第8話 家作り

 その後、黒のハーフパンツ、ダークブルーの革ベスト、靴下、革靴を作ったところで、材料がなくなった。ついでに、シャツも生成色から真っ白に染色した。いや、この場合脱色なのか?

 一応、靴とベストには理を刻んで、シャツと同じような、所謂マジックアイテムに仕上げた。勿論、グラが。


「ねえ、皮袋を靴にしたってのはわかるんだけど、このベストの材料って、どこから捻出したの?」


 少なくとも、あの男はベストなんて着ていなかった。辛うじて着ていたボロ切れも、大人の身体を覆うには、面積が足りていなかったくらいだったのだ。


「……。ショーンはあの人間に比べれば小柄ですからね。色々と余っていたのですよ。だからこそ、靴下というものも作れたのです」

「まさか、基礎知識に靴下がないとは思わなかったよね」


 今回の衣服作成で、一番手間取ったのがこの、靴下の作成だった。僕のイメージとグラのイメージを擦り合わせるのが、結構大変だった。形はすぐ伝わったのだが、織り方や縫製のやり方に四苦八苦した。

 それでも、諦めるわけにはいかなかった。

 現代日本人に、靴下を履かずに靴を履くというのは、慣れない感覚だ。勿論、あえて靴下を履かないという人もいるだろうが、大多数は強く違和感を覚える行為のはずだ。


「私の有する基礎知識は、あくまでもイデアに記録された情報の一部です。この世界のダンジョン全体を通して、通念的な知識を共有しているにすぎません」

「へぇ、基礎知識ってそういうものなんだ。じゃあもしかして、詳しく研究すれば基礎知識が間違っていた、なんて事もあり得るの?」

「まぁ、そうですね……。ない事もない、といったところでしょうか……」


 誇り高い地中生命として、ダンジョンコア全体の共通認識が間違いであるという話には、頷きたくないのだろう。だが、誇り高いからこそ、可能性としてはあり得るという点を認めた。


「さて、それでは生命力を操る感覚は、おおよそわかったかと思います」

「うん。自分でも意外なくらい、すんなり覚えられたよ。グラの指導の賜物だね」

「ダンジョンコアとしては、できて当然の行為です。人間で言えば、歩く程度のものだと言ったでしょう。簡単なのは当然です」


 そうなのか。僕としては、超能力を使ったような、まるで人生最大の偉業を成したかのように感じていたのだが、グラからすれば赤ん坊が立ち上がった程度の認識だったらしい。この喜びを共有できないというのは、ちょっと寂しい。


「では次の段階に進みましょう」

「了解。次はなに?」

「ダンジョンを整えましょう。現状は、そこにある落とし穴が、我々のすべてです。これを起点に、拠点を整えます」

「さっき、ダンジョンの急激な拡張を行うのは危険だって言ってたよね?」

「はい。ここは町中ですので、急激にダンジョンを拡張すると、町を拠点にする人間どもに存在を気取られる可能性があります。まだ浅い我々にとって、地上生命に発見される事はイコールで死につながります。慎重すぎるくらいで、丁度いいでしょう」

「拠点を整えるだけなら、気付かれる事はないの?」

「まず大丈夫でしょう。外部から見れば、単なる地下室の改修工事にしか映りません」


 まぁ、たしかにね。大きな穴といっても、五メートル四方くらいで、深さもそのくらい。大人二人分より、ちょっと低いかなという程度。これをダンジョンだと言われても、当事者である僕らでもなければ信じないだろう。


「よし、じゃあ拠点の改装に移ろうか!」

「とはいえ、やる事は先程の装具作りとそう変わりません。いえ、ダンジョンという己の身体を改装するのは、装具作りよりも簡単でしょう」

「そうなの?」

「はい」


 実際にやってみた。うん、簡単だった。

 なにせ、生命力を浸透させる必要もなく、光の糸に分解してから再構築する必要もない。まさしく、己の身体を動かすように、自由自在に動くのだ。

 穴の淵に階段を作ったり、石柱を生やしてから天井を作ったり、その柱の間に壁を作って部屋を作ったり、土ではない石の床を張ったり、やった事を羅列するとかなり大規模な改装——というかほぼ建築だというのに、本当にアッサリと、僕らの住処ができてしまった。グラの言った通り、服を作る方が大変だったくらいだ。

 生命力もほとんど消費しない。その気になれば、日替わりで模様替えができそうなくらいだ。まぁ、やらないだろうけど。


「簡単すぎない?」

「これでも、ダンジョンの規模が大きくなると、随分と手間がかかるようですよ。特に、地中深くに延伸すると、末端である地表付近の改装は面倒だそうです」

「ああ、それはたしかに面倒そうだ」


 いまは地下に狭い部屋が二つあるだけの住処でしかないが、当然大きなダンジョンは、これとは比べ物にもならない程広大なのだろう。細かなギミックの維持管理も考えれば、逆にこれ以上手間暇がかかるようだと、惑星のコアなんて夢のまた夢だろう。


「ですが、地上に繋がっていないと、ダンジョンは、人間でいうと窒息のような状態になります。最悪、死に至りますので注意してください」

「へぇ、窒息もするんだ」


 そして、完全に地中に引きこもるのはダメ、と。本当に、ダンジョンは生き物なんだなぁ。


「それに、簡単なのはあくまでも、己の体内のみです。生命力を用いて地面を掘るのは、体内を整えるのとは比べ物にもならない程の労力を要します。生命力も多く消費します」

「ああ、たしかに落とし穴に使った生命力は多かったな」


 あのときはそれどころじゃなかったが、それでも大きな喪失感があった。思い返してみれば、たしかに装具作成や改装なんかとは比べ物にならない消費量だったな。


「でもまぁ、これで一応は拠点ができた。ようやく、腰を落ち着けられるかな」

「はい。これ以上は、生命力と資材が必要になります。なんとかして、それを調達する必要があるでしょう」

「うん、そうだね。でもその前に、確認しておくべき事がある」

「確認、ですか?」

「今の残存している生命力で、僕はあとどのくらい生きられる?」



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