第12話 冒険者ギルドとテンプレ

「■■■■■魔石■、■■■売れる■■■行きたい。■■■?」

「■■■、■■■右に■■突き当たりの■■ブーツ■看板■■。案内■■■?」


 衛兵のような人を見つけ、グラに話しかけてもらった。うん、結構聞き取れるけど、流暢に話せる自信はやっぱりないな。

 グラにお礼を言ってもらって(すごい嫌そうだった)、衛兵さんと別れた。最初の男が悪人だったから、こちらの世界の人間に隔意を覚えていられたのだが、こうして普通の人を見ると覚悟が鈍る。


 やっぱり、普通の人を食うのなんて、嫌だなぁ。


 こうして、外に出たのは失敗だったかもしれない。地下の拠点に引き籠っている間に固めた覚悟が、水をかけられた角砂糖よりも脆く崩れていく。

 それでも、生きる為には人を殺さねばならない。本当に切羽詰まった僕は、死にたくないからと言い訳をして、ああいう人を殺して食らうかも知れない。そうならない為に、僕は自分を餌にして、危害を加えようとする悪人を釣り上げようとしているのだ。

 まるで、グダグダと言い訳をしているみたいだ。いや、やっぱり言い訳なんだよなぁ……。


「アレが冒険者ギルドですね。……ふん。忌々しい」


 嫌な事を考えていたら、いつの間にか目的地に到着していた。面白くなさそうなグラの声が、僕の意識を現実に引き戻す。


 見れば、石造りで三階建て、周囲の建物より気持ち広い敷地に建っている施設があった。出入り口には、丸い枠にブーツの鉄看板が掲げられている。あれが、冒険者ギルドとやらの看板だろうか? 聞き取れた衛兵さんの言葉にも、それっぽい単語があった気がする。


「よし、行こうか」


 気合を入れ直し、僕は歩みを進め、冒険者ギルドの扉に手をかける。木造りの大きな扉だったが、意外と軽い。手入れが行き届いているのだろう。

 扉の先には、それなりのスペースのロビーと、受付のような場所に数人の職員が座っていた。彼らの後ろには扉があり、こうしてちょっとなかに入っただけでは、その奥を窺い知る事はできない。きっと、他の職員は奥にいるのだろう。

 冒険者ギルドという印象から、酒場が併設されているような、治安の悪そうなところを想像していたが、そこは意外と綺麗なところだった。

 ロビーの壁には掲示板があり、そこにいくつもの紙が貼り出されているのは、イメージ通りだった。その掲示板の前に立っている数人が、きっと冒険者なのだろう。


「■■■■■■■。ようこそ、冒険者ギルドへ。■■■■■■■?」


 とことこと受付へ向かうと、 十代後半から二十代前半の女性が話しかけてきた。

『ようこそ冒険者ギルドへ』という部分は聞き取れたので、それ以外の訳を聞いたら挨拶と『依頼があるのか』を聞かれたとの事。魔石を売りにきた事を告げて欲しいとグラに頼み、体の主導権を彼女に渡す。


「■■今日は■■■■、■■■■■。魔石■売り■■■」

「■■■■■■」


 グラが受付嬢とやり取りするのを、傍観者の視点で眺める。

 あっさりと魔石の売却は終了し、魔石二つは銅貨二〇枚と交換された。全財産が一気に七倍になったわけだ。

 売買が終わったようなので、グラに冒険者になりたい旨を伝えて欲しいとお願いする。二人がいくつか言葉をやり取りしたあと、受付嬢は困ったような顔を浮かべていた。


「なんだって?」

「どうやら、ショーンの事を、それなりに富裕な商家の子供だと思っていたようですね。冒険者は危ないので、考え直すように、だそうです」

「妾腹の出だから、家の商売には絡めない。別の道が見つかれば、冒険者以外の道も考えていると伝えてくれ」

「了解しました」


 グラが言葉を伝えると、受付嬢が心底申し訳なさそうに頭を下げた。きっと、プライベートな事情に踏み込みすぎたと思ったのだろう。

 だからこそ、あんな嘘を言ってもらったので、そこまで恐縮されてしまうと、こちらとしても心苦しくなる。だがこれで、根掘り葉掘り素性を探られる事はないだろう。


「■■■■銀貨一枚■、■■■十■冒険者■■■。■■■説明を■■ますか?」


――あ、ヤバい。

 聞き取れた単語から、なんとなく話の流れが予想できた。直後、グラから予想通りの説明を聞かされる。

 つまり、冒険者になる為には、銀貨一枚が必要となる。それで得られるのは、十級冒険者の資格らしい。階級について説明を受けるかどうか、との事。

 いや、階級についての説明よりも、全財産の貨幣が銅貨二三枚しかないのだ。銀貨との交換レートがわからないと、資格を得られるのかどうかすらわからない。

 ちなみに、人間社会の貨幣相場など、グラにとってはカイロウドウケツの生態並みに興味のない話だろう。当然、あっさりとスルーして話を進めている。

 いや、むしろカイロウドウケツくらい普通の生き物と違えば、流石のグラも親近感を覚えるかも知れない。アレ、体がガラスでできてる生き物だし、地上生命でもないしな。

 そんなわけで、銀貨一枚に関しては言及されず、受付嬢から冒険者の階級について説明をされているグラIN僕。流石に難しい単語が多く、詳細はあとで彼女に聞くしかない。

 しかしどうしよう……。

 手元不如意だというのに、話がどんどん進んでいくのは不安でしかない。これはアレだ。食べ物屋で注文してから、財布のなかに五〇円しか入ってない事に気付いたときと同じ焦りだ。

 嫌な汗が背筋を伝いそうな状況だが、幸いいま体を操縦しているのはグラだ。きっと、涼しい顔で説明を受けているのだろう。

 しかし、商人の縁者だと嘘を吐いている現状で、貨幣の相場について訊ねるのは不自然だ。マズったな……。やはり、嘘なんて吐くもんじゃない。


「■■■■■■!? ■■■■、■■ 冒険者■無理■■■!! ギャハハハハ!!」


 唐突に、背後から野太い声が聞こえてきた。それに加え、下品な笑い声も。グラの意思で体が振り返ると、そこには彫りの深い顔立ちで、実に男臭い雰囲気の大男が、こちらを見て大口を開けて笑っていた。

 外見のイメージとしては、西洋人風仁王像といった感じだ。


「ねぇグラ、こいつの言葉がほとんど聞き取れなかったんだけど」

「かなりスラングが混じっていましたからね。ショーンが知る必要はないです」

「え? それじゃ、言葉が通じない人がでてくるような……」

「そのような下品な人間と関わる必要が?」

「あ、ないね」


 冒険者になるのは、ダンジョンの情報を得る為だ。わざわざ、ガラの悪い連中とまで付き合う必要はない。極論、職員とだけ話せれば、それでいいのだ。

 ガラの悪い男に受付嬢が文句を言い、男がさらに下品に笑う。どうも、僕をバカにしているらしいのだが、言葉が通じない以上腹も立たない。

 むしろ、言葉を介さずともここまで低能さを表現できる男に、ちょっと感心していた。

 こいつ、この冒険者ギルドで仕事を斡旋してもらってんじゃないの? わざわざ自分の評価を下げてまで、他人をバカにしたいの? 本当に大人か?

 ここまでくると、目の前の男はカイロウドウケツよりバカなんじゃないかと思う。


「■■■■、■■■■■!! ■■、■■■!!」


 うぉっと!? 男がなにかを言った途端、なんか体が勝手に動いた。これは、グラが体を動かしてるのか?

 相変わらず、自分の意思とは別の意思で体が動くのは、気持ちが悪い。ジェットコースターなんて比じゃないくらい、三半規管が揺らされるような気分だ。

 男に駆け寄ったグラが、彼の眼前に右手の中指を突き付ける。そこには、鋭い爪のアーマーリングが装着されている。

 たしかに鋭い爪だが、彼が腰に下げている剣に比べれば、まるでおもちゃのような代物だ。武器としては、精々敵に浅い切り傷を付ける程度の攻撃力しかないだろう。


「ギャハハ!! そんな■■■■、■■■■!? ■■■■■■、■■■■■? ギャハハハハハハ!!」


 心底おかしそうに、腹を抱えて笑い始める男。

 あー……、もしかしてコレ、アレか。よくある異世界モノのテンプレの場面か。初めて訪れた冒険者ギルドで、ガラの悪い先輩冒険者に絡まれるっていう。

 言葉が通じないうえ、絡まれているのは実質グラなので、いままで気付かなかった。ここでイキるのは、なんというかお約束すぎてちょっと嫌だなぁ……。


 でもなぁ……、グラに止めろとは言えないよなぁ……。


 ただでさえ嫌いな人間との交渉を任せているってのに、そんな嫌いな人間にバカにされるなんて、誇り高い彼女にとってはこれ以上なくストレスだろう。そこをさらに、僕の好き嫌いで我慢しろというのも、無体な話だ。

 少しなら生命力も残っているし、グラなら魔力の理や生命力の理も操れるので、まず危険はないだろうし……。


 うん、これは仕方ないと割り切ろう。殺さないようにだけ注意しておくか。



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