第69話 セイブンの武装
案の定、道程は順調の一言に尽きた。
道中には、ほとんどモンスターはおらず、いてもそれなりに強力なモンスターが単体でいるのみ。このメンバーであれば、問題にもならない。
ディジネススネークの鎌首に突き立てた剣を引き抜くと、即座に粒子となって霧散する。その事に特になにか言及するでもなく、我々はすぐに探索を再開した。
こちらの目的がダンジョンの主に看破され、対抗措置を取られる前に件の場所を占拠したい。そんな思いに駆られ、拙速に進みたい気持ちを抑え付け、フォーンの誘導に従って薄暗い通路を歩む。
「ところで聞きたいのだけれど」
そんな道中で、フロックスが声をかけてきた。声を潜めてはいるものの、注意力がそれるので勘弁してもらいたい。
「どうしてセイブンさんは、そんな数打ちの剣を使ってるの? 盾も、別にいいもののようには見えないのだけれど……?」
当然の疑問だろう。見れば、フロックスのメインウエポンであろうハルバードも、近接用と思われる短剣も、一目でかなりの質であるのが窺える。対して、私の持っている剣と盾は、流石に下級冒険者が持つような粗末な代物ではないものの、一級品には程遠い、七級冒険者でも手に入れられるような安物だ。
己の命を預ける武具を、安物ですませるというのは自殺行為だ。フロックスの疑問は、実に正当なものだ。共闘する私が死ぬという事は、彼らにとっても危機を招く事と同義だ。心配は当然である。
「私は剣の扱いが雑で、名剣だろうと
以前、なにかの機会に、貴族から贈られた名剣と盾を、たった一度の探索でガラクタに変えてしまった事がある。自分の贈った武具が、ダンジョン攻略の礎になったと喧伝したかったであろうその貴族が、私の持って帰った半ばから折れた、鋸よりも凹凸の目立つ元名剣と、木屑と鉄片と化した元盾を見たときの表情は、いまだに忘れられない。
以来、私にとって武具というものは使い捨てであり、一定以上の頑強さが担保されているのであれば、あとは頻繁に消耗するものであるのだからと、できるだけ安いものを揃えるようにしている。
「ふん。そんな腕で、どうして三級になれたんだよ? どうせ、あの超人のおこぼれだろ」
さっき痛い目を見たばかりだというのに――いや、だからこそか、よりいっそう態度の悪くなったエルナトが、私とフロックスとの会話に嫌味を飛ばしてくる。
だがまぁ、実際のところ技術という面において、私は他の上級冒険者にはるかに及ばない。下手をすれば、中級冒険者並みだろう。なのでここは、肩をすくめて彼の言葉を受け流す。
「ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ!」
だが、そんなエルナトの態度に我慢がならなかったのがフロックスだった。またもや口論になりかけたところ、二人の間に鋭くなにかが飛来し、頑丈なはずの地面に突き刺さる。それは、フォーンが愛用している、探索用のピッケルだった。
見れば、非常に不機嫌そうな顔の彼女が、投擲姿勢のままでこちらを睨み付けていた。
「あちしが細心の注意を払って探索してるってのに、こんな場所で大声で騒ぐつもり? なら、手っ取り早くあちしが、口を封じてあげるけれど?」
これはたしかに、怒って当たり前だ。斥候という、戦闘とは別の技術者である斥候が、慎重に慎重を期して切り拓いた道を、我々のようなガサツな前衛が傍若無人に歩くというのは、良くある事ではあるが、客観的立場から見れば最低である。
私も、言っている事が正しいからと流すのではなく、きちんと窘めるべきだった。それで騒ぎになる可能性も孕んでいるから、この手の輩はもう少し評価を落とすべきだとも思うが、自らの手落ちをそんな言い訳で糊塗するつもりはない。
「――シッ」
謝ろうとしたところで、フォーンがこちらの言葉を遮り、静かにするようにと指示してくる。耳を澄まし、地面に耳を付けて目を閉じたのち、苦笑する彼女。
「どうやら、迷宮の主にこちらの動きがバレたらしいね。それなりのデカさのモンスターが三体、固まってこちらに向かってるよ」
「そうですか。まぁ、想定内ではありますが、思ったよりも対応が早いですね。これが敵の術中だからなのか、焦り故なのか……。フォーンはどう思います?」
「さぁてね。手の内なんだとすると、もう少し手ぐすね引いてあちしらを誘き寄せると思うんだけれどね。ここで出て来るってのは、ちょっと中途半端に思えるよ」
「同感です。挟み打ちでもないのでしょう?」
「それは間違いないさ。背後からの気配はない。もし大回りしてたんなら、中級冒険者の警戒網にかかるだろうさ」
その場合も、きちんと緊急連絡用のマジックアイテムで報告が届く手はずになっている。なんだかんだで、中級冒険者しか残っていないいまの拠点周りは、こちらの布陣において、一番のウィークポイントだ。そちらにも、それなりの手当はしている。
「うん?」
地面に耳を付けたまま、訝しむように顔をしかめたフォーンは、数秒そうしてから、表情を険しくして私を見あげてきた。
「三体の内、一体は間違いなくビッグヘッドドレイクだね。頭が重すぎて、常に前のめりな重心になる、特徴的な足音だよ。となると、もう二体ももしかすると竜種さね」
フォーンのその言葉に、エルナトとフロックスの二人の表情が引き締まった。ビッグヘッドドレイクは竜種としては下級ではあるが、だからといって侮れる程弱いわけではない。上級冒険者と呼ばれる、四級の彼らですら、気は抜けない危険な相手だ。
さらにそこに、二体の竜種が混じっている可能性があるのだ。二人に続き、それぞれのパーティメンバーにも緊張が走る。
――だが、ここは譲ってもらう。
「フォーン。不意打ちを警戒してください。【
「あら? もしかしてセイブンさんお一人で、三体を相手にするのかしら?」
「ええ」
その表情に、やや訝しむような色を湛えながら訊ねてくるフロックスに、私は淡々と応答する。それと同時に、邪魔な腰の剣と盾を地面に落とす。そして、腰の後ろに携行していた二つの盾を手に取る。
ここのところ、国やギルド上層部との折衝だの、作戦の調整だの、数百人の冒険者の指揮だのと、やたらとストレスのたまる仕事が多かった。ここらで少し、気晴らしが必要だと思っていたところだ。
直径は十五~二〇センチメートルと、拳を隠せる程度のものだが、その外見に似合わぬずっしりとした手応えのバックラー。
ついつい懐かしくなって口元が緩む。思えば、最近は安物の盾と剣ばかりを使って、こいつらを使っていなかった。
さて、それでは久しぶりに、ガサツな前衛に戻るとしようか。
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