第70話 極・三級冒険者の実力?

 進行方向から顔を出した三体のモンスターを見て、周囲に対する周知の意味も込めて口を開く。


「ビッグヘッドに、シザーマウス、ついでにコバルトスケイルドラゴンですか」


 ビッグヘッドドレイクは、巨大な頭を持つ三頭身の地竜だ。四足歩行で、どこかずんぐりとした印象を受ける見た目だ。

 シザーマウスドレイクもまた四足歩行の竜だが、こちらはかなりスマートな見た目をしている。印象としては、トカゲというよりも昆虫に近い。鋏のような巨大で鋭利な顎が、そういう印象を強めているともいえる。

 そして、その二頭の下級竜よりも一回り大きい体躯であり、強い存在感を放っているのがコバルトスケイルドラゴンである。全体的に銀白色の鱗に覆われているのだが、背中や尾、鬣やその相貌に至るまで、青みを帯びた体毛に覆われ、どこか獣じみた印象を受ける。

 ビッグヘッドよりもスマートなシルエットでありながら、シザーマウスなどとは比べ物にもならない程に力強い姿の――中級竜だ。


「ちょ、ちょっと、流石にアレを一人でってのは、無茶でしょ? 一体は、私たち【アントス】が受け持つわよ!」

「いえ、結構。手出しは無用です」

「ちょっと!」


 なおも言い募ろうとしたフロックスを、両手のバックラーを思い切り打ち鳴らす事で遮った。同時に、そのけたたましい音は、三頭の竜にも届いたようで、こちらに敵意の視線が向く。

 以前、フォーンたちを敗走に追い込んだのが、下級竜ビッグヘッドだった。フォーンとフェイヴが二人がかりであれば、ビッグヘッドを倒すのも不可能ではない。だが、護衛対象を抱え、多くのモンスターに囲まれた状況では、たしかに厳しい。撤退を選択した彼女たちの判断に、間違いはなかった。

 だが、だからこそ、益体もない事を考えてしまう。


 もしそこに、私がいれば……、と……。


 私は両拳のバックラーを構えると、軽くステップを踏む。まずは、迂闊にも先行したシザーマウスから。

 懐に飛び込み、腹に一発。前脚部関節を蹴り付けて距離を取り、こちらに振り向こうとしたその横っ面にもう一発。

 これで暫時、こいつからは注意を外しても大丈夫。

 追い縋ってきたビッグヘッドは、その巨大な顎門をがばりと開き、私に真正面から咆哮ハウルを食らわせながら、突進してくる。ここまでくると咆哮も、相手を射すくませる為の妨害ではなく、鼓膜を直接破壊する物理攻撃である。

 勿論、生命力の理で保護してはいるが、それでもかなりの衝撃だ。あと、普通にうるさい。

 流石にこの質量の突進を、真正面から受け止めるのは得策ではない。できなくはないが、相応のダメージと生命力の消費という代償を伴う。牙の生え揃った口腔を後目に、すれ違うようにしてビッグヘッドの咬合を避ける。

 咆哮と噛み付きが不発に終わったビッグヘッドは、不満そうな双眸をこちらに向ける。だが、こちらこそ不満だ。どうせなら、最初にお前を殴りたかった。


「コォォォオオオ……」


 自然と独特の呼吸法を取りつつ、バックラーを構える。

 結局、私のようなただの人間にできるのは、ただ相手を殴って殴って殴って、雑に撲殺するだけだ。たしかに、剣の才能に恵まれ、その技巧でいまの地位までのぼり詰めたエルナトにとっては、面白くない話だろう。

 一足飛びに地を蹴り、ビッグヘッドに肉薄する。軽くアッパーカットを顎に入れる。だが、仮にも竜種。こんなものは小手調べだ。頭の防御に意思を割かせるのが狙いである。その隙に、私は本命の四肢を狙う。

 ビッグヘッドはその鈍重そうな見た目とは裏腹に、意外と足が速い。しかも、巨大すぎて格好の的に見える頭は頑強で、下手な攻撃はその顎門に捉えられ、武器や肉体を食い千切られてしまう。

 なので、一見弱点に見える頭よりも、その体躯の性質上防御の薄い四肢が狙い目なのだ。

 右前脚をへし砕き、右後ろ脚も蹴り折る。これで一応、このビッグヘッドの機動力はかなり落ちただろうが、竜種の場合はこれで安心してはいけない。左半身と尻尾を駆使して、並みのモンスターよりも素早く地を這う程度の事は、やってのけてもおかしくない。

 悲痛な悲鳴をあげているビッグヘッドを無視して、尻尾の付け根にも踵を落とす。さらに万全を期すために、左の前後の脚も潰しておこう――としたのだが、私は大きく跳躍し、後退する。


「流石に、そこまでの隙はありませんか……」


 私が先程までいた空間を、間違いなく私が捨てた数打ちの剣よりも切れ味の良さそうな、黒い爪が通り過ぎる。前脚を振るった姿のコバルトスケイルドラゴンと、目が合う。シザーマウスも、頭を揺らされた衝撃から立ち直り、すっかり態勢を立て直している。

 動けなくなったビッグヘッドだが、闘志だけは衰えてはいないようで、その目にギラギラと殺意を湛えつつ、私の動向を窺っている。こちらも油断はできまい。


「――っと!?」


 ビッグヘッドの残った左の前後の脚を踏み台にしたコバルトスケイルが、ものすごい速さの突進を繰りだしてきた。いや、あれは踏み台というよりも、蹴りだしたとでもいうべきか。

 その巨体が突進してくる。それだけで、そこに込められた物理的なエネルギーのすさまじさは瞭然だ。モンスターらしからぬ連携だが、ダンジョンの主の元で長く生きたモンスターであるなら、あり得ない話ではない。


「――仕方ない……」


 いまからでは回避は不可能。であるなら、防御に徹するべき。私は両腕で頭を庇うと、全力で生命力の理【ガイ】を発動する。直後、狼のような竜の顎門と、爪が私を斬り裂いた。



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