第14話 焼け石に水かけまくって風呂作る

 僕らは住処へと戻ってきた。道中絡んでくる者はいなかったが、こちらを覗く視線はいくつも感じた。もしかすれば、夜中とかに忍び込んでくるのかも知れない。

 まぁ、ダンジョンコアの体は睡眠を必要としないので、寝込みを襲うというのは無理なのだが。勉強で疲れたら、グラに体の主導権を渡して、引っ込んだりもしているので、それが休息といえば休息だ。

 グラが体を操作しているときは、むしろ僕が主導権を得ているときよりも安全だろう。


 それから、受付嬢に説明された冒険者の階級について説明されたり、語学の勉強の続きをしたり、ダンジョンについて習ったりしていた。

 気付けば、とっくに日は沈んでいる頃合いだった。たぶん、真夜中だろう。時計もなければ、地下室なので窓もないから、本当に深夜なのかはわからない。だがまぁ、十時くらいだろうと十二時くらいだろうと、別にたいして違いはない。


 問題は、たったいま、侵入者が現れたという点だ。


 ダンジョンに侵入されるというのは、意図せず体に異物が入ってくるという事であり、結構不快感がある。口のなかに髪の毛が入ってしまったような感じだ。


「これは、階段を降りてる?」

「そのようですね。もう少し、対象を意識してみてください」

「うんと……——あ」


 グラに言われ通り、違和感に集中したら、なんと離れた場所にいるはずの侵入者の姿が、見えるようになった。テレパシーに続いて、透視までできるようになったのか?


「ダンジョン内の侵入者の行動は、意識を集中する事で認識できるようになります。ただ、人数が多い場合、個体ですべてを把握するのは不可能でしょう。慣れてくると、侵入者の二、三組は同時に認識できるようになるかも知れません。それ以上の侵入者は、群体としてなんとなく捉えるくらいしかできません。我ら二人で、倍の対象が観察できるかも、という程度だと思っていてください」

「なるほど。情報処理能力の限界はあるわけか。しかしそれでも、体内においては自由自在だな、ダンジョンコアってのは」


 これで、大きなダンジョンになったらホント、チートレベルでなんでもできるだろ、コレ。つくづく、もう少し人里離れた場所で生を受けたかった。

 いや、その場合は食糧難になるのか?


「一人みたいだな」


 ゆっくりと階段を進む男に、後続はない。階段を数メートル進んだところで、自動でトラップが発動する。単純な落とし穴だが、下は尖った石筍が敷き詰められているし、落差も三メートルはある。

 侵入者一号は、それで落命した。


「これで一応、餓死の危険は回避できたわけだ」

「とはいえ、数週間分の生命力が補充できたに過ぎません。このままでは、ダンジョンの拡張など夢のまた夢でしょう」

「たしかに……」


 多少食いつなげたところで、最終的に多数の人間に見つかれば、僕らはそこでお終いだ。それに抗うには、やはりダンジョンを深く、複雑に拡張していくべきだ。だが、拡張するには生命力が必要になる。

 結局、人間を一人二人食らったくらいじゃ、ジリ貧のままという事なのだろう。


「はぁ……」


 一人殺すのにも結構な心労を強いられるというのに、何人も人を殺さないと、結局身の安全にはつながらないというのは、本当に気が滅入る。

 数をこなすと、殺人に慣れてしまいそうなところが、特に嫌だ。


「あれ?」

「おや? また侵入者ですね」


 階段を降りてくる侵入者。しかも今度は一人じゃない。計三人だ。

 先程と同じように、侵入者に意識を集中すると、彼らの様子が脳裏に浮かぶ。今度は、結構身なりが整っている。全身黒い服を纏っているものの、これまでの侵入者みたいに、ボロじゃない。

 武装も、ちゃんとした剣やナイフが、取り出しやすい場所に装備されている。


「人攫いかな?」

「そうかも知れません」


 なんにせよ、夜中に人の家に不法侵入してくるようなヤツに、ろくな思惑などないだろう。心置きなく、始末できると思った自分が、早くも人殺しに慣れてきているような気がして、余計落ち込んだ。


「おや? 階段の落とし穴に気付かれましたね」

「え? あ、本当だ」


 侵入者たちは、壁に仕掛けがないかを確認してから、そこに両手両足を突っ張って移動していた。階段が狭いから可能な攻略法だな。

 いずれダンジョンを拡張したら、階段は広く作ろう。あるいは、壁にも罠を用意しよう。

 でもなぁ、罠って自動で発動するようにすると、ダンジョンコアにも発動するんだよなぁ……。出入りのたびに罠のオンオフを切り替えるのも面倒だし、なにより忘れたら自分の命にも関わる。

 罠だらけにするのは、やっぱりやめた方がいいかも知れない。


「階段を抜けました。三人で廊下を進んでいます」


 階段の出口にあったドアを、音もなく閉めた三人は、石が剥き出しの床だというのに一切足音をさせずに、僕のいる部屋へと忍び寄ってくる。

 五メートル四方落とし穴が元になっているだけに、僕らの住処はそう広くはない。この部屋も含めて、狭い部屋が二室程ある程度だ。もう一部屋など、扉もなく一目で物置とわかる狭さしかない。

 当然、廊下だって長くはない。侵入者たちが一歩一歩進むたびに、着実に僕のいる部屋へと近付いている。


 命の危機が迫り、心臓がバクバクと脈打つ。我知らず、喉が鳴った。


 侵入者たちが、僕のいる部屋の扉に立った。僕が、自分の目で見ている、あの扉の向こうに三人の侵入者がいるのだ。

 侵入者の一人が、よく確認してからドアノブに手をかけ、ゆっくりと回そうとする。僕はそれを見て、安堵の息を吐いた。


「!?」


 ガチャリという音ともに、ドアには鍵がかかり、ズズズと重い音をたてて天井が下がってくる。三人の侵入者は慌てて廊下を戻るが、階段の出口にあったドアもまた、僕の部屋がロックされると同時に鍵がかかっている。

 生き延びるには、物置の方に逃げなければならなかった。そっちは吊天井じゃないからね。

 それに気付いた侵入者たちが廊下を戻るが、既に天井は成人男性が走れるような高さではない。元々五メートル程度しか高さがない穴であり、吊天井の為に、さらに二メートル程、高さが減っているのだ。


 床を這う侵入者たちの断末魔が、扉越しの僕の耳にも届いた。



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