第7話 初めての共同作業

「理ってのは、どうすれば学べるんだ?」

「おや? なんだか、これまでとは意気込みが違いますね?」


 嗜められるようにそう言われると、ちょっと恥ずかしい。どうやら、年甲斐もなくはしゃいでしまったらしい。

 それでも、魔法使いになれると聞かされて、はしゃがないようなヤツがいようか。少なくとも、重苦しい二択とか、人身売買の恐怖とかに比べるべくもない、この世界で初めてといっていい心躍る話題だ。


「魔力の理を学ぶ為には、まずは言葉を学び、文字を学び、算学を学び、幾何学を学び、信仰を悟り、境地に至らねばなりません」

「えっと? よくわかんないんだけど、それは一般的にどれくらいの期間がかかるものなんだい?」

「地上生命の基準はわかりませんが、基礎知識を有するダンジョンコアでも、半年は必要になりますね。ショーンの場合、言語の履修から始めねばなりませんので、一年は欲しいところです」

「そ、そう……」


 ムクムクと、風船のように膨らんでいた期待が、シュルシュルと萎んでいく。やっぱり、お勉強は必要らしい。今すぐ魔法使いになれるような、そんな都合のいい話はないようだ。

 イージーに生命力の動かし方を理解できた事で、ちょっと慢心していたらしい。


「ふふふ……」


 あからさまに肩を落とした僕に、軽やかな笑い声が聞こえた。これはもしかして、グラの笑い声?

 これまでは、親しみは覚えてもクールな声音を崩さなかったグラが、鈴を転がすように笑っている。なんだかそれだけで、魔法なんてどうでもいいような気さえしてくるから不思議だ。


「そう落ち込まずとも、今のは魔力の理を修得する方法についてです。ダンジョンにとっては、むしろ生命力の理の使い方の方が理解しやすいはずです。いずれはどちらもマスターする必要はあるでしょうが、ダンジョンにとって重要なのは生命力の理の方です。まずは生命力を操る感覚に専念してください」

「おっと、そうだったね」


 このレッスンの目的は、魔力ではなく生命力の使い方に慣れる事。まずはそこから集中して覚えていこう。

 いずれは、魔法使いになれると信じて。


「シャツに関しては、これでいいでしょう。理を刻んだ事で、多少動きやすくなっているはずです」

「着てみていい?」

「どうぞ」


 いそいそとシャツを着てみる。生成色の新品のシャツだ。サイズがそのままだったのでちょっとブカブカだが、おかげで下半身裸でもなんとか格好が付く姿になった。ワンピースっぽいけど。


「言われてみれば動きやすい、かな?」

「それ以上に動きをサポートすると、動作のいちいちにブーストが付くようになります。逆に動きにくくなりますよ」

「なるほど。それはそうだね」


 ペンを持ち上げる動作が、ペンを天高く放り投げる動作になっては、日常生活もままならない。動きやすいとは真逆の仕様になってしまうだろう。


「ではショーン、実践してみてください」

「え、もう?」


 一回見せられただけで、同じようにやってみせろというのは、なかなか厳しい教師である。とはいえ、やれと言われればやらなければなるまい。

 それに、なんとなくではあるが、さっきグラのやった事をトレースするだけなら、それ程難しくないように思えた。


「まずは、生命力を浸透させる、だね?」

「はい、その調子です。集中を切らさず、布に水を染み渡らせるように、生命力を浸透させていくのです」

「はい」


 言われた通りにやれば、言われた通りにできる。なにせ、さっき体がやっていた事を、同じ体を使って真似ればいいのだ。ただ見て真似るより、はるかに簡単だ。


「よろしい。それでは、その布を分解してください。布本来の繊維などを意識する必要はありません。必要なのは、これから作るものをきちんとイメージする事です」


 漠然とした指示に、今度は少々面食らってしまう。生命力の動きに関しては、先程のやり方を真似ればいいので難しくはないのだが、イメージという掴みどころのない指示をされると、正直戸惑う。


「イメージなんかでちゃんと作れるの?」

「そうですね。イメージがしっかりしていないと、質の悪い布になります。ですが、今は布の質に関しては、私がサポートします。手慣れてくれば、どうすれば高品質の布が作れるのか、わかってきます。繊維の織り方を意識するのは、それからでいいでしょう」

「実践主義なんだね……」


 とはいえ、一から機織りをして布作りを学ぶよりは、はるかにイージーモードなのだろう。ここで面倒がるようでは、なにも作れない。努力とは、コツコツと積み重ねなければならないものなのだ。

 人間と、努力のポイントは違うみたいだけどね……。


「よし。じゃあ、サポートよろしく」

「はい。お任せください」


 そう言って、僕とグラは力を合わせてパンツの作成に心血を注いだ。数分後、僕らの初めての共同作業により、トランクスが完成した。

 ただし、ゴムなし……。

 ただの布から、ゴムを作るのは無理だったようだ……。仕方がないので、余ったシャツの裾を紐に変えて、パンツに通した。

 ちなみに、パンツに理を刻んだりはしていない。


「できたっ!」


 あの小汚いボロ切れが、こうして生成色のトランクスになったというのは、そしてそれを一から自分でやったというのは、なんとも言えない達成感だ。ただ、生成色のトランクスというのは、ちょっと違和感があるな。

 トランクスはやっぱり、柄パンと呼ばれるに相応しい模様が欲しい。まぁ、ないないづくしの現状では、高望みか。


「絵柄を入れるくらいなら、難しくありませんよ?」


 染料とか要らないらしい。これで、パン一が一見全裸という事もなくなった。やったね!

 これにて、僕の全裸生活には終止符が打たれたのだった。



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