第48話 胡散臭い聖騎士
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胡散臭ぇ……。
同じテーブルの対面で、音もなくカトラリーを口に運び、楽しそうに食事をする優男に向けた、嘘偽りない感想がそれだ。
薄いブルーの長髪は、男の胸元まですとんと伸び、艶やかな輝きを放つそれは、まるで絹糸のようだ。身長は一六〇半ば程で、男としては小柄な部類であり、栓も細い。ともすれば、女に見間違ってしまいそうな優男である。無論、筋張った腕や骨格を見れば、コイツが男であるというのは間違いないだろう。
シュガー・シ・トゥーントーン。
その正体は、彼の服装を見れば一発でわかる。貴族みたいな上等な衣服に純白のマントに、同じく貴族のような装飾の施された細剣。羽振りのいい商人のような、背伸びした平民とは一線を画す佇まいは、貴族でなければ聖職者のそれであろう。
そう。コイツは聖職者。それも、カグファ兄者の言が間違っていないのなら、聖騎士である。
「「「…………」」」
楽しそう食事をとりながら、テーブルのこちら側に座るオラたちに笑いかけてくるシュガー。こっちは、せっかくの高ぇ飯だってのに、ちっとも味がわからねぇ。いつこちらに躍りかかってくるかもわからない、得体の知れない化け物を前に、気を抜いて舌鼓を打てるほど、オラは無神経にはなれない。
それはどうやら、危機感というものから縁遠いバルタン兄者も同様だったらしく、珍しく押し黙って眼前の優男を警戒していた。
そうして、重い雰囲気の中食事を続けたシュガーは、やがて食後の茶に口を付けてから、おもむろに本題を切り出した。
「さて、それでは……――そうそう、私がどうして、第二王国の政争なんぞに首を突っ込むのか、だったね?」
静かにカップをおきながら柔かに訊ねてくるシュガーに、カグファ兄者が無言で頷く。オラとバルタン兄者は、もっぱら聞き役である。あるいは、もしもの場合にいち早く武器を抜けるよう構える、護衛役か。
「お察しの通り、第二王国の王位継承に関する政争に首を突っ込むつもりは、私にはない。無論、私の上にもね。法国全体としての思惑はどうか知らないが、変に介入して第二王国との関係に水を差すのは悪手だろうね。つまり、君たちがいま巻き込まれている陰謀の主題には、我々はまったく関係ないという事だ。その点は、カグファ君、君の推察通りさ」
そう言ってパチパチと手を叩くシュガー。柔和な笑みもあって、本気で称賛しているようにも聞こえるが、乾いた拍手の音がどうにもうそ寒く聞こえる。
「……では、どうしてこんな一件に首を突っ込んでるんだ?」
一切の感情が窺えない、地獄の底から響いたと錯覚するような、ずしんと腹に響く声でカグファ兄者が問う。流石だ。
「ある一点において、今回の陰謀は我々の目的にも合致した。その点――すなわち、【死神姉弟】に対する牽制、情報収集、及び対抗手段の模索と……――まぁ、タイミングが合えば我々神聖教の脅威となる前に、危険因子の芽は摘んでおこうかと思ってね」
「なるほど……。中央の派閥争いにおいて、ハリュー姉弟というのはそこまで大きな要素になっているのか?」
「さて……。そうは思えないけどね。まぁ、第二王国の対帝国戦略としては、王国西部に【死神姉弟】が鎮座している事は、軍事的に大きな要素となり得る。そして、軍事的に大きな要素というのは、政治的に大きな要素であるという事と同義だ。だがしかし、それが王家と各選帝侯の絡む、国家を左右する派閥争いにそこまで寄与するかというと……」
そう言って首を振るシュガー。まぁ、そこまでいくと流石に、オラたちにとっては雲の上の話過ぎて現実味がない。
「では、ハリュー姉弟が損害を被る事態は、第二王国全体にとっては損失という事だろう? ではなぜ、第二王国中央が連中を害すような真似をする?」
「ハハハ。それはまぁ、政治力学の軋轢というヤツだろうねぇ。身も蓋もない事をいうなら、我らの後ろで陰謀の綱を握っている者は、ハリュー姉弟そのものには興味もないのだろう」
「それはまた……。連中も災難だな」
「まぁ、私の目的はその姉弟なわけだから、彼らがターゲットに入っていたのは僥倖だったと言えるかな。お陰で、他国だというのに、随分と動きやすい」
まぁ、それはそうだろう。中央からの使いっ走り連中では、先の襲撃だけで終わっていたはずだ。姉弟が不在のアルタンで、特に騒動に発展する事もなく、ひっそりと裏稼業の人間が消えただけの話だ。それでも、使い捨ての陽動としては十分な働きだったんだろうがな。クソったれ。
シュガーが動きやすいというのも、その後ろ盾が中央貴族らである点を指しているのだろう。
「要は、今回の一件の黒幕たちは、ゲラッシ伯爵と中央の【王国派】らを相手に陰謀を仕掛けており、私はその走狗として、陰謀の一端であるハリュー姉弟方面を任されている、というだけの話さ。これで聞きたい事はすべてかな、カグファ君?」
要は、コイツもまた黒幕とやらの思惑で動かされている、使いっ走りの一人ってだけだ。まぁ、オラたちと違って完全な下っ端ってワケではなく、別の思惑でハリュー姉弟にちょっかい出すのにちょうどいいから、陰謀に相乗りしたって方が正しいようだが。
「ふむ。では、あと二つだけ聞いてもいいか?」
「答えられる質問であれば答えよう」
カグファ兄者の問いに、好青年じみた笑顔で応じるシュガー。だがやはり、その笑顔には寒気を覚えるなにかがあった。
「教会はどうしてそこまで、ハリュー姉弟を警戒している?」
「ふむ……。先の戦において、彼らが使った幻術について、君はどこまで知っている?」
「とんでもない【魔術】でもって、帝国軍に対して大打撃を与えた、とだけ。正直、死神だのなんだのといった部分は、どこからどこまでが話の尾鰭なのかわからず、咀嚼しかねているところだ」
「なるほど……。第二王国国内でも、そんなものか。まぁ、突然死神だなんだと言われても、普通はそうだろうな」
カグファ兄者の答えを受けて、まるで独り言のように呟くシュガー。
そんな事を言うのだから、実際にハリュー姉弟が死神を呼び出した、なんて言われる【魔術】はそれなりにスゲェもんだったのだろう。まぁ、スゲェってのは、戦に参加した連中の口から広まっていたが、この分だとかなり噂に近いとんでもない代物だったようだ。
「……とはいえ、やはり実績を重ねられれば、民らのスタンスも変わる。信仰に対して大きな脅威となってからでは、その認識を是正すのも一苦労だろう。やはり、手はここで打っておくべきだ」
やがて、結論に至ったようで、シュガーはこちらに向き直ると、再び好青年の仮面を被る。空になったカップに、新しい茶を注文してから、そいつは話を続けた。
「教会が彼らを警戒する理由は、残念ながら教えられない。とはいえ、それは君たちを信用できないとか、これが秘匿せねばならない程の重大な任務だというわけではないよ。おかしな先入観を与えてしまう事、万が一にもそれが広まってしまう事が、我々にとって不利益になりかねないから、みだりに口にできないというだけの話さ」
「そうか。いや、教会にとって不利益になるという事なら、オイラたちが首を突っ込むような話ではない。この質問は忘れてくれ」
そう言ったカグファ兄者に、シュガーも無言で頷いてみせる。まぁ、教会と事を構えるなんざ、面倒ばかりで得るものなんてなにもない愚行だ。下手に首も手も突っ込むべきではない。
「じゃあ、最後の質問だ」
「なんなりと。先程の問いには答えられなかったからね。是非とも、その質問には答えて、スッキリと別れたいものだ」
「次の仕事はあるか?」
カグファ兄者の問いに、シュガーはにんまりと笑みを作る。その笑顔だけは、本心からのものに思えた。
「勿論だとも! 有象無象には任せられない仕事が、いくつかある。君たちの手腕を見込んで、それらを任せたいと思っている。勿論、報酬は期待してくれていい」
ああ、まったく胡散臭ぇ……。絶対に碌でもねぇ仕事だろうに、カグファ兄者やバルタン兄者はやる気のようだ。オラとしては、こんなヤツからできるだけ距離を取るのがいいとは思うんだが……。
とはいえ、常に逃げ腰で裏稼業が務まるわけもねぇ。ここは兄者たちの方針に任せよう。
まったく、因果な商売だぜ……。
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