第10話 初めてのおつかい。スタッフ付き。
「それで、これからどうするのですか?」
「この住処の外部を調べる」
グラの問いに、僕は覚悟を決めて答えた。
「…………」
不本意そうな沈黙が帰ってきた……。いやまぁ、不本意なんだろうな。
ダンジョンの常識的に、ダンジョンコアがわざわざダンジョン外に出歩くというのは、ありえないといっていい暴挙だ。人間で言えば、全裸どころか心臓を丸出しにして歩くような行為なのだ。
「このままじゃ、生命力が尽きて餓死しちゃうだろ? でも、僕らの存在を町に住む大多数の人間に知られるわけにはいかない」
「そうですね。その事と、ショーンがダンジョン外に出るという事の関連性は不明ですが、肯定します」
「だからさ、僕を囮にして、悪人を誘き寄せようかなって」
思い出すのは、最初に殺した小汚い男の事。僕を人買いに売り払おうとした彼は、悪人だった。だから、僕も身を守る為に、彼を殺した。
きっとそれは、無関係な誰かを殺して食らうよりも、罪悪感の少ない選択だっただろう。もしも彼を殺さなければ、僕らはもう餓死していたかも知れない。その前に、吹っ切れてもっと無差別に人を殺していたかも知れない。
僕は、追い詰められた僕がなにをするのか、自身の事だというのにわからない。そして、そんな状況になっても矜持を保てるだなんて、これっぽっちも信用なんてしていない。
だから僕は、ある意味であの男に感謝している。名前も知らない彼が悪人だったおかげで、空腹的にも精神的にも、随分と助かった。
そして今回も、それを踏襲しようというのだ。
つまりは、悪人を殺して食らおう、という話である。
一週間で、ここまで覚悟は決まった。一週間たち、餓死まで一週間を切ってもなお、その程度の覚悟しか決まっていないともいえる。
「こんな荒屋が放置されている場所に、あんな浮浪者まがいの人間がうろついていたんだ。きっと、この辺は治安の悪い場所なんじゃないかと思う」
「なるほど。大多数の人間には、我々の存在を秘匿しつつ、餌に食らいついた社会的つながりの薄い人間だけを捕食する、という算段ですか」
「ま、まぁ、そうだけどね。ハッキリと、自分を餌と呼ばれると、ちょっとくるものがあるよ?」
「それはごめんなさい。ですが、良い作戦かと思います。というよりも、逼迫している我々の現状を鑑みれば、それしかないと評すべきでしょうね」
どうやら納得してくれたらしい。この作戦には、グラの協力も不可欠なので、重畳である。
「しかし、やはりショーンの身の安全には、不安がある策です。であれば、いまできる最大限、あなたの身を守る手段をこうじておくべきでしょう」
「え? ぐ、具体的にどうするの?」
「私が装身具を作成します。外敵を排除……する機能は、残存の生命力的に難しそうですので、逃走を主眼においたものに限定して、理を刻みます」
「靴に足が速くなる理を、刻んでもらったけど?」
「それだけでは不十分でしょう。以前、人間から得たナイフを出してください」
「うん」
そう言われて、僕はベストのポケットから、錆だらけの鉄片を取り出す。鉄製なので、服や靴に使う事もできず、持て余していたのだ。
「それでは、少々体を借りますよ」
「はいよ」
返事をした途端、一週間ぶりに体が勝手に動き出す違和感が僕を襲う。やっぱり、ちょっと気持ち悪いな。
僕のそんな思いなど意に介するはずもなく、グラは淡々と鉄片に生命力を馴染ませる。
「あれ? なんか、布よりもすんなり生命力が馴染むね」
「鉄は地に属す物質ですからね。我らダンジョンとは、相性がいいんですよ」
なるほど。その点は、なんというかゲームっぽいといえるかも知れない。逆にいえば、この世界でこれまでに僕が知り得た情報は、それ以外はゲーム的な要素がほとんどなかったって事だ。
あえていうなら、この生命力や魔力の理が魔法ちっくな点は、ゲーム的といえるかも知れない。しかし、だったらもっと簡単に使えればいいのに。ただイメージしたり、呪文を唱えるだけでさ。
「できました。魔の理における、幻術の内【幻惑】を使える指輪です。傷付けた相手を、数分間惑わせることができます。とはいえ、同時に複数人には使えませんし、特に生命活動にダメージを与える類のものではありません。使用後は、速やかに逃走してください」
「了解」
考え事をしていたら、グラが元のナイフの惨状などどこにもない、光沢の強い銀色の大きな指輪? を完成させていた。っていうかコレ、指輪っていうか——
「なんでアーマーリング?」
正式にはたしか、クローアーマーリングというらしい。鋭い爪状のアクセサリーで、パンク畑の人たちが付けているイメージのあるアレだ。
え? これ、僕が付けるの? ハデじゃない?
「武器としての用途を残しつつ、携帯性、緊急時の使用性、敵に奪われる可能性を考慮して、この形に仕上げました。気に入りませんか?」
そう言われると、ハデなアクセサリーを身に付けるのがテレる、とは言いにくい。たしかに、錆だらけとはいえ、ナイフという武器を喪失してしまった現状、武器がないのは心許ない。
だったらナイフに再構成すればいいのではと思ったが、あんな小さなナイフじゃ、攻撃力はアーマーリングの爪と大差ないだろう。ナイフじゃ、素人の僕が使っても、取り落とす可能性は高いしね。
「いやいや! そこまで考えて作られていたなら、文句なんて欠片もないよ! ありがとう!」
僕は慌てて否定し、そのアーマーリングを右手の中指に装着した。
うわー、あっちじゃ指輪なんてほとんど付けなかったから、ちょっと恥ずかしい。すごい目立つよね、これ。
「残存している生命力を鑑みると、今作戦が失敗すると、いよいよ我々は窮地に陥ります。最悪の場合、無差別に周囲の人間を捕食する必要に迫られるかも知れません」
「そうなると、人間に討伐される可能性が高くなるんだよね?」
その方法は、急場の食糧問題は解決できるかも知れないが、こちらを討伐しようという人間を呼び込むハイリスクハイリターンな行動なのだ。もしそうなれば、敵が段階的に強くなるのを願いつつ、全力で迎撃し続けるしかない。
運が良ければ、最終的に深いダンジョンになれるだろう。望み薄だが……。
「口惜しいですが、未だ浅い我々には、多くの人間を撃退する力がありません。そうなればもう、周囲の人間を食らって集めた生命力を使って、できるだけ広範囲を巻き込んで自爆するしかありません」
また自爆したがってるよ、この子……。
「じゃあ、そうならない為にも、できるだけ悪人を連れ帰るよ」
そう言って僕は、この世界に生まれ落ちてから初めて、能動的に人を殺そうと動き始める。これから僕は、人を殺す。そう思うだけで、心臓は嫌な音を立てて脈打つが、いまはそれを意識的に無視する。
さぁ、じゃあ初めてのおつかいといこうか! 後ろからついてくるスタッフたちは、あとで美味しくいただきます。
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