第9話 お勉強の時間
およそ二週間。それが僕の命の残量らしい。
その間に、僕は覚悟を決めなければならない。いや、本当は今すぐにでも覚悟を決めて、動き始めなければならないのだろう。
二週間後に餓死すると言われて、まだ余裕があると考える方がどうかしている。
しかし、だからといって、自暴自棄になってこの廃屋の外に出て、虐殺を繰り広げればいいのかといえば、そんなわけもない。どうやって命を繋ぐのか、覚悟は決まらずとも、方策は考えておかなければならないだろう。
「それと、口頭ででもいいから、グラの持っている基礎知識とやらも教えて欲しい。できれば、人間の言語や常識を重点的に」
「私としては、ダンジョンに関する情報を優先したいのですが、仕方ありませんね。ですが、人間の常識についてなんてわかりませんよ。私が有しているのは、ダンジョンの常識ですので」
「そっか。まぁ、初めから望み薄だとは思っていたけどね……」
それでも、まずは人間について知らねばならない。僕らは、四方八方を人間の領域に囲まれている。隠れ果せるには、この世界の人間というものを知らねばならない。
いざというとき、言葉がわからないのは本当に困る。
さぁ、タイムリミットもあるんだ。ときは金なり。勉強勉強!
〈3〉
二日後。
語学の勉強の合間に、ダンジョンとして生きる必須の技能や、グラの有する基礎知識の伝授も受けている。取り急ぎ必要なのが、生命力の扱いの習熟だ。
生命力を操るのは、内在するエネルギーを自由自在に操る事だ。そして、ダンジョンにとって体内とは、ダンジョンそのものに他ならない。
つまり、穴を掘り、そこをダンジョンとし、内装を整え、罠を張り、モンスターを作り出す為には、この生命力を使い、操る必要があるという事なのだ。
「しかも、普通の生物は生命活動により生成できる生命力が、ダンジョンは自力で作れない、と」
「その通りです。だからこそ、地上生命を捕食し、その生命力を奪わねばならないのです」
なるほどねえ。ちなみに、漫画とかラノベであるように、命を奪わなくても生命力を得られる方法はある。微々たるものではあるが、血肉や老廃物などからも、生命力は得られるそうだ。
ただしそれは、本当に微々たるものであり、たとえばこのアルタンの町の全住民の老廃物を生命力に変えたとしても、いまの小さなダンジョンを維持する為の生命力より、少し多い程度なんだとか。
そして、もしそんな大規模な行動を起こせば、間違いなく人間に見つかって、討伐されるとの事。くわばらくわばら。
ちなみに、老廃物や血肉は、時間経過とともに生命力が抜けていくので、有機物であれば問答無用で生命力に変換できる、というものでもないらしい。
当然、ただの雑草や微生物なんかにも、吸収できる生命力は宿っていないんだとか。特別な草や、虫系のモンスターであれば話は別らしいが……。
うん。やはり、ダンジョンと人類の共生というのは、かなり無理な話らしい。手間や危険に対して、得られるものが少なすぎる。パンがなければケーキを、レベルの話だ。いや、この場合はパンがなければ雑草でも食ってろ、という方が正しいか。
このセリフ、最近ではもうあの王妃様が言ったんじゃないって有名なのに、言葉自体はいつまで経ってもなくならないんだよなぁ。
「やっぱり、殺さないとダメかぁ……」
「はい」
きっぱりとしたグラの言葉に、盛大にため息を吐いてから、僕は気を取り直して勉強を続けた。
三日後。
とりあえず、語学に関しては、アルファベットやひらがなのような、基本的な文字は覚えられた。だが、その他はまだまだだ。
ダンジョンに関しては、ダンジョンの拡張法について習った。といっても、現状ではダンジョンを広げる為の生命力が足りない為、あくまでも口頭での説明のみだ。
しかし、そのレクチャーは驚くものだった。
「え? それだけ?」
「はい、それだけですよ?」
僕は思わず聞き返したが、グラは外連味なく淡々と肯定した。
「ただ生命力を大地になじませて、穿つだけ?」
「はい」
それでもなお信じられず繰り返したが、当然グラの答えも変わらない。
グラがあの男を殺害した落とし穴は、僕も見た。あんなものを一瞬で作り上げたのだから、ダンジョン作りはもっとファンタジックかつエキセントリックに、不思議パワーでなんとかするのだと思っていた。
だが、返ってきた答えはなんともアナクロな手法だった。
「もっとこう、洗練された方法があるのかと思ってたよ」
「洗練された方法ですか? 普通に掘削するよりも、はるかに洗練された方法だと思いますが?」
「いやまぁ、それはそうなんだけどさ」
それは、シャベルやツルハシで掘るよりも、ドリルで掘る方が洗練されているというようなものだ。たしかにその通りではあるのだが、僕の想像していたお手軽ファンタジーな手法と比べれば、泥臭く面倒な作業だった。
「なんかこう、手元のウィンドウとかをちょちょいと弄ったら、仮想のダンジョンが目視できて、画面上のモデルを操作してから、決定ボタンを押したら、生命力だけ吸われて、図面通りのダンジョンが作られる、みたいな方法とか、ない……よね?」
「なにを馬鹿な……」
うん、言ってる途中で僕も思った。これ結局、働かなくても生きていけたらいいのにレベルの、アホ丸出しな発言だ。グラも呆れている。
「ふむ……」
と思ったら、なにやら考え込んでいるようだ。こういうときは邪魔をせず、僕は復習に励もう。基本的な文字を覚えたとはいっても、まだまだABCの歌が歌える程度の理解度でしかないからな。
ああ、せめてノートと鉛筆があれば……。
四日目。
読み書きの練習は、なんと石に直接文字を記すという荒業で解決した。石でできた机に、二本の指を這わせ、服を染色するのと同じように、文字を記していくのだ。
この方法の難点は、すぐに机が文字でいっぱいになり、日に何度もまっさらにされ、記録そのものの役には立たないという点だろう。
とはいえ、文字を目で確認できるというだけで、読み書きにおいては大きなメリットだった。いや、口頭だけで文字の読み書きを覚えるのって、やっぱ無茶だもんね。
なんでこれまでこの方法をとらなかったのか聞いたところ、本当に微々たるものであるが、生命力を消費するからだと言われた。まぁ、この状況じゃ、たしかにね……。
しかし、今日のダンジョンのお勉強は、文字を記すのよりもはるかに生命力を消費する行いだ。
すなわち、モンスターを作る作業だ。
ダンジョンの免疫機能の一種であり、侵入者を撃退する、僕らダンジョンコアの強い味方。モンスター。
おいおい、今度こそファンタジーそのものの所業じゃないか。モンスター召喚とか、ガチャ的なワクワク感漂う言葉だ。もしかしたら、いきなりレアなモンスターが召喚されたりとか、あったりなかったりっ!?
そう、思っていた時期が、僕にもありました……。
あっさりとできた。
そして、ガチャでもなければ、召喚でもなかった。
ダンジョンのモンスターは、一種の幻なんだとか。だから、思い描いた通りのモンスターしか作れないし、逆に言えばいまの状況でも、呼ぼうと思えばドラゴンだって呼び出せる。勿論、シャレにならんレベルで、生命力が減るらしいが。
「ダンジョンのモンスターは、一種の幻です。しかし、その根底は生命力の理であり、魔力の理で作られる幻影とは、一線を画した代物です。具体的にいえば、この方法で作られたモンスターは、実際に外敵に攻撃を加えられます」
「なるほど。それは、ダンジョンの防衛機能としては、必須だね」
ダンジョンに出現するモンスターが、ただの立体映像では話にならない。グラがそう言うって事は、魔力の理で作られる幻影は、立体映像的な代物なのだろう。
「はい。しかし、この方法には欠点もあるのです」
「欠点?」
「この方法で作り出したモンスターは、やがて受肉し、最終的にダンジョンの支配下からも外れてしまいます。ですので、現在の状況で強いモンスターを作るのは、おすすめできません」
「え? じゃあ、もしかして、自分で生み出したモンスターに殺されちゃう可能性もあるって事?」
「はい。自立したモンスターに、ダンジョンを守る蓋然性はありません。知能が低いモンスターであれば攻撃もしてこないでしょうが、こちらのいう事も聞かなくなります。そして、ある程度知能の高いモンスターは……」
「積極的に攻撃してくる、と……」
なるほど。それは危ない。
「なので、完全に受肉して自立したモンスターは、ダンジョンの外に排出する事が推奨されています」
「うわぁ、なんだかヘビとかワニとかを飼い切れなくなって、近所に逃がす傍迷惑な飼い主みたい……」
「モンスターを排出すると、人間の冒険者が寄ってくるのです。謂わば、撒き餌ですね。基礎知識においても、受肉したモンスターはダンジョン外にだしたほうが得になる、とあります」
「でもそれって、僕らにみたいに町中に生まれたダンジョンじゃなく、山中とかの人里離れた場所に生まれたダンジョンの事だよね?」
町中にいきなりモンスターが出現したら、一気にパニックになるだろう。そして、人間たちはその問題の解決に躍起になる。結果として、僕らはすぐに発見され、町中にある危険なダンジョンとして、全力で攻略に取り掛かられる。
まず生き残れないだろう。
「まぁ、そうですね……。しばらく、モンスターを生むのは控えましょう」
「それがいい。って、どうしようか、コレ?」
僕はさっき生み出したモンスターを見ながら、グラに問いかけた。そこには、ファンタジー世界の雑魚の代名詞、ゴブリンがぬぼーっとした表情のまま立っていた。
生命力の理で生み出したモンスターは、いらなくなったからと簡単に消せるようなものではない。もしそうなら、受肉する直前でモンスターを消せばいいだけの話なのだ。
ただまぁ、ほとんど受肉していない現状なら、こちらの命令に素直に従ってくれる。つまり、落とし穴に落ちろと命じれば、なんの躊躇もなくゴブリンは身投げする。
うわぁ……。
ほとんど幻であるゴブリンは、死亡すると霧消し、小さな石を残した。これが、幻の核となる魔石であり、人間社会ではかなりの需要があるらしい。
そんなこんなで、この一週間は勉強に費やされた。
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