第11話 スラム街と冒険者

 廃墟から一歩外に出た。同じような廃墟がそこかしこに並ぶ、FPSなんかの市街戦フィールドみたいな光景だと思った。

 まぁ、こっちは四階建て以上の高い建物はないし、その建物もコンクリじゃなく煉瓦造りの家々だ。おまけに、あちこちにテントのようなものがあって、実に生活感がある。

 では、なにがゲームちっくなのかといえば、退廃的な雰囲気であり、建物がボロボロである点だ。これが所謂、スラム街というヤツなのだろう。


「臭いな……」


 まずでてきた感想がそれだった。なんというか、饐えたような匂いに、生ゴミとドブの匂いが合わさり、実に不愉快な臭気が僕の鼻腔に突き刺さったのだ。

 ダンジョンマスターに生まれ変わろうと、僕は元日本人。こういう不衛生な環境には、生理的な嫌悪感を覚えてしまう。たとえ、ダンジョンコアとして転生した僕は、どれだけ不衛生な環境に身を置こうとも、病気にならないのだとしてもだ。

 僕は歩みを進めながら、口を動かさずにグラに問いかける。この一週間で体得した、疑似テレパシーである。

 まぁ、グラは僕のなかにいるので、テレパシーでもなんでもないのだが。


「会話の必要性が生じたら、グラに変わってもらいたいんだけど、いいかな?」

「……言葉の通じない国外の人間、という事にすればよろしいのでは? 以前のように」


 難色を示すグラ。やはり、人間と対話するのは嫌らしい。一週間で、日常会話レベルまでこの国の言葉を覚えられれば、彼女に負担を強いる必要もなかった。だが、残念ながら僕の頭が急に良くなるような、ご都合主義などなかった。


「僕を餌にするって話さ、悪人が僕だけで食いつくかどうか、わかんないんだよね」

「それは……、作戦の前提条件から覆る情報なのですが……」

「いやまぁ、僕だけでも人攫いが食いつく可能性はあるよ? でも確実じゃないからさ、確実にする為にもう一手間加えよう、っていう話」

「……では、これからの予定を話してください。今度こそ、予定のすべてを」

「あ、うん」


 不機嫌そうなグラの声に気圧されつつ、僕はポケットから二つの物体を取り出す。それはなんというか、光沢のない赤色の歪な形の石——魔石だ。


「ショーンがモンスターを作る練習でできた魔石ですね。再吸収すればいいものを」


 生命力を使って作るモンスターの核である魔石は、吸収するとある程度の生命力に還元される。ほとんど受肉していないモンスターであれば、倒されても魔石さえ再吸収できれば、生命力のロスは微々たるものといっていい。

 まぁ、普通の侵入者が、わざわざ魔石を残していってくれるとは思えない。グラの基礎知識によると、人間社会においてはこの魔石、なんらかの燃料のような扱いをされているらしい。


「まずは、これを売れる場所を探す」

「本気ですか? いえ、正気ですか?」


 驚くグラ。それも当然だろう。ある意味僕はいま、自分の肉体を切り売りすると言っているに等しい。しかも、残存生命力が少なくなっているこの状況でだ。


「まぁ、落ち着いてよグラ。僕らダンジョンにとって、一番の脅威はただの人間じゃない。戦う力をもって、ダンジョンに侵入してくる人間だ」

「それは、たしかにそうですね。人間のなかでも、国家が鍛えた兵士や、冒険者などと呼ばれる連中が、我々の脅威です」


 そう。町に住む戦う力のない人は、ダンジョンにとってはそれ程脅威じゃない。まぁ、僕らにとっては、ダンジョンを発見される危険がある為、脅威度はそれなりに高いのだが。それでも、ダンジョンコアを破壊される危険、という観点ではかなり低い。

 やはり脅威は、戦う力を持つ人間なのだ。


「へぇ、冒険者なんているんだ……。って、グラこそ、そういう情報は優先的に教えておいてよ!」


 冒険者って、昨今のフィクションでお馴染みのあれだろ? ダンジョンを攻略してきそうな、要注意の存在じゃないか!


「申し訳ありません。我らがダンジョンに冒険者が侵入するのは、まだ先の話だと思い、説明を後回しにしました」

「いや、まぁ、たしかに隠れ潜む方向で話が進んでたもんね」


 しれっと謝られると、それ以上文句も言えない。僕が隠し事をしてたら、あんなに怒ってたくせに……。


「怒っていませんよ?」

「嘘だぁ。言葉に棘が生えてて、チクチク刺さってたからね!? メチャメチャ怒ってたよ!」

「怒っていません」

「いや、だからそういうのが……」

「怒っていません」


 うわぁ、それでゴリ押すつもりだ。クールな声音のくせに全然クールじゃないよ、その態度。


「では、目的地は冒険者が魔石を売る場所、という事ですか?」


 しれっと話題を戻され、話の続きを促される。やっぱり、ちょっとズルいと思う。


「そうなるね。その場所で、ダンジョンに関する情報を収集する。今後も、定期的に情報収集に赴く必要もあるだろう。できれば、僕もその冒険者とやらになるのがいいと思う。万が一、僕らのダンジョンが見つかりそうになったら、いち早くそれ察せるようにね」

「なるほど……。敵状視察の為に、あえて冒険者になる、ですか……」

「そこで信用を得て、情報収集をしつつ誤情報を流せたら最上かな。僕らのダンジョンに気付かれないよう、矛先を誘導できるようになれば、言う事はないね」

「ふむ……」


 考え込むグラに、僕は付け加える。


「まぁ今日は、最低限顔つなぎができたら、それでいい。できればその冒険者になっておきたくはあるけどね。身分証明もなしで、即日でなれるものなのかは知らないから、その辺りは先方の話を聞きながら、臨機応変に」

「つまり、その話を聞いたり、臨機応変に対応する役目を、私に担えと?」

「はは……、まぁ、そうだね……。でもまぁ、最悪魔石を売って、なにかを買ってそれを見せびらかしながら、スラムに戻るっていうのでも、目的は達成できるとは思う。さっき言ったのは、今日を凌いだあとの布石だから」

「なるほど……」


 再び考え込むグラ。彼女はたまに、こうして思考に耽る。まぁ、体がない以上、考えに耽るくらいしか、彼女には自由がないともいえる。

 ホント、できれば彼女には体を作ってあげたい。モンスターを受肉させるように、彼女の体も作れないだろうか……。

 そんな事を考えているうちに、どうやらスラム街を抜けたようで、人の多い通りにでた。大通りを歩く人の数は多く、それなりに活気があるように思える。

 町並みを形成する家々は、石造の頑丈そうなものだ。二階建てから三階建てのもので、どことなく穏やかな雰囲気が漂っている。なんというかこれも、ファンタジーRPGちっくな光景だった。



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