第13話 提灯鮟鱇

「取り消しなさい」


 僕の口が、グラの意思を伝える。こちらの言葉だが、はっきりと聞き取れた。

 だが、それを聞く男はニヤニヤと嘲りの笑みを浮かべたまま、腰の剣に手をかけようとした。

 ざわりと、周囲の空気が変わる。元々男が騒いだ段階でそれなりの注目は集めていたが、それとは別種の警戒の視線が、にわかに集まってきていた。


「攻撃意思確認。先制攻撃■■」


 グラは端的な言葉でそう宣言し、顔に向けていたアーマーリングを振り抜いた。アーマーリングは、剣の柄に伸ばされた男の手を傷付ける。

 こちらを侮っていた男は、グラの動きが予想外だったのか、大きく怯み、後退る。直後、そんな己を恥じたのか、顔を真っ赤にさせて怒鳴り始めた。

 まぁ、たしかに傷そのものは、ちょっと血が滲む程度の軽いものだ。ど素人の子供の反撃に、かすり傷を負わされ、さらに醜態を晒したとなれば、冒険者に一家言あるらしいこのバカにとっては屈辱だろう。

 しかしなぁ、だからといって受付の前で剣を抜くのはどうかと思う。いやまぁ、こっちも武装してるといえば、しているわけだが……。


「■■■■■、■■■殺し■■!!」


 剣を抜いての殺人宣言。

 おいおい冒険者ギルドってのは、ここまで治安が悪いのか? もしこれが日常風景なんだとしたら、こんな組織、情報収集するより秩序を崩壊させて潰した方が早いかも知れない。

 まぁ、流石にこの男が直情径行過ぎるのだとは思うが。


「――惑え」


 グラが再びアーマーリングを男に向け、一言そう命じると、男の視線が僕から外れる。フラフラとあちこち目を走らせ、やがて剣を振り下ろした。誰もいない場所に。


「■■■■■■!!」


 なにかを喚き立て、さらに別の場所に目を向け、もう一度剣を振り下ろす。当然、そこにも誰もいない。

 ここまで騒ぎが大きくなると、ギルド内にいた誰もがこちらに目を向けている。できれば目立ちたくはなかったが、グラの機嫌を損ねるよりマシだと諦めよう。


「グラ、この指輪を使ったらさっさと逃げなきゃいけないんじゃなかった?」

「そうですね。アレが正気を取り戻す前に、この場を離れましょう」


 グラは受付嬢に二言三言なにかを告げると、堂々と出入り口に向かう。男はいまだ、幻影を追って同じ場所をグルグルと回っている。

 まるで、自分の尻尾を追いかける犬のようだ。

 僕がそんな事を思っていると、堂々と男の横を通り抜け、グラは冒険者ギルドの扉に手をかけた。


 冒険者ギルドを辞した僕らは、スラムに戻る途中で屋台に寄った。今度こそ値段を聞いてから、なにかの肉串を買う。値段は銅貨七枚だった。

 もう他になにかする気にもなれず、スラムに戻る。肉串を齧りながらスラムを歩いていると、予想通り結構視線が集まってくる。

 肉の味は、お世辞にも美味しいとは言えない。生臭いし、塩辛いし、脂っこい。

 生後一週間、この世界初めての食事なのだが、ちっとも美味しくない。次からは果物にしようかな。


「これは……、予想以上に注目を浴びているみたいですね」

「うん、正直僕も意外だった」


 出て行くときはたいして着目されなかったというのに、肉串を持って入るだけでこんなに目を引くのか。これなら、よからぬ輩も僕を見つけてくれているだろう。


「そういえば、この指輪の【幻惑】ってどういうものなの?」


 僕は肉串を持つ左手とは反対の手に光る、アーマーリングを掲げながらそう聞いた。勿論、口は開かずに。


「対象一人に、自分という幻覚を見せるという術です。魔力の理の【魔術】の内の一つ、幻術ですね。囚われた者は、数分程度ああして幻影を追いかけ回します」

「魔力の理って、さらに細分化されているの?」

「はい。【魔術】は、人間が魔力の理を研究し、発展させている戦闘技能です。我々ダンジョンもまた、人間の【魔術】に対抗する為に、研究を進めねばなりません」

「なるほど。人間に【魔術】マウント取られると、死活問題になりかねないもんね」


 人間が【魔術】を発展させ、ダンジョンを圧倒する強さを得た場合、ダンジョンコアは絶滅の危機に瀕する事になる。だからダンジョンコアも、【魔術】を研究するわけか。


「何度も剣を振り下ろしてたけど、幻影は切ってもなくならないの?」

「当然ですね。そもそも、対象の敵意をトリガーに作られる幻影ですので、完全に敵意がなくなるか、なんらかの方法で幻術を払わなければ、惑わされ続けます」

「なるほど。ヘイト管理に重宝しそうな【魔術】だね」


 それであの男は、ずっと虚空に斬りかかって、グルグル回ってたわけだな。なんというか、漫画でよくある、頭の上から吊り下げられた餌を、延々追いかける犬のようだった。


「ところで、この指輪に名前はあるの?」

「名前ですか? 特にありませんが?」

「そっかそっか! じゃあ、僕が付けてもいい?」

「おや、私の名前を付けるときにあれ程悩んでいた者と、同一人物だとは思えない発言ですね」

「いやいや、グラの名前とアイテムの名前を同列にはできないって。いま考えている名前も、とても女の子に付ける名前じゃないしね」

「そうなのですか? どういう名前を考えているのですか?」


 グラに問われ、僕は自信満々に答えた。


「【鉄幻爪てつげんそう提灯鮟鱇チョウチンアンコウ!」


 うん、かなり厨二臭かったと、あとで床をのたうち回るハメになった。

 由来は、提灯鮟鱇は獲物を惑わして食らう魚というのと、あの男の姿が、眼前に餌をぶら下げられた犬に見えたからだ。いや、ホラ、なんとなくシルエット的に、提灯鮟鱇っぽいじゃん?


 こうして、僕の黒歴史が生まれるとともに、アーマーリングは、提灯鮟鱇という名前を得たのだった。



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