第6話 魔法使いになる為のLesson One

「生命力の使い方?」


 僕はグラに問い返した。


「はい。ダンジョンを拡張するにも、侵入者を撃退する罠を作るにも、免疫としてのモンスターを配置するのにも、そしてあなたの身を守るのにも、生命力を使います。まずは、その使い方に習熟しなければなりません。人間で言えば、立って歩く程度の、ダンジョンコアにとっては当たり前の行為です」

「まだ生後一時間なんだけどなぁ……。草食動物並みの自立の早さだ」

「地上生命の基準など、どうでもいいのです。地中は地中、地上は地上です」

「はいはい」


 おかんルールみたいな事を言い始めたグラに苦笑する。どうでもいいけど、人間だけじゃなく草食動物も嫌いなのか。地上生命を敵視しすぎじゃないかね。


「ではまず、生命力を動かす感覚を掴んでもらいます。少し体を借ります」

「ぅおっ!?」


 グラの宣言に間をおかず、僕の体が勝手に動いた。意図せずしゃがんだかと思えば、さっき男が落ちた穴の淵に手をかける。

 自分の体が自分の意思とは別に動くというのは、かなり違和感を覚える感覚だ。下手をすれば酔ってしまいそうな程である。そんな事を考えていたら、再び体のなかのなにかが蠢くような感覚があり、今度は手から体温が抜けていくような感じがした。

 すると、穴の壁面に僕の手がずぶりと沈み、すぐになにかが取り出される。それは、汚いボロ切れだった。一枚、二枚、三枚。それから、皮の靴というよりは、ただ足を覆っていた皮袋とでもいうべき代物。とても小さな皮袋に、銅貨と思しきコインが三枚。そして、小さなナイフ。

 とても質が悪く、錆だらけで刃も欠けている。これはもう、ナイフというより錆びた鉄片というべき代物だろう。

 まぁ、シャツと思しきボロ切れの、胸と腹の部分に大きな穴が空いており、擦り切れてハーフパンツになったズボンの右太腿にも穴が空いているのを見れば、これの元の持ち主が誰かは想像がついた。


「このナイフで、ショーンを脅そうとしたのでしょうね。笑止な事です。ダンジョンコアが、このような粗末な刃物で傷付けられるはずもないというのに」

「え? 僕ってナイフじゃ傷付かないの?」

「当然でしょう。あなたは人ではなく、あくまでも人型ダンジョンコアなのです。この程度の、武器とも呼べないような代物に傷付けられるような、脆い存在ではありません」


 へぇ……。ナイフじゃ切れないんだ、僕……。

 なんだか、転生してからこっち、自分が人間なのかそうじゃないのかの認識を、反復横跳びしている気分だよ。

 でもまぁ、ダンジョンコアがちょっと落としただけで割れるようなものだと、たしかに拍子抜けだ。勇者の剣ならともかく、錆だらけの鉄片に割られるとか、笑い話にしてもシュールすぎる。

 ショボすぎるダンジョンコアという存在に苦笑していた僕に、Lesson Oneとばかりにグラが声をかける。


「では、あなたの衣服を作りましょう」

「え゛!? これ着るの!?」


 それはちょっと勘弁して欲しい。血糊や穴を無視するにしても、匂いと汚れが話にならないレベルで酷い。

 だが、誇り高いダンジョンコアにして、二心同体たるグラが、自分の体でもある僕に、こんなボロ切れを着せるはずもなかった。


「安心してください。作る、と言ったでしょう。ショーンは、私がなにをしているのかを観察し、生命力の存在を感じ取ってください」

「生命力っていうのは、あの体の中を動く違和感の事かな? 体の外に出すと、まるで体温を失うように錯覚する」

「素晴らしい。もうそこまで感じ取れているのなら、すぐに使えるようになるでしょう。勿論、習熟するにはもっと時間はかかるでしょうが、覚えが早いようでなによりですね」

「そうだね」


 まぁ、グラが僕の体を動かして、生命力ってのも彼女の方で動かしてくれるので、わかりやすいってのが大きいだろう。自分で言うのもなんだが、僕は別に要領のいい方じゃないしね。


「では、まず生命力を服に馴染ませます」


 そう言って、服に手を翳す。するとやはり、あのざわざわとした、なにかが蠢く感覚が全身を襲う。なんというか、体温が僕の形から変わっていく感じなのだ。まぁ、実際は体温が動いているわけじゃなく、ただの錯覚なのだろうが。

 これを意識して動かすのが、生命力を操るという事なのだろう。

 それが体から離れ、服に浸透していくと、なんとも言えない喪失感になる。体外に生命力が流出する感覚は、チリチリと危機感を煽られる。まだ余裕はあるけれど、断崖絶壁に向かって、一歩一歩進んでいるような心境だ。


「この程度の布であれば、こんなもので十分です」


 生命力の流れに集中していた僕を、グラのそんな声が呼び戻した。服に馴染ませた生命力は、喪失感の割に、僕の生命力体温全体から見れば微々たるものだ。爪の先程と言っていい。

 ただまぁ、爪の先程も死に近付いたのだと思えば、危機感も杞憂でもない。果たして今の僕は、死からどれだけの距離を取れているのだろうか。


「それでは、一度分解します。そこから、ダンジョンコアに相応しい代物に再構築します。この際、生命力に様々なことわりを刻み込む事で、ダンジョンコアの身を守る為の装具に仕立て上げられます」

「おぉうっ!?」


 グラが言葉を紡ぎつつ、生命力の馴染んだ服を光の糸に変えたかと思うと、宙を舞う光の糸が織り込まれる。織り込まれていくと同時に、なにかいまの僕には理解の及ばない意識が、光の糸に刻み込まれていくのがわかった。

 これが理というヤツなのだろう。


「こ、理っていうのは?」


 先程までの、勝手に体が動いたり、体の中身が動いたりする違和感に続いて、自分の知らない知識が自分から流れ出すという違和感に、頭をフラフラとさせながら問う。グラは光の糸を織りつつ、淡々と答えてくれる。


「魔力や生命力を操る理です。正確には、魔力を操る理と生命力を操る理は違うのですが、類似する術理も多い為、今はまだ差別化して覚える必要はありません。不思議な事を起こせる法則、とだけ認識していれば間違いはないかと」

「ああ、なるほど」


 つまり、魔法とか魔術ってヤツだ。遅まきながら、僕は今魔法使いになる為のレクチャーを受けているのだと理解した。


 モチベーション、ガン上がりである。



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