第29話 スライムは中級者向け

 翌日、冒険者ギルドに五個の魔石を納入して、今週分のノルマをこなしておく。報酬ももらったが、正確な額の報酬なのかどうかはわからない。

 全部銅貨ならまだしも、銀貨に両替もしてくれているのだ。銅貨と銀貨の交換レートが半端すぎるうえ、今日の相場も知らない為、ちょろまかされていたとしても、気付かないだろう。

 まぁ、お金を使う機会もそう多くないだろうから、別にいいけどね。それに、逆に銅貨だけだったとしても、重すぎるので勘弁して欲しい。

 そして、なんか知らんけど、隣のおじさんにすごいビビられた。白昼堂々お化けが歩いてたって、あんなに驚かないだろ。


「ショーンさん、昨日はなにもありませんでしたか?」


 昨日に引き続き、セイブンさんに応対してもらったのだが、報酬のを受け取るとすぐさまそう問いかけられた。意図は言わずもがなだろう。


「いやまぁ、追いかけられましたが、なんとか撒きましたよ」

「そうでしたか。できれば、ショーンさんが狙われない方法も模索できれば良いのですが、ギルドとしてはなかなか……」

「いえいえ、それは自己責任の範疇でしょう。こうして、マジックアイテムを付けている弊害なんですから」


 そう言って、提灯鮟鱇を掲げる。なんだか、この派手さにも慣れてきたな。万一暴漢に掴まれても、右手をちょいと振れば、逃げる時間くらいは稼げるので安心感がある。護身用の装備としては、かなり優秀だ。

 まぁ、それなりに有名になっちゃったので、知っている人間はまず右手を拘束してくるだろうけど。


「今後も、お気を付けください」

「はい、ありがとうございます」


 セイブンさんはどうやら、他の下級冒険者よりも、少しだけ僕に目をかけてくれているらしい。まぁ、チンピラと同列に扱われたら、それはそれでショックだったので、ご厚意はありがたく受けよう。


「それにしても、あの資料にはちょっとガッカリしました。ダンジョンの事がほとんど書かれていないじゃないですか」


 話題を変える為に僕が文句を言うと、セイブンさんは柔らかく微笑む。


「いえ、本当に基本的な事ではありますが、暗い事、広い事、モンスターが出現する事等、必要な事項が記されていたはずです。中級にあがりたての方は、そういう基本的な情報すら調べずに探索する場合も多く、職員は事前にきちんと注意を促すよう、ギルドでは取り決められております。まぁ、たしかにダンジョンの事を調べる役には立ちませんが、これすら知らずして、ダンジョンを調べる事などできるはずもありません」

「まぁ、それはおっしゃられる通りでしょうが……」


 たしかに、基礎の基礎も知らないようなヤツに、重要な資料を閲覧させるわけにはいかないだろう。理屈はわかる。理屈はわかるんだけど、それでもやっぱりガッカリしたんだよ!


「そういえばショーンさん」


 だが、そんな心情を吐露する隙もなく、セイブンさんに話を変えられてしまった。いやまぁ、吐露するつもりはなかったけどね。


「もしかして、先程の魔石は壁外で入手されたものですか?」

「壁外?」


 というのは、字面的には町を囲う隔壁の外という意味だろうか? ここアルタンの町は、高さ三メートルくらいの、石積みっぽい壁に囲まれている。遠目からしか確認していないので、本当に石積みなのかはわからないが。


「違いましたか?」

「それは壁の外という事ですよね?」

「はい」

「その言い方だと、壁の外に出ずとも、魔石を得られる手段があるのですか?」

「ええ、その通りです。そういえば、説明しておりませんでしたね。十級冒険者が主な狩場とするのが、壁外の野原や山林か、町内の下水道となるのです」

「下水道……」


 そんなものがあるのか……。思ったよりも、高度な施設があるのだなと感心したが、浄水施設などはなく、単に汚水を森にある盆地に垂れ流す為のものらしい。

 いやまぁ、汚染しないよう、川から離れた場所に流すのは、まだマシなんだろうが、結果として森に汚水の沼ができてしまっているので、どっちもどっちだろう。


「ギルドでは、初心者の方には、下水道での狩りをお薦めしております」

「それはどうしてです?」

「下水道の排出口には、外部からモンスターが入り込まないよう、柵がされているのです。しかし、幼体の段階では、普通に通り抜けられる程度の隙間があります。成体でも、種類によっては入ってきますね。そういったモンスターは、討伐の際の危険が比較的少ない為、初心者の方にはお薦めしているのです」

「なるほど。その他の大型なモンスターに遭遇しにくい、という事ですか」

「はい。ただ、下水道には粘体系のモンスターも出没するので、遭遇時はできれば逃げてください」


 そういえば、繁殖力の強いモンスターとして説明されていたな。粘体系といわれて、勝手にスライムを想像していたんだが、合っているのだろうか?


「粘体系は、下級冒険者には任せられないのですか?」

「そうですね……、依頼を受けられるのは八級からとなりますが、やはり安全を考慮すれば七級冒険者からになるでしょう。一人でいる際に取り付かれると、対処が非常に厄介なのです」

「ふむ」


 スライムにまとわり付かれて、剥がそうにも手が沈んで剥がせない、みたいな事だろうか。でも、他に人がいると、どうにかなるというのがよくわからない。


「粘体系のモンスターを倒すには、砂や塩等の、細かい粒を被せると効果的なんです。取り付かれた当人だと、場所にもよりますが、上手くかけられなかったりします」

「え?」


 それってナメクジなんじゃ……。粘体って、そっち……?

 うまく砂をかけられないってのは、顔だったり背中だったりに取り付かれた場合、という事なのだろう。しかし、そんな対処法が確立されているなら、すぐに根絶させられるんじゃないか?


「じゃあ、壁外で砂を集めて、下水道の粘体に撒けば、安価で楽に倒せるのでは?」

「一体の粘体に対処するのに、それなりの量の砂が必要なんです。具体的には、大きめの皮袋一つで、ようやく一体に対処できるという程度です。それに砂地となると、遠方にある荒野まで足を運ばねばなりません。あまり安価という程には手に入りません」

「ああ、なるほど」


 壁外の地形を山野と評したのだから、そこには草木が茂っているのだろう。当然、地面は土だ。

 乾かして砕けばいいとも思うが、その為に、地面を掘り、土を雨風のしのげる場所に移し、水分を完全に飛ばすまで乾かしと、手間と保管場所の確保、そこにかかる人件費を思えば、別に安価でもない。

 荒野から砂を運ぶのも同様だ。ただ、こちらは短時間で確保できるメリットもある。


「下水道に粘体が増えた場合は、そうして砂を集めて対処しています。少量であれば、壁外の山野を探せばそれなりに手に入ります。個人で使う程度の砂を確保するのであれば、問題はありません。ただし、街道の表面などを勝手に浚ったりすると、商人に苦情を入れられるので、やめてくださいね」

「はい。当然ですね」


 街道を穴ボコだらけにしたら、町の流通にも悪影響を及ぼしかねない。大顰蹙を買う事になるだろう。

 まぁ、砂の確保くらいなら、どうとでもできる。ダンジョンを掘る際にでてきた土砂から、砂を分けて取り出せばいい話だ。


 どうやら、不良在庫だった土砂にも、使い道が見つかったようだ。なお、土の利用法はいまだ目処が立たない模様。



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