力の理を刻むのですから、消費するのは生命力ではなく魔力になります。表記はどうします?」

「あ、そっか。どうしよう? 差別化した方がいい?」

「そうですね。魔力は生命力から生成され、効率的な運用が可能となるエネルギーです。やはり、別の単位があった方がよいのではないかと」

「そっか。そうだよね……。どうしよう、MPでいいのかな?」

「MDPに似ていますね。混同する程ではありませんが」

「だよねぇ……」


 あーでもないこうでもないと試行錯誤しているうちに、時間は過ぎていく。夜もとっぷりと暮れた頃、新たに黒ずくめの連中が侵入してきて、熱中していた事に気付いた。

 いつの間にか、沈んでいた気分もだいぶ良くなっている事に気付く。やっぱり、ダンジョンツールの開発は楽しい。


 まぁ、これからまた気分の悪くなる作業が待っているのだが……。

 この日は、黒ずくめの他に、数人のチンピラまで侵入してきて、合計二一名の生命力をDPに変換した。



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