第49話 あぶれ者への対処法は、どこでも同じ

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 結局、ディラッソ君と伯爵領からついてきた人員の大半は、ここで伯爵領に戻り、新領地の状況を確認に向かうらしい。ゲラッシ伯が向かうという案もあったのだが、新領地が山向こうにあり、そっちでのディラッソ君の影響力が、既にゲラッシ伯よりも大きい点を鑑みたうえでの人選との事だ。

 僕に同行するのは、ゲラッシ伯とポーラさんだけとなる。ポーラさんはゲラッシ伯の護衛という事だが、いざというときは僕の婚約者という肩書きを使うとの事。いよいよ、この婚約は本決まりになりそうだ。

 その事実を、先方の実父であるゲラッシ伯から告げられる、僕のプレッシャーったらなかったが、婚約自体に関しては既に覚悟していたので、その点に関してはスムーズに決まった。正直、現代っ子の僕からすれば、成立時に先方のお父さんと握手する婚約というものには、かなりの違和感を覚えたのだが……。まぁ、これはある種、ゲラッシ伯爵家とハリュー分家との同盟と同義の婚約なので、仕方がないのだろう。


「それでその……、これはどういう席なのでしょう?」


 その晩、僕はウッドホルン男爵が取っている部屋にて、ささやかな宴席に招かれていた。席に着いているのは、僕、ゲラッシ伯、ウッドホルン男爵、ウーズ士爵、ポーラさん、イケメン騎士のルート君と男装の麗人騎士のヒナさんの七人のみだ。

 貴族主催の宴席と考えると少人数にすぎるように思えるが、私的な会食と思えば丁度いいくらいなのかも知れない。ただ、ここでわざわざ僕を交えて、小規模な食事会を開く意味がわからず、当惑する。


「なに、極めて私的な会合だ。特に肩肘を張る必要はない」


 ウッドホルン男爵が、目も合わせずに淡々と言ってくるが、僕が言いたいのはそこではない。いやまぁ、無礼講はありがたいけども。


「敵方の動きも徐々に明らかになってきた。ここでいま一度、我らの結束を強めておきたくての。いまのままでは、ここ一番というときに足並みが揃わなくなるような気がするのだ。特に、我々と君の足並みがな」


 ゲラッシ伯が穏やかな口調で説明してくれた事で、ようやく理解が及んだ。なるほど、それはたしかに。

 そもそも、先の一件でウワタンに寄り道した件も、団体行動をしている現状ではかなり身勝手だったかも知れない。まぁ、屋敷一軒とそこに勤める使用人らの人命に関わる事態であっただけに、こちらとしても緊急だったのだ。己の配下と財産を守る為の行動だと言えば、彼らとて頭ごなしには否定できない。

 とはいえ、だから蟠りにならないかといえば否だ。そもそも、彼らが僕に同行してくれるのは、僕を【新王国派】と思しき第二王国内の勢力から守る為なのだから、単独行動にいい顔をされないのは自明だった。


「なるほど。そうですね」


 どうやらこの会食の目的は、僕という異物をチーム内に受け入れさせるという趣旨だったようだ。小学校の頃にグループ分けで『○○君が一人なので、どこかの班に入れてあげてくださーい』と、先生が言っていたアレに近い。

 なるほど。班分けからあぶれた名も思い出せない級友は、あのときこんな心境だったわけか……。わかっていれば、もっとクラスに馴染めるように、それとなく助力したのだが……。若かった当時の僕は、その辺りの気遣いが上手くできていなかったと、いまさらながら猛省する。


「それではお言葉に甘えて、ご馳走になりたく思います」

「うむ」


 当然ながら、高校生にまで成長した僕は、ウッドホルン男爵からの気遣いにきちんとお礼が言える。僕が笑顔で頭を下げると、ウッドホルン男爵も鷹揚に頷いた。

 あとでちゃんと、言葉にしてお気遣いいただいた点に礼を言おう。勿論、大人である以上、ただ「ありがとう」と言うだけではない。これを機に、時候の挨拶と贈り物を交わす間柄になろう。

 コネというのは、どこで役に立つかわからないものだしな。それは、ウーズ士爵や騎士の人たちとの交流も変わらない。ここで親交を深めておくのは、今回の事態に対してだけでなく、今後の僕らにとってもプラスに働くだろう。


「それでは皆の者、杯を……」


 この食事会の主催たるウッドホルン男爵が、おもむろに促すのに従い、席に着く全員がグラスを手に取る。僕や騎士たちのグラスには、酒ではなく果汁と砂糖を解いたジュースが注がれている。


「今宵、こうして諸君と杯を交わす幸運に感謝し、この関係が幾久しく続く事を祈念する。我々の輝かしき未来と友好に、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 常套句で乾杯の音頭を取ったウッドホルン男爵に合わせて杯を掲げ、グラスに口をつける。ともあれ、ひとまず今回の酒席では、全員と程々に仲良くなっておこう。

 よく考えたら、ゲラッシ伯ともしっかり言葉を交わす機会は、これまでなかったからな。


 ●○●


「なるほど。つまり貴殿も、今後の国家体制は中央集権化に進むと考えておるのだな?」

「そうですね。それがどのような道筋になるかはわかりませんし、もしかしたらその途上でとんでもない動乱が巻き起こるかも知れませんが、少なくとも一〇〇年二〇〇年後の第二王国領域に残っているのは、そういう国になるでしょう」

「だが、それはすなわち、相対的に各選帝侯の弱体化を意味する。彼らがそれを受け入れるか?」

「ですから、動乱に至る可能性があると申し上げました。とはいえ、各選帝侯の方々もその動乱を避けたいからこそ、第二王国は存続しているのでしょう。中央集権化も、強引な方法でなければ上手くいくのでは?」

「むぅ……。まぁ、そうだな……」

「もしも第二王国が、各選帝侯家に分裂したらどうなるか。王冠領は北の公国群、西の帝国に直面し、ヴェルヴェルデ王国は東の異教徒たちと、たった一家で戦わねばなりません。南のシカシカ司教領もまた、単独で【神聖教の盾】を任せられる。その負担は、あまりにも甚大です。そこからどうなるかなど、火を見るよりも明らかでしょう」


 第二王国は、北大陸の東南に位置する大国だ。国力だけならば、北大陸諸国においては一頭地を抜く存在と言ってもいい。今後、海を得た帝国の成長度次第では、この順位が逆転するかも知れないとは考えられているが、現状では国土の広さと、そこからあがる石高から、第二王国が一番の大国なのは間違いないだろう。

 そんな国がバラバラになり、外様の選帝侯らが対峙する各勢力を目の当たりにした際、どうするか。当然、王冠領、王国、司教領が単独で、各勢力に対抗するのは難事を極める。彼らが戦う為には、それを下支えしてきた作物が必要なのだ。

 ならば、彼らの視線の向かう先は、おのずと決まってくるというもの。なんとなれば、それはこれまで確実に得られてきた糧であり、なにより外向きの敵よりも、明らかに小さく弱い敵となるのだから。

 即ち、第二王国の国力を支えてきた、肥沃な内陸選帝侯ら領地である。


「元第二王国勢力での食らい合いか……。ぞっとしないな……」

「それがわかっているからこそ、第二王国は現在バランスが取れているともいえます。国家を分裂させかねない要素たる各選帝侯らが、誰よりも【第二王国】という国体の存続を願っているのですからね」


 各外様選帝侯家にとっても、分裂後には絶対に二正面作戦を強いられる状況はごめんだろう。それならば、背後を気にせず戦え、そして変事に際して気兼ねなく食料を融通してくれる現状を維持したいはずだ。内陸選帝侯らに至っては、国防を任せていた、精強なる選帝侯軍らに寄ってたかって攻められるなど、悪夢以外のなにものでもあるまい。

 しかも、恐らくその結末は、内ゲバの末にとんびに油揚げを取られてお終いだ。帝国や公国群、キャノン半島の異教徒たちからすれば、旨そうな獲物がそちらに背を向け、一生懸命厄介事に頭を突っ込んで七転八倒いるのだから。頃合いを見て、外様選帝侯と内陸選帝侯の領地を、ペロリといただいてしまえばいいだけの、簡単なお仕事だ。

 長く続いた大帝国の系譜も、北大陸から綺麗さっぱり消え失せてしまうだろう。


「そうだな。だからこそ、十年以上もの玉座の空白も許容し得たわけだ。ただまぁ、それもいよいよ限界のようだが……」

「諸外国に、『第二王国という名は既に、示威の為の張子。実情は完全に分裂している』などと思われては、結局騒乱の種になりかねませんからね」

「そうだな。だからこその、今回の旧領奪還作戦である」

「そうですね。第二王国内は結束していると、内外にアピールする為にも、今回の軍事行動は起こさなければなりませんでした。中央集権を図るにおいても、ヴェルヴェルデ大公と彼の領に住まう民らに、王国の存在を意識させるのは必要でした」


 二人で頷き、乾いた喉をグラスのジュースで潤わせる。そこで僕は、ふと思う。

 はて、なんで僕は騎士の一人と、こんなに激論を交わしているのだろう? 当初の予定では、程々に仲良くする手筈だったのだが……。



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