第30話 下級冒険者の、臭い登竜門

 冒険者ギルドをあとにした僕らは、一応下水道とやらに向かう事にした。

 今回はなんとかうやむやにできたが、次にセイブンさんに魔石の出所を訊ねられた際にも、誤魔化されてくれるとは限らない。まぁ、最悪買った事にすればいいのだが、ギルド内での評価が下がるので、それは最終手段である。

 きちんと現場まで足を運び、ちゃんと狩りをしていますよとアピールしておこうと思うのだ。謂わばアリバイ工作のようなものだ。

 これからも、週一くらいで顔を出しておこう。まぁ、勉強優先だけど。あ、あと、壁外にも一度行っておこう。まぁ、それは今日でなくてもいいけどね。


「でもその前に、ダンジョンに戻って砂を調達しよう」

「粘体対策ですね?」

「そう。転ばぬ先の杖だね」


 とはいえ、粘体一体に対して大きめの皮袋一つが必要らしいので、そんなに多くは持っていけない。この点も、単独ソロが多い下級よりも、パーティを組んでいる中級の方が、粘体退治に向いているとされる理由だろう。一人で持っていける量には、限界があるだろうし。


「であれば、下水道対策も必要なのではありませんか?」

「下水道対策?」


 対策なんて必要かな? 聞いた話じゃ、下水道は現代地球のものとは違って、一本道で入り組んでいるというわけでもない。中にいるのは、粘体を除けば、それ程危険じゃないモンスターか、そうではない動物や虫ばかりだそうだ。

 もしかして、有毒や可燃性のガスが充満しているとか?


「いえ、普通に臭いので、その対策が必要かと。要りませんか?」

「あ、うん。要る。超要る」


 そうだね。臭い対策は必須だよね。


「あ、だったらさ、DPに余裕ができたいま、作って欲しい装具があるんだけど」

「ほぉ、素直に欲しいものをねだるというのは、ショーンにしては珍しいですね。どのようなものです?」

「その前に、ダンジョンの外からモンスターや生き物をダンジョンに入れて、それから〆てもDPにはなるんだよね?」

「当然です」

「うんうん。じゃあさ——」



 そうして一回帰って、やってきました下水道! 臭い!! まだ中に入っていないというのに、本当に臭い!!

 場所は職人なんかが住む工房街と呼ばれる一角とスラムの中間地点のような場所だ。町中から集まった汚水が、一つの水路に流れ込み、そこから壁の外に向かって地下を流れていく。

 そんな下水道の周りには、結構人が多かった。見るからに下級の冒険者は勿論、中級っぽい格好の冒険者や、逆に浮浪者紛いの格好の者までいる。

 どうやらこの下水道では、冒険者だけでなくスラムの住民も獲物を狩るらしい。魔石は、冒険者でなくても、冒険者ギルドで換金してくれるしね。

 だったら冒険者になればいいとも思うが、そうもいかないのだろう。登録料は借金もできるらしいけど、怪我でもして一週間動けなくなったりしたら、ノルマが果たせず資格が取り上げられてしまう。

 コンスタントに狩れないようなら、スラムの住民にとっては、冒険者という身分の他に得られるもののない登録は、重荷でしかないのかも知れない。


 つらつらとそんな事を考えながら、僕は階段を降りていく。

 既に、グラに作ってもらった装具、【魔術】の一種、結界術の【害気障壁】が付与された赤銅色の指輪を左手の小指に嵌めているので、臭気対策は万全である。

 装具——マジックアイテムは、長時間接触状態にあると、動作不良を起こす。だから、指輪の装具を作るなら、小指、中指、親指のサイズで作るのが、装備数を考えれば最適だ。ただ、そこまで多くなると、今度は手を使った作業に支障をきたす可能性もある。最悪、指輪のせいで剣を取り落としたりして危険だ。それでは、身を守る為に装具を作ったというのに、本末転倒だろう。

 なので左手の小指に付けている以外、今回は指輪は作ってもらっていない。では、僕がお願いした装具はなにかといえば、イヤリング、である。

……いや、たしかに二つ欲しいとは言ったし、だったらイヤリングってのもわかるけどさ。男がイヤリングってのは、かなりチャラいよ……。まぁ、そんなの、両手に指輪をしていて、右手のはアーマーリングな時点でいまさらではあるのだが。

 ただ、転生したときに、なぜか髪が伸びていたので、そこまで目立つという事もないだろう。

 そんなわけで、武装というよりおめかしをしたような形で、僕は下水道を歩いていく。


「おっ、でかっ!?」


 当て所なく歩いていたら、早速モンスターにエンカウントした。なんかカピバラみたいな動物が飛び出してきたのだ。

 ネズミを相手にするつもりだったので、このサイズは正直ビビる。


「大ネズミですね。魔法や特殊な行動はしてこないので、普通に戦って大丈夫でしょう」

「ふ、普通って。こっちはこれが初戦闘なんだから、普通なんて言われてもわかんないよ!」


 ダンジョンでは、主にトラップが発動するのを見守っているだけなので、あれを戦闘の経験値とするつもりはない。だからこそ、僕の胸はいま、バクバクうるさく自らが緊張状態にあると、教えてくれているのだから。


「あ、そ、そうだ。まず剣を抜かなきゃ」


 忘れていた剣を抜こうと、カピバラもどきから視線を外した瞬間、キイィィッと甲高い鳴き声がした。慌ててそちらを見れば、カピバラもどきこと大ネズミは一目散にこちらに駆けてきていた。


 あ、もしかしてコレ、ヤバい?



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