第50話 二人の騎士
まぁ、僕がどれだけ第二王国に興味があり、現状を理解しているのかというのは、ゲラッシ伯やポーラさんはともかく、ウッドホルン男爵を始めとした中央組は気になっていたところのはずだ。僕がまったく第二王国に興味がなく、現在の情勢なんかもまるで知らなければ、第二王国に対する愛着もないと思うだろう。他国に出奔する可能性も、高くなってしまうと思うはずだ。
そんな事を思いながら、目の前でグラスを傾け、細い喉をこくこくと動かしている騎士を見る。
赤味の強い暗い茶髪を腰程まで伸ばしている、男装の麗人ヒナさんだ。なかなかハスキーな声音に加えて、一七〇センチ程度の長身もあいまって、現代日本だったら大量の女性ファンがつくと予想される、耽美系の女性騎士である。
その鳶色の瞳で鋭くこちらを見詰めながら、ヒナさんはなおも問いかけてくる。
「だがな、一口に中央集権と言っても難しかろう」
「まぁ、それはそうでしょうね」
僕は彼女の言葉を素直に肯定する。
現在の第二王国は封建国家だ。ボゥルタン王家の権威の元に諸侯が冊封を受け、その土地土地の民衆を統治している。統治の正当性を担保しているのは、かつての大帝国、そして聖ボゥルタン王国という、はるか昔からこの周囲一帯を統治してきた王家の権威である。
だが、その国家体制は謂わば、ボゥルタン王家を中心とした相互扶助同盟の形に近い。各領邦は自主自立を旨としており、義務以上の国家への貢献には、明確に対価が必要となる。
この国家体制を、絶対王政のような中央集権の制度にする事で、第二王国地域のパラダイムは中世から近世へとシフトする。まぁ、もしかしたらいきなり近代的な国家体制になったり、僕の知る地球史に類例を見ない、未知の国家体制になるかも知れないが、それはそれだ。
確実なのは、現在の領主貴族たちの収める領地の集まりだったものが、改めて一纏まりの国となるだろうという点だ。それにあと何年かかるのかまでは知らないが。
「だが、中央集権とは即ち、諸侯の権力、権威の低下を意味する。選帝侯だけではない。あらゆる貴族らが、相対的にいまの立場より下になってしまうのだ。そのような変化を甘受する貴族がいるか?」
「まぁ、ストレートに『中央集権化します!』『絶対王政です!』なんて言い始めたら、軋轢は必至でしょう。それこそ、第二王国が内から分裂する端緒にもなりかねません。個人的にはお勧めはしませんね」
「だろう?」
「ええ。ですからそこは、ソフトランディングの方法を、王都のお歴々の優れた頭脳でもって考えてくださいと、そういうお話です」
「ソフト……なに?」
おっと。ソフトランディングは航空用語か? 経済用語か? まぁ、空飛ぶものが限られるこの世界で、浸透している表現ではないわな。なお、勿論英語で言ったのではなく、こちらの言葉に訳して話してはいる。
僕はヒナさんからの問いをあえて無視して、ニッコリと笑ってみせた。
「それにもう一つ、面白い事を言っていたな? 中央集権はともかく、絶対王政だと? 随分とまぁ、諸侯を逆撫でしかねない表現じゃないか」
「まぁ、完全なる中央集権化が成った際の、端的な表現かと思いまして……」
そこを突っ込まれても困る。僕が言い始めたわけじゃないから、文句は地球の歴史学者にお願いする。実際、いま現在の第二王国に暮らしていれば、『絶対王政』なんて言葉は、王家から諸侯への宣戦布告にしか聞こえない。ヒナさんがドン引きしているのもむべなるかな、だ。
英語だとなんっていうんだっけ? ドミナートゥス? あ、それはラテン語だっけ? おまけに時代が逆行している。近世の専制君主制については、教科書に載っている事くらいしか知らないのだ。『陳は国家なり』だっけ?
歴女の母も、その辺りはあまり守備範囲じゃなかったんだよね。彼女の趣味に入るのは、ナポレオン時代からだ。なお、母の趣味はナポレオンより鋼鉄のハゲである。
いや、たしか
……あとなんか、オイゲンとチャーチルを語る母の雰囲気から、腐臭が漂っている気がしたというのもある。
閑話休題。
「要は、緩やかに国家を中央集権体制へと移行していけと、そういう話だな? 急激な変化は、相応以上の反発を招く、と」
横合いから会話に割り込んできたウッドホルン男爵に、僕は我が意を得たりとばかりに頷く。助かった。ちょっといい気になって、迂闊な発言があったからな。
「ええ。各選帝侯家も、バラバラになったら生きていけないと思っているのですから、緩やかに政治体制を移行する方法はあると思うんです。中央集権の政治体制を目指すと、各選帝侯らに了承、最悪でも共通認識を確立し、さらにその中央に選帝侯らを取り込む。そこから緩やかに地方の権力を削っていくのが丸いでしょうか?」
「なるほど。概ね同意するところではあるな。ただ……、各選帝侯は彼らを下支えする貴族らの信任でもって、派閥の長を任されているという側面もある。その貴族らの権力低下を、選帝侯らが吞むかどうか……」
まぁ、難しいだろうね。だが、難しいからと現状維持を選べば、中央集権化したフットワークの軽い国に振り回されて、結局はバラバラになってしまうだろう。ライン同盟くらい穏便にバラけられたら御の字といったところだ。
逆に急激な変化を強いれば、各選帝侯と王家との対立が強まり、それこそバラバラになる。いまの公国群みたいな状況になったら、周辺国は大喜びで第二王国という草刈り場に乗り込んでくるだろう。
「為政者の方々は大変ですね。次代の玉座の主とその側近方は、きっと胃痛と脱毛に苦しむでしょう。適度に息抜きできる環境を整えてあげないと、短い在位期間になってしまいそうで心配です」
「ハハハ……、そうならないよう気を付けよう」
顔を引き攣らせている、ヒナさんとイケメン騎士のルート君。流石に、自分たちの主となる王子に対する、不敬や不穏とも捉えられかねない発言には、同意などできないのだろう。
まぁ、それはそうか。彼らの出世にも関わる。ただ、本当に気を付けてあげないと、ストレスなどという概念すらない状況では、あっさり胃や心を壊して早世してしまいかねない。そうなればまたも、継承問題勃発だ。
こちらとしても、こんな問題に煩わされるのは一度で十分なので、彼らやその上のラクラ宮中伯には、次期王様の心身のケアを心掛けてもらいたい。
「話を変えましょうか」
「そうだな! ひとまず、ここまでの敵の動きを纏めて、今後の対策について話し合おう」
忠告は十分だと思い、提案した話題転換の機に、ここぞとばかりにルート君が乗ってくる。
ルート君はなんというか、輝く金髪に甘いフェイス、優し気な声音に空色の瞳と、典型的な王子様系イケメンみたいな外見だ。もういっそ、バカ王子とか庶流の王子とかじゃなく、この子を玉座に据えれば良くね? と思うくらいだ。
いやまぁ、統治の正当性を担保するのが大帝国、聖ボゥルタン王国の系譜である以上、それもできないのだろうが。
なお、一応フィクリヤ公爵もボゥルタンの系譜であり、いざというときには玉座に就く事も可能な立場だったりする。ただ、それをすると選帝侯間のパワーバランスが崩れ、本当に国がバラバラになってしまう。それを、誰よりもフィクリヤ公自身が気付いている為に、次代に自分の孫を推す事を控えていたりする。
つまりは、王家のスペアとしての公爵家なのだが、いまの第二王国の政情では、とても現実的ではない。完全に前時代的な国家制度の残り香といえる。
その後、現状確認と今後の対策についていろいろ話し合ったのだが、あまり効果的と思える対策はなかった。ウッドホルン男爵やゲラッシ伯、ウーズ士爵はお酒も入っていたから仕方がない事かも知れないが……。
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